第16話 ついに先輩達とご対面!(へ、変な人ばっかり……)

「さぁ教えてもらおうか? 何をもって、僕を幼女ステラだと判断したのか」

「あの……すごく可愛くて……お、女の子みたいだったから……ご、ごめんなさい」

 謝るなり、私を問い詰めていたTシャツ男子は、ぷんぷん腕を振って、地団駄を踏んだ。


「やぁっぱりそれかもぉぉおおーーーーーー‼‼ 僕は! 男! だぁ!」

「可愛い男子だって良いじゃな~い、自分の強み認めなさいよ、天海ちゃ~~ん」

「うるっっさい、ババァ!」

「バッ、ババァじゃないもん! まだピチピチ20代だもん‼」

 その時、ソファで言い争う二人の背後にヌゥッと190センチの影が出てきた。


「水瀬、天海、ちょっと黙れ」

「「へぶっ!」」


 影は大きな両手を振り降ろして、看護師さんとTシャツ男子の頭を伏せさせた。


「騒がしくてすまない。ひめみ……紗夜さんは誰が何だか分からないだろう。改めて紹介させてくれ。俺は宇喜多徹平。【明星ステラ】の魂だ。一応、Vの文化では君のママということになる。君さえ良ければ、これからVの母として接していくつもりだ。よろしく頼む」


 ごめんなさい無理ですだってすっっっごい『パパ』なんだもん。


 見上げる巨躯、落ち着きある態度、丁寧な言葉遣い、騒ぐ同僚を諫める力強さ……溢れ出る父性が留まることを知らない。


「あ、よ、よろしくお願いします。パ……マ……パマっ……ママ」

「パマってなんだい?」


 つっかえながら何とか言えた私を、首を傾げて見つめる宇喜多さん。


「ちょっと宇喜多! いつまで抑えてんのよ⁉︎ ちょっとドキドキするでしょ!」

「ぅぅぅちくしょぉ……筋肉が、筋肉が欲しぃぃ……」


 すると宇喜多さんの両手の下で藻掻く二人が声を上げた。

 あれ? なんか変な反応無かった今?


 隣に座る伽夜ちゃんを見てみるけど、ノーリアクション。……私の気のせいかな。

 テーブルの向こうでは、二人が宇喜多さんの拘束から解かれた。そしてTシャツ男子が不服そうに唇を尖らせていた。


「天海渚。これでも男だよ……【旭日リエル】の時は女子になりきってるけどさ。

いいか⁉ 今度からは間違えるなよ⁉ 僕は先輩なんだからな⁉」

「ほ、本当にごめんなさい! 天海さん、すごく綺麗で可愛くて妖精さんみたいだったから……」

「つまりチビでカッコ良くないってこと⁉」

「えぇ……」 


 そ、そういう風に捉えるの? 

 天海君はしばらく「むむむ」とジト目だったけど、呆れた様子でプイッと顔を背けた。……かわいいなぁ、仕草。

 もう、なんか、すごい女の子。

 すると不貞腐れてる天海君の肩を、女医さんがニヤニヤと叩いた。


「無理して先輩ぶるのやめなさいな~。合ってないわよ、キャラ的に」

「ぅるさい」

「ごめんね姫宮さん。この子ね、同年代の後輩がやってきてはしゃいでるの。

ちょ~っと先輩風うるさいけど、受け流してあげて」

「はしゃいでない! 適当言わないで!」


 お母さんと反抗期の娘。

 喉まで出かかった言葉を、口チャックで閉じ込めた。


「さて、最後は私か。【鳴神クレア】よ。本名は水瀬奏恵。こうして会うのは面接の時以来ね、姫宮さん」

「その節はほんっとうにお世話になりました……私変なことばっかり言って……」

 

