第15話

 国際統合高等学校が燈色に染まる。連動し、足下の水溜まりが蒸発し、湿った土もまた蒸し暑さで後の季節を仄かに香らせた。

 一日の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、生徒達が一人、また一人と校門を潜る。彼ら彼女らは外周区や中央区の自宅へ帰り、一日の疲れを癒すのだろう。


「……」


 例外の一人は、教師寮へ足を運ぶ少女。

 黒髪を短く切り、学校指定の制服からネクタイを緩めた姿。正面のボタンを止めず風に揺らす様は、素行に不安を抱かせるに余りある。

 桜色の瞳が正面玄関に立つ見慣れた男を捉え、嘆息を一つ。


「……で、今日はいったい何の用なの。甘粕?」

「事前に連絡しただろ、骸銘館。今日は録画した司馬の予選を見るってよ」


 骸銘館桜子がいめいかんさくらこの問いかけに、甘粕灰音あまかすはいねは白髪を掻く。

 選抜戦は予選段階から全ての試合が録画されており、正規の手続きを踏めば誰でも閲覧が可能となっている。

 元々二人にとっては司馬国近しばくにちか打倒が一つの目標であったため、これまでも許可を取るために甘粕は奔放していたのだが、司馬重工の御曹司ともなれば人気は上場。その上、桜子とのインタビューが折悪く一般にも流通したため、更に予約が取り難くなっていたのだ。


「ったく、データは複製可能なのがウリだろうが。なんで禁止するのかね……」


 普段の祝刀祭とは異なり、どれだけ規模が拡大しても選抜戦は一学園の行事。生徒の情報は厳重に秘匿する必要がある。故に学外への流失を防ぐため、選抜戦のデータは複製不能かつ同時に一人しか閲覧不可能となるようにプロテクトがかけられているのだ。

 慎重な姿勢はよろしいのかもしれないが、甘粕に言わせればデジタルの長所を尽く投げ捨てる本末転倒に他ならない。


「別にどうでもいい。それよりさっさと上げてよ、また雨が振り出すと面倒だし」

「それもそうだな」


 促されたのを切欠に玄関の扉を開けると、桜子が先に潜る。

 事前に女学生が上がることは寮長にも連絡済み。故に多少教師陣からの奇異の目を覚えつつも二人は甘粕の自室を目指して磨かれたフローリングの床を叩く。

 目的地は三階の端。表札に甘粕の名前を掲げた扉である。


「それではお嬢様、是非お楽しみ下さい」

「お邪魔しまーす」


 甘粕がわざとらしく頭を下げ、扉を開けたのは反対の手で入室を促すと桜子は間延びした声で応じる。玄関で靴を脱いだ先に広がっていたのは、彼女の部屋とは趣を異とする部屋。

 決して広くはない一部屋六畳半の中にテレビやエアコン、廊下に埋め込まれたキッチン用品など備え付けの電化製品が一通り。端を占めるデスクにはいくつかの資料が散乱し、据え置きのパソコンが冷却ファンを回転させながらスリープモードを維持している。

 デスクの上こそ無法地帯に近いものの、他の部分は思いの他整頓が成されている。というのが桜子の第一印象。


「へぇ、結構綺麗じゃん。てっきり足の踏み場もないのかと」

「そんな訳ねぇだろ。ほら、さっさと見るぞ」


 関心する桜子を他所に、甘粕はパソコンのスリープモードを解除。素早くキーボードを叩くことでロックを解除すると、懐から一つのUSBメモリを差し込んだ。

 読み込みを待つこと数秒。

 始めにデスクトップを埋め尽くしたのは、国統の校章と複製厳禁の警告文。何故か団体としての名が学校ではなく生徒会名義になっていたが、おそらく誤字というよりもマリステラの気紛れであろう。

