6.2 61〜65ページ目 わがままや本音

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 LIFE:


 十二月二十二日と二十三日


 四年前、お姉ちゃんに大好きな人ができた。

 相手の人はお姉ちゃんと同じ歳の人で、小学校から高校まで、同じ学校に通っていた。どちらかというとおとなしめの人で、二人は幼馴染ではないけれど、お互いの名前をずっと知っていて、高校生になってから、話すようになったらしい。


 そんな二人から、びっくりする知らせを受けたのは、クリスマス三日前のことだった。


 ☆   ☆   ☆


 二人からの知らせを書く前に、お姉ちゃんのことについて書きます。

 三歳年上の私のお姉ちゃんは、とても頑張り屋です。そして、弱音をほとんど吐きません。


 ただ、打たれ強いかと言うと、そうではなくて、痛みに必死で耐えて我慢している人だった。

 決して弱くはないけれど、繊細な人で、傷ついても表に出さないところがあった。


 そんなお姉ちゃんに限界が来たのを私が初めて見たのは、私が小学三年、お姉ちゃんが小学六年のときだった。


 お姉ちゃんは、ある時期を境に、放課後や休日に友達の家に遊びに行くことは完全になくなった。そして、自分の部屋の窓辺に座って、一人で本ばかり読むようになった。


 私はその前の年に長期入院していた。そのときは両親だけでなく、お姉ちゃんや空も私に合わせて生活していた。体調が安定して学校に通い出しても、日に日に遅れて登校するようになっていた。学校には毎日行きたかったけれど、無理をするとお母さんが心配するので、学校を休む日が多くても仕方がないことだと、自分でも思っていた。


 そんな日々が半年ほど続いたある日の午後、お母さんと空は用事で出かけていて、私とお姉ちゃんが二人で家で留守番をしていたときに、お姉ちゃんがポツッと言った。


「沙樹はいいよね」


 と。


 お姉ちゃんは、私の方を見ようとはせず、膝の上に開けた本のページをじっと見つめている。


「学校、休めていいよね」


 何も言い返せなかった。


「私は、休めない」


 そのあとにお姉ちゃんが言った言葉を、私ははっきりと思い出だすことができない。だけど、学校で何か辛いことがあったみたいで、毎日が辛くてたまらないようだった。そんな日々を送る中で、心に引っかかっていた、積み重なってきた想いが、感情が、葛藤が、私に向けられて発せられたのだ。


 そうだ。これ以上子どもに大変なことがあると、お母さんが壊れちゃう。そう思って、お姉ちゃんはずっと必死にになれるように頑張ってきたんだ。


 ごめんね、お姉ちゃん。私は自分のことでいっぱいいっぱいで、周りが見えていなくて、お姉ちゃんの気持ちには全然気付かずに過ごしてきたんだ。私はずっと、お姉ちゃんや空から、お母さんやお父さんを奪ってしまっていた。私は本当に甘えん坊の手のかかる妹だった……。


 お姉ちゃんは、自分のことだけを考えていた私のことを、ずっと、ずっと大切にしてくれていた。そして、私だけじゃなく、お母さんやお父さんの心まで守っていてくれたんだね。


 自分が手のかかり過ぎる子どもだということに気がついても、通院や通学など、私の世話にはやはり時間がかかってしまい、その後もそう簡単に状況を変えることはできなかった。


 けれど、後にも先にも、お姉ちゃんが弱音を吐いたのは、あのときだけだった。


 そして、その日を境に、お姉ちゃんはそれまで以上に、一人で何でもこなすようになった。一見すると、今までの元気なお姉ちゃんだったけれど、まるで、人を頼ることを避けるかにように、かたくなな態度をとることがあった。


 それでも、お姉ちゃんは決して優しい面倒見の良い姉をやめることはなかった。そして、私や空の誕生日は誰よりも盛大にお祝いし続けてくれた。


 ☆   ☆   ☆


 そんなお姉ちゃんが、サプライズ報告をしたのが十二月二十二日の夜、私が目覚めたときだった。お姉ちゃんと、お姉ちゃんの大好きな人が、今月二十歳になったのをきっかけに、結婚するという発表だった。周りはびっくりしたけれど、去年からずっと考えていたことらしい。


