2.2 2〜3ページ目 七夕

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 LIFE:


 七月七日


 今日は七夕です。

 一年に一度、星に願いをかけて、織姫と彦星の再会を願う。


 お母さんはイベント事が大好きだから、今日の午後は、仕事の休みを取ってまで、今年もどこからか笹を手に入れてきて、小さな家の裏庭の柵に笹をくくりつけた。


 私は折り紙を半分に切って、パンチで穴を開け、紐を通す。

 短冊はあっという間にできたので、お母さんと一緒にカラフルな笹飾りも作る。


 私が作った短冊に、お母さんは今年も『家族みんなが健康で幸せでありますように』と書いて、笹にくくりつけた。


「リリの分もね」


 お母さんにもう一枚短冊を渡すと、

『いっぱいご飯がもらえますように。あと毎日散歩に行けますように! リリ』

 と書いているのが見えた。リリは私の大事な妹だ。柴犬とコーギーが混ざったような風貌ふうぼうの犬で、色は体が薄茶色でお腹と脚は白色。大きな耳に長い足、胴体は太い。食いしん坊で甘えん坊の性格。もうすぐ八歳になる。


 私が作った星形の飾りをお母さんが笹のてっぺんに飾り付けると、大学から帰ってきたばかりのお姉ちゃんがその光景を見て、

「クリスマスツリーじゃないんだから」

 と苦笑いしている。


 今日は昨日よりも、少し長く痛みのない時間がある。


 今年は天も味方してくれたみたいで、空には雲ひとつない。ここがもしも田舎だったら、きっと天の川だって見えるだろう。


 ここ数年、七夕は曇りや雨が続いていた。

 これでは『愛する恋人たちが再会できるか心配だよ』とお父さんは毎年のようにぼやいていた。お父さんは今年は何も言わずに——でも満足そうに空を見上げると——お姉ちゃんと自分の分の短冊を笹にくくりつけた。


 珍しく晴れた七夕。織姫と彦星は無事再会できるだろう。


 弟のそらは勉強好きで、みんなが星のことを考えている間、リビングのテーブルに化学の参考書を開いて、難しそうな公式を解いている。私の三歳年下で中学二年の弟は、どこまでも頭だけはいいようで、生意気にも大学の入試問題を、まるで雑誌のおまけのパズルのようにすらすらと解いている。


 そんな空に私がそっと短冊を渡すと、

「さっちゃんが代わりに書いといて」

 と突っ返してきた。


 私はその態度が気に入らなくて、開いた参考書の上に短冊を置いた。小さい時は、それはそれはかわいい子だったのに、弟とはこんなものなんだろうか? しかし、そのあとすぐに、空はぶつぶつ文句を言いながらも短冊に何か書くと、庭に走っていって笹にくくりつけていた。


 ☆   ☆   ☆


 夕食後に、私はやっと書けた自分の短冊を持って庭に出た。


 七月の割には風が冷たい。


 五枚の短冊が風に揺れている。

 私の短冊も、仲間入りする。


 そのとき、一枚の短冊がくるりと向きを変えて、そこに書かれた小さく不格好な字が私の目に入ってきた。


「あっ」


 私は思わず、小さく声を出していた。


『さっちゃんの病気を治す方法を見つけられますように 空』


 ありがとう、空。

 私はきっと世界一幸せな姉だ。




 Will and testament:

 私がいなくなっても、七夕をずっと続けてね。

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