 次いで表示されるのは、連なる幾つかの録画データ。

 端的に数字だけが振られたそれらは、甘粕のミスがなければ全てが司馬の試合を収めた代物。


「一応聞くが、どれから見るよ?」

「当然、最初から」


 唇を尖らせた桜子の瞳はどこか綺麗で、司馬を倒すという決意に燃えている。

 液晶に映った矢印を操作し、合わせるのは項目の先頭。英数字で一と割り振られたデータをクリックすれば、数秒のロード時間を経て映像が再生される。


「司馬君対……ヒットバーン・ホースフル……誰?」

「さぁな、当て馬のことまでは俺にも」


 重斬刀の刃で地面を擦り、脇構えの司馬に対してヒットバーンと字幕で表示されている男性はシリンダー式の拳銃で照準を合わせる。

 テンガロンハットにウエスタンブーツ、踵に取りつけられた輪拍とさながら西部劇のウエスタンを彷彿とさせる姿は、観客受けのいいキャラクター性を重視したものか。

 拍車に引っかけるための突起で地面を擦り、金切声を上げて司馬を牽制。


『司馬国近、穿つ相手に不足なしよ』

『御託は結構。いざ、尋常に』

『おいおい、試合前のトークは大事だろうが。それとも、司馬重工は職人気質で口下手ってか』

『……』


 司馬の簡素な返事に、ヒットバーンは肩を竦めて首を振る。

 試合開始の合図は録画前に鳴らされているのか、周囲では軽粒子が交差する音が散見する。しかして二人の間には互いの得物をぶつける直前が如き、緊迫した空気が漂うのみ。

 被ったテンガロンハットを左で外すと、露わとなった紺の瞳が司馬を睨む。

 浮かぶ目線に宿る色は、侮蔑と嘲笑。


『今のご時世、ただ喧嘩が強いだけじゃあ、碌に見て貰えねぇぜ。アンタのようにネームバリューに頼るだけの三下じゃ、祝刀祭でも結果は残せんよ』

『……』

『挑発には相応の返事ってもんが必要だろうが。そうでもなきゃ、ただ虐めてるようにしか見えん。違うか、司馬?』

「御託が長い」


 やたらと前口上が長いヒットバーンに、桜子が苦言を漏らす。


「観客受けがどうこう言うなら、何を見に来てるのかも把握して欲しいものだけど」

「ま、俺らは録画を見てるだけだがな」


 思うような返事がなかったためか、もしくは対話を諦めたのか。テンガロンハットを被り直し、ヒットバーンは照準を司馬の胴体──胸元の校章へと定める。

 息を飲む無言の空気。

 痛いまでの静寂を破くは、一発の銃声。

 続くは空を裂く刃の一閃。


『ほう、流石にそこまで愚鈍じゃないか』


 銃口から白煙を燻らせ、ヒットバーンは余裕の表情。

 対する司馬は、重粒子の刃を纏いし重斬刀で飛来した軽粒子の光弾を斬り払う。刀身を持ち上げ静止した姿は彫刻を思わせ、殊更時間をかけて元の姿勢へと戻る。

 体内に溜まった呼気を吐き出し、司馬は熱を冷ます。

 その様は端から見ても戦いの真っ只中とは思えず、むしろその直前に平静へ務めるかのよう。

 シリンダーを回し、ヒットバーンは拳銃を振り下ろす。

 撃鉄が定めた銃倉は、軽粒子という性質も相まって当然弾入り。ロシアンルーレットなど成立しようもない不条理が、再度司馬へと注がれる。


『そうだ、次は一発……否、二発かな?』

『一つ、良いことを教えましょう……』


 余裕満々と言った風に饒舌を続けるヒットバーンに、司馬は小さく声を漏らす。

 それは相手へ届けることを目的としたものではなく、どちらかと言えば自らへと言い聞かせるように。

 現代へ甦った銃士ガンマンが、銃口を瞬かせる。

 引かれる引金は、三つ。


『ッ……!』

『何ッ……?!』


 素早く身を屈め、銃口から逃れると司馬は突貫。

 刹那の内に距離を縮められ、視線から外れたことでヒットバーンは一時的に獲物の姿を見失う。

 さすれば懐に入られた司馬に対抗することなど叶わぬ。

 神速の刃が時代錯誤のカウボーイを逆袈裟に切り裂き、校章を両断。同時に重粒子の暴れ狂う熱量が耐熱性に優れた制服を焼き切る。


『西部劇では口数が少ない方こそ主役……らしいですよ』

『あ、ッ……!』


 司馬の言葉が合図となってか、ヒットバーンは意識を刈り取られ白目を剥く。


「……なんだ、この試合?」


 再生が終わり、選択画面へ戻ったのを確認すると甘粕は率直な感想を述べた。というよりも、口が滑ったという方が正確か。

 事実として、甘粕は呆れを隠せない。隠す気もない。

 前口上ばかりが長く、肝心の試合は見所らしい見所に乏しいまま一方的に決着。しかも下馬評通りとも言うべき司馬の勝利。

 予選は多数の生徒が入り乱れて同時に行う性質上、観客席に腰を下した生徒や教師陣も一つの試合に注視してはいられない。とはいえ、先の一部始終に於いて、観客側からの反応は絶無。

 外面を意識するあまりに観客からそっぽを向かれては、本末転倒甚だしい。

 一方、自身が刃を交えた時よりもなお重く、研ぎ澄まされたものを映像越しに感じた桜子は思い出したように息を吸う。


「……少なくとも、適正検査の時よりは強くなってるみたいだね」


 呼吸を整え、漸く口を開いたのは強がり、虚勢の類。頬を伝わる一筋の滴を一目すれば、専属トレーナーでなくとも把握は容易。

 尤もそれで負ける、などと考えるほど後ろ向きの性格でもないだろう。が、レギュレーションを無視した辻斬りの打倒経験ですらも司馬との一戦では勝利を絶対視させないとまでに、彼の技量は磨かれている。