 そして、なんと、お互いの家族だけが参加するこじんまりとした結婚式を明日開くという。もともと、明日はお姉ちゃんに言われて、みんなでイルミネーションを見に行く予定を立てていたので、家族全員休みにしてあった。用意周到な二人は、結婚から引越しなどの新しい生活にかかる費用を時間をかけて、すべて二人で準備してきていた。


『もともとはクリスマスから二人で一緒に生活しようと思っていたけれど、せっかくだから、結婚もすることにした』と、かなりあっさりした説明を終えると、お姉ちゃんは嬉しそうに家族全員に式への招待状を手渡した。


 回答の選択肢が、『出席』と『遅れて出席』の二択しかない、『欠席』できない招待状だった。お姉ちゃんは、いつも自分のことは後回しにして、「私は大丈夫」とか、「沙樹のあとにする」が口癖だった。だからこそ、お姉ちゃんが招待状で自分の気持ちを最優先したことが、私は嬉しかった。


 けれど、お姉ちゃんから招待状を受け取った瞬間に、お姉ちゃんの表情を見て私は直感で悟った。お姉ちゃんは何も言わないけれど、お姉ちゃんが結婚を急いだのはきっと私のためだ。


 最近、一日に一、二時間ほどしか起きていられなくなった私を見て、お姉ちゃんがどこか焦っているように、私の目には写っていた。


 好きなだけ、お母さんと一緒にいていいよってお姉ちゃんが言っている気がした。


 私がもうお姉ちゃんのことを心配しなくてもいいように、自分の居場所が、心のり所があることを示してくれているんだ。


 もう自分は大丈夫だから、と……。


 ☆   ☆   ☆


 その夜、翌日のお姉ちゃんの結婚式のために、私はためらうことなく、プレミアチケットを使った。メモに書いた計画をこんなに早くにすることになるなんて夢にも思わなかった。お姉ちゃんは、式やパーティーを私の具合の良い時間に合わせていてくれたから、プレミアチケットを使う必要はなかったんだけど、私は一日中、お姉ちゃんのそばにいて祝いたかった。


 朝になって、私が起きてくると、お姉ちゃんは何も言わずに私を抱きしめた。


 式とパーティーは、お姉ちゃんのバイト先の隣にある近所のお花屋さんの裏庭で行われた。どこもかしこも、さまざまな花で飾られていて美しく、衣装から、料理まで、お姉ちゃんのアイデアが詰まった、かわいらしいものだった。


 彼と一緒にいるのお姉ちゃんは、まるで人が変わったように穏やかだった。角の取れて丸くなったお姉ちゃんの表情を目にするたびに、私は申し訳ない気持ちになった。お姉ちゃんは彼といると子どもに戻れるんだね。


 私が普通の子どもだったら、もっと健康に生まれていれば、お姉ちゃんはお母さんやお父さんの前でも、もっと長いあいだ無邪気むじゃきな子どもでいられたのかもしれない。


 この日のお姉ちゃんはとにかくとてもキラキラしていて、幸せに満ちて見えた。これから自分の居場所を自分で作っていくんだね。


「お姉ちゃん、ありがと」

「何よ突然?」


 お姉ちゃんは、眉を少しだけ寄せた。

 私はお姉ちゃんのことが大好きだ。だから、ずっとずっと笑顔でいて欲しい。


「いいの。何でもないけど、とにかく、いっぱいありがとう」

「まぁ、そうよね。どういたしまして!」


 ふっと笑ったお姉ちゃんは、どこか肩の力が抜けたように見えた。


「私は私がしたい通りにしただけなんだけどね。それでお礼を言われるなんて、今日はラッキーだな」


 そっか、お姉ちゃんが、わがままや本音を言える相手が見つかったんだ……。本当に、良かった。




 Will and testament:

 お姉ちゃん。あなたの幸せな姿を見れて、本当によかった。だけど、今からでもお母さんに甘えて、何の制限もなしにお母さんとの時間を過ごしてね。最高の妹ではいられなかったかもしれないけれど。あなたは、ずっと、最高の姉です。


 お母さん、お父さん。今からでも遅くなんてないはずだから、お姉ちゃんを思う存分甘やかしてね。


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