第7話 命の恩人

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 愛梨沙と別れたオレたちは、終始言葉を交わすことなくそれぞれの帰るべき場所に向かって歩いていた。


「リヴ、愛梨沙が首を吊ろうとした時、どうして時間を巻き戻さなかったんだ?」


 何やら神妙な面持ちで隣を歩いていたリヴに疑問をぶつける。

 仮にオレが自殺をしようとすればリヴは真っ先に時間を巻き戻したはずだ。

 しかし、愛梨沙の時は時間の流れを緩やかにしただけだった。

 この違いがなんなのかオレは知りたかった。


 すると、リヴはそんなこと答えるまでもないといった様子で軽く溜息を吐いた。


「時間を巻き戻したとしても彼女はまた同じことをするわ。根本的な部分を解決しない限り悲劇は永遠と繰り返されるだけだよ」


 愛梨沙が抱えていた心の闇。

 その闇を取り除かなければ自殺は繰り返される。

 死ぬ間際の苦しい記憶を引き継いでやり直したとしても、この世界で生きることの方が辛ければ人は死を選択する。


 今回の愛梨沙の件はそんな一例だったのかもしれない。


「もしかして愛梨沙とオレを引き合わせることも初めから計画に入っていたのか?」


「いいえ、その点に関しては本当に偶然だった。彼女とのファーストコンタクトで直斗と知り合いってことが分かったから私もバベルも静観することに決めたの」


「あの状況で瞬時に何もしないという判断を下せるのがリヴ様だ。直斗、お前にこの凄さが分かるか?」


 バベルが自分のことのように誇らしく胸を張った。

 確かにバベルの言うように普通の人であれば考える余裕も無く、目の前の人間を助けようと走り出すだろう。

 実際、オレも反射的に体が動いていた。


 だが、リヴの場合は自身の置かれた状況から何が最善であるかを読み取り、迷うことなく実行に移した。これは自分の判断に絶対的な自信がなければできることではない。

 さすがとしか言いようがない。


「リヴが王女になるべくしてなったということは十分理解した」


「そうだろう。そうだろう」


 バベルが嬉しそうに頷く。


「でも、だったらなんでオレの時はわざわざ時間を巻き戻したりしたんだ?」


 愛梨沙とオレのケースは極めて酷似している。

 現にオレは時間を巻き戻された後に再び自殺をしている。


 リヴは顎に手を当てて考える素振りを見せた。


「上手く言葉がまとまらないからいくつかに分けて話してもいい?」


「ああ」


「退屈な日常からの脱却を望んでいた直斗が非日常を体験したら自殺することを諦めてくれるんじゃないかなと思ったのが1つ」


 リヴが人差し指を立てて言葉を繋いでいく。


「もう1つは人との繋がりを求めていた直斗と個人的に深く関わっていきたいと思ったから。直斗は覚えていないかもしれないけど、直斗は私の命の恩人だから」


「オレがリヴの?」


 思い返しても心当たりがない。

 そういえばハンバーガーショップでもリヴから「直斗は特別です」なんて言われたっけ。


「リヴ様、良いのですか?」


「ええ、直斗には全部話すって決めたから。直斗、家に着くまでの間、私の話に付き合ってもらってもいい?」


「うん、全然いいけど」


「私とバベルが地球にやって来てから自殺禁止区域ができるまでの話をするね」


 オレは知ることになる。

 自殺禁止区域の全てを。

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