 最低限、桜子の認識はそうだ。


「声が震えてっぜ、骸銘館」

「誰がビビってるって?」

「ビビッてない奴は声が震えているのをそう解釈しない」

「ッ……!」


 鼓膜を震わす歯軋りの音に、甘粕はマウスを操作して次の映像記録へと矢印を動かす。


「映像は一つじゃない。一通り閲覧してから、そっから色々考えようや」

「そう、ね……うん、こんな試合じゃ碌に判断できないし」


 甘粕、引いては自分自身へ言い聞かせる桜子の言葉。

 そこはかとない不安を抱かせた言葉であるが、今は指摘する時でもないだろうと甘粕は判断し、次なる映像記録を再生した。



「『希代の二つ星、本戦に於いても大注目の二人にかつての巨星を交えた奇跡の対談!』、中々いい見出しではありませんか」


 国統高校屋上。

 燈に照らされ、刻一刻と西へと沈みゆく夕焼けを背景に、金糸の髪が風になびく。

 制服を纏った女生徒が手に持つのは、一つの冊子。国統所属の生徒が向かい合って薄桃と赤の刃を首元に突きつけた、攻撃的な表紙。

 司馬国近と骸銘館桜子。

 片や、司馬重工の御曹司にして選抜戦の大本命。

 片や、冊子では伏せられているものの国統領を脅かした辻斬り、アバド・ンドゥールを撃破した期待の新星。


「得るものは大きかったでしょう、銀次ぎんじ


 金糸の少女が投げかけたのは、夕焼け届かぬ深淵の闇。

 周囲に焼きつく燈の光を我関せぬと黒に染め上げたそこから、平面から世界へ侵略するかの如くに浮かび上がる一つの影。

 鍛え抜かれた肉体を天然の鎧として纏う影は、投げかけられた疑問を氷解させんと影の置くより口を開く。


「こんな茶番に意味があるのか。マリステラ?」


 質問に質問で返すなど下策。テストであらば失点不可避の愚行であるが、その未来すらも既知の少女は退屈気に大欠伸。


「元々は冊子の未来を少しでも変えたかったから貴方に出向いてもらっただけですよ、銀次。そこに深い意味はありません」

「何……?」


 寡黙なる影の動揺が伝わったのか、マリステラは自らの主張を補強する弁を紡ぐ。

 空の左手が叩くは、相対する二人の表紙。


「インタビューの二日前でしょうか、見えたのですよ。

 司馬と骸銘館が取材に応じた特集記事に目を通す私が」


 マリステラが目撃しうる未来視は、原則として未来を知った彼女自身の干渉が存在しないことが前提である。それは逆説的に語れば、未知を既知に塗り替えた後のマリステラならば容易に捻じ曲げることが叶う。

 たとえば事前に知った特集記事に、第三者を噛ませることで内容を改変するように。


「決断の時を逸すれば、全ては凶へと転じる。

 それに銀次としても、司馬重工の御曹司と面識を持つのはいいことではなくて?」


 またあの夢想家が吐いた戯言か。

 マリステラの引用癖、特に特定の書物からの引用が重なれば、第三者でも凡その予想がつく。

 それに司馬重工との面識といっても、たかがインタビュー。それも一対一ではなく、彼を主に置いたものでもない。