「別に良いわよ~面白かったし。ねぇ、紗夜ちゃんって呼んでよい? 女の子入ってくれて、私嬉しいんだ~。今までここむさ苦しくって」

「「 おーい 」」


 男性陣の冷ややかな抗議を流して、水瀬さんは爽やかに微笑む。


 わぁっ、と私は息を呑む。 

 やっぱり綺麗で大人の女の人って感じがする。憧れちゃうなぁ。


「い、良いですよ。か……奏恵さ、ん」

 あ、だめ、やっぱり無理。下の名前呼びのハードル舐めてた。言ってみたらすっごい緊張するよコレ⁉ 


 言い淀んだのが恥ずかしくて、私は思わず愛想笑いでごまかした。


「あ、あはは。ちょ、ちょっとこれドキドキしちゃいますね……ごめんなさぃ」

「――かっ」

「へ?」


 変化は突然だった。

 呻いたと思ったら、水瀬さんが口元を抑えて、隣の天海君の肩をバンバン叩いた。


「かわ……っ! っ! っ! っ!」

「痛い痛い痛い! なんだよ、もうなんだよ⁉」


「……あの、そろそろ本題に入ってよろしいですか?」


 そう言って、水瀬さんと天海君の反応を冷ややかに見つめる伽夜ちゃん。

 だめだよ、先輩をそんな目で見ちゃ⁉︎  内心焦る私だったけど、宇喜多さんは笑顔で再び二人の頭を抑えつけた。


「どうぞどうぞ。うるさいのは一旦沈めておくから」

「あぁっ! かんぺき物扱いされてるぅ!」

「何でも筋肉で屈服させて楽しいかぁ⁉︎」


 強大な腕力に抑えつけられてるにも関わらず、二人の反応は微妙に違った。

 ……うん、深く考えないようにしよう。

 二人から目を逸らして、私は伽夜ちゃんと宇喜多さんの会話に加わる。


「ASMR配信に使う機材が事務所こちらにあると聞いたのですが……」

「3階に共通スペースの配信スタジオがあってね。俺達がASMRや3D配信をする時はそこでやるんだ」

「あの、その件でお願いがあるんです。私、ASMR初めてで……だから本番前に皆さんからレクチャーしてもらいたくて……」

「――それなら私が手取り足取り教えてあげるわ!」


 途端、宇喜多さんの手を押しのけて、水瀬さんが不死鳥の如く舞い上がる。

 水瀬さんが鼻を高くして胸を張った。


「ヘヴンズライブで一番最初にASMRをやったのは、そう鳴神クレア! つまり機材との付き合いも一番長いこの私よ!」


 そ、そうなんだ⁉︎

 水瀬さんの漲る自信に圧倒されてたら、いつの間にか距離を詰めていた彼女にぎゅっと抱きしめられる。


「大船に乗ったつもりでいてね紗夜ちゃん」


 頭を撫でられる感触と首に回された腕に、頼もしさを覚える。

 さ、さすが水瀬さん! 私は期待に目を輝かせてお願いした!


「ぜ、ぜひお願いしま」

 


 ――――あれ、この声って……?

 声が飛んできた方を見ると、うさんくさい雰囲気をまとった男の人が立っていた。

あ、面接の時の主治医さん……ヘブンズライブ社長の合谷ごうやさんだった。


「ご、合谷? あんた何言って」

「地声でかくて音割れするわ、囁きがねっとりしたおっさんみたくなるわ、ジェルボールの音で自分が興奮してハァハァしだすわ、極めつけはじゃがりこで喉詰まって死にかけ」

「うぇぇーーーーん‼︎」


 きらきら涙を宙に舞わせながら、水瀬さんはソファの陰に隠れた。私が水瀬さんの背中をさすっていたら、横で話しはお構いなしに進む。


「宇喜多さんもASMRの経験ありますよね?」

 伽夜ちゃんがすかさず問うと、宇喜多さんと合谷さんが揃って苦笑する。


「いや、俺のASMRは何というか……」

「需要が違うもんな、明星ステラの破壊音を楽しむ配信になってるもんな」

「太ももでスイカ潰したり、リンゴを破片飛ばさずに握り搾ったりしたなぁ」


「それほんとに需要あるんですか?」

 妹の鋭い指摘に、私はまたハラハラする。伽夜ちゃんもう少し言い方……っ。


 あれでも、だとしたら……自ずと人選は一人に絞られていく。

 天海君はしばらく視線を泳がせていたけど、途中で観念したかのようにため息をついた。


「分かったよ、僕が教えるよ。でも得意ってわけじゃないからね? あくまで罰ゲームでやらされることが多いだけで……」

「いやASMR配信だったらお前が一番人気だからね。大丈夫だ、自信を持て! お前はヘブンズライブを代表する【メス】だ!」

「言い方ぁぁああああ‼」


 社長のお墨付きに、天海君は怒り心頭。でもごめん天海君……否定できない。

 この中で一番女の子してる天海君に、私はおそるおそる手を伸ばす。


「よ、よろしくご指導お願いします」

「あぁもう……ちゃっちゃっと教えて帰るからね、僕」


 そう言いながらも、彼はしっかりと手を伸ばしてくれた。

 私は微笑んで、細くて滑らかな天海君の手を取って握手した。


「――――え? 


 急に飛んできた合谷さんの言葉に、天海君の手がピシリと強張る。

 合谷さんはうさんくささ全開の笑みで歯を煌めかせ、親指を立てた。


「どうせならASMRレクチャー配信やろうぜ、突発コラボだよ!」


 その瞬間、伽夜ちゃんが素早く事務所のPCを借りて、サムネを作り出した。

 閃光のような妹の動きを見て、私はもう悟った。

 あ、これやるっきゃないなと。

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