 これで既知の関係だと擦り寄るのは、さながら記憶にすら乏しい幼少期を引き合いに出して宝くじに当選した者へたかる羽虫にも等しい。


「釘の双首領が一角、表でもいくつかの大会で優勝する好成績。その類稀なる技量を、たかだか四校同盟アライアンスの一警備員程度に埋没させるのも世の損失。

 なれば、軍産複合体の抱える私兵団にでも雇われた方が貴方の嗜好にも噛み合うでしょう」

「……」

「否定がないのは肯定の証……血を見るのが好みとあらば当然の帰結というもの」

「勘違いするな。俺は犯罪者に堕すつもりはない……!」


 己が嗜好を曲解されては、さしもの影も声を荒げる。

 自身の在り方を理解し、故に影へ潜みて上から下される命令の元、血を啜ることこそ水島銀次が己に下した結論。

 法を定義するのは国であり国家群であり、企業ではない。

 気分を害された影は主たる少女へ背を向けると、一際息を潜める。


「あら、どこへ行くつもりですか?」

「二年を中心に不穏な噂が流布している……その調査だ

 愛と勝利を呼ぶ兎、とな」

「首領自らが、ですか。お元気なことで」

「……」


 返答は、沈黙。

 既に彼は姿を消したのか。影の内へ意識を注いでも、そこに意識を見出すことは叶わない。

 レオンハルトならばいざ知らず、銀次が会話することも拒絶する域での不機嫌など今回が初。珍しいものが見れたとマリステラは感心しているが、不意に首を傾げる。

 こめかみに銃弾を受けたかのような、突然頬をぶたれたような衝撃の後、碧の瞳が不快に歪む。


「……つまらないですね」


 乱暴に振るわれる腕が冊子を宙に浮かべると、反対の腕で懐に携帯した時穿ちの拳銃を高速発砲クイックドロウ

 一発、二発。三発四発……

 無形の撃鉄が弾かれる度、冊子に穴が穿たれ細かな紙が大気を舞う。

 やがて紙と定義するのも憚れる微細な惨状となると、マリステラは漸く銃を制服の裏へと収める。が、心中より湧き上がった諦観を収めるには不足に過ぎる。


「つまらない。実につまらない。

 世界はそれほどまでに私から未知を奪いますか」


 零れた言は灰色の世界に溶け込み、マリステラはただ虚空を眺めた。



 陽が沈み、空を藍色と星の瞬きが支配する時分。

 国際統合高等学校教師寮では教員が一日の疲労を労ったり、専属トレーナーが翌日の練習メニューを計画している時分。

 甘粕の自室では部屋の主である男と彼からトレーイングを受けている桜子が、互いに向かい合い頭を捻っていた。

 書類が散乱している机の一角には、空になったカップ麺の容器が二つ。


「いや、うん……なんだ、あの試合の数々は……?」


 沈鬱とした空気を先に引き裂いたのは、甘粕。

 ホースフル戦後も司馬の試合を再生し、その度に二人は逐一首を傾げて頭を捻った。

 インタビューで顔を合わせた水島銀次は、司馬は力量が隔絶しているせいで強敵との経験に乏しいと評している。録画されている試合の全ては、彼の弁の正しさを如実に証明していた。

 端的に言えば、稚拙。

 剣の技術にしても立ち回りにしても。下手に客を意識した結果の煩雑な動きか、根本的に力任せな暴力の二択。一年、それもまだ大会の一つも経験していない生徒ならば仕方ない話でもあるが、相手はその稚拙を許さない。

 結果、肉体は元より精神的にも余力を残した状態で司馬は勝利を重ねていた。


「…………不甲斐な」


 か細く、微かな怒気をも孕んで桜子は呟く。

 普段であらば諫める立場のだろうと甘粕は理解しながらも、データの借り出しを受けるまでの手間暇を思い出すと、言葉も喉の奥も引っ込むというもの。


「なんだか、さっきまでの不安が馬鹿みたい。

 こんなの相手に全勝とか、私でもできるっての」

「お、自信が戻ってきたか。それは良かった」

「アーネストさん、だったっけ。アイツの方がまだマトモに動けてるわ」


 アーネスト・グロッキング。

 名家グロッキング家に生を受けた少女。バレエの動きを戦闘に組み込んだ独特な挙動の持ち主を、桜子は危なげなく撃破している。

 そして再生された司馬の相手達は、等しくアーネストに及ばないだろう。

 単純比較できる程、楽観的な思考回路を二人は持ち合わせていない。が、下手に息詰まるよりも馬鹿になった方が都合がいいこともあるのは事実。


「あぁもう、対策を練ろうとか真面目に考えてたの馬鹿みたいッ。こんなの見ても時間も無駄、その分で身体を動かしとけば良かったッ!」

「骸銘館、ひとまず静かにしろ」


 桜子の宿泊許可は事前に取りつけているものの、下手に騒げば教員側から不満が噴出しかねない。

 今後の教師生活まで考慮して彼女には自制を訴えるものの悲しいかな、甘粕の願いは破却される。

 艶のある黒髪を掻き乱し、時間を無駄にしたと身体を振り回す。家財に被害を与えないだけマシなのかもしれないが、部屋主からすればそう簡単な問題でもない。


「行動が喧しい」


 指摘されるも、桜子は意識を割く余地もないとヘッドバンドを続けるばかり。

 甘粕の部屋にアナログ時計はない。

 携帯端末にしてもパソコンにしてもデジタル表記が一般的。骨董趣味のない彼が私的に置時計を集めることもなく、部屋に備えつけられた備品にも時計の類は皆無。

 それでも、骸銘館桜子の頭には時計の音が鳴り響く。

 時計の音が時を刻む。

 歯車が噛み合い、一秒一秒が彼女の脳裏を苛む。

 また時間を無駄にしたと、また無為に時を過ごしたと、彼女自身に焦燥感を植え付ける。


「お、おい。大丈夫か……?」


 口こそ開かないものの、過剰過ぎる反応に甘粕も多少の不安を混じらせた。

 言葉は意味なしと判断し、更に踏み込もうと手を伸ばすも──


「あぁッ!

 もう寝るッ。洗面器どこッ?」

「キッチンと反対側の扉だけど、風呂はいいのか?」

「朝に入るッ! 絶対覗くなよッ!」


 甘粕の返事を待たず、桜子は乱暴に扉を閉じると洗面器を目指して足を進めた。


「なんだったんだ……おい……」


 激しい感情の流転に、部屋に一人残された甘粕は困惑の声を漏らすばかり。

 故に彼は、桜子が口を抑えながら廊下を歩いていたことにも。

 指の隙間から微かな血を滴らせていたことにも気づかない。

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