第2話「次の日」

 そして次の日。

 俺は少し重い足取りで学校へと向かう。


 結局昨日は、あれだけ楽しみにしていた漫画の続きもいまいち頭に入って来ず、やはり今日からまた顔を合わさなければならない隣の席の相手の事が気掛かりで、あれからずっと重たい気持ちのままなのであった。


 ――ついに今日が来ちゃったけど、一体どんな顔して会えばいいんだ


 歩きながらそんな事をずっと考えてはいるが、勿論答えなんて出るわけが無かった。

 有栖川さんが人と接するのが得意で無いように、俺だって得意な訳では無いのだ。

 これまで女子と会話した事だって、ほとんど記憶に無いのだから。

 そして、緊張しながら教室へ到着したのだが、幸いまだ有栖川さんは登校していないようだった。


 一先ず有栖川さんがいない事にほっとしながら、俺は自分の席へと着いた。

 そして鞄から教科書を取り出しながら、ある事に気が付く。


 ――いや、先にここで待ってる方がハードル高くね?


 そう、今か今かと有栖川さんが登校してくる事に怯えながら座っている今の状況は、あとで登校してくるより普通にしんどいのであった。


 だが、無情にも時は刻一刻と過ぎていく。

 そして始業の時間すれすれになった所で一つの足音が足早に迫ってくる事に気付いた俺は、恐る恐る足音のする方へ目を向ける。


 するとそこには、遅れて登校してきた有栖川さんの姿があった。

 そして今日も有栖川さんは、誰もが見惚れるような美少――んっ?


 ――なんだ、寝ぐせか?


 しかし、今日の有栖川さんは寝坊したのだろうか。

 髪の毛の一部が横にピンと跳ねてしまっているのであった。


 そして少し慌てた様子で着席した有栖川さんは、座ったかと思えば何だか緊張した様子でただ真っすぐ黒板だけを見つめて固まってしまっているのであった。

 普段はもう少し早く登校してくるし、寝ぐせなんて絶対に無いような完璧さを誇っていたのに、今日は一体どうしたというのだろうか。


 そんな、普段の無表情でクールな様子とは異なり、何故か緊張しているようにも見える今の有栖川さんの姿に、俺も訳が分からず戸惑うしか無かった。

 緊張すべきは昨日恥ずかしい所を全開でさらけ出してしまった俺の方で、それを目撃した側の有栖川さんでは無いはずだから、これには何か他に理由があるのだろうか?

 どうして有栖川さんまでこんな風になっているのか、そんな事を考えた所で俺にはその理由は全然分からなかった。

 そして担任の先生がやってきて今日も朝のホームルームを無事に終えると、いつも通り授業が始まる。


 その頃には有栖川さんも落ち着きを取り戻したのか、普段通りの無表情でクールな様子に戻っていた。

 有栖川さんがそうして落ち着きを取り戻してくれたおかげで、俺もようやく平静を保つ事が出来ている。

 昨日のあれは普通に恥ずかしかったのだが、有栖川さんはそこまで気にしていないようだし、どうやらただの杞憂だったようだ。

 そう安心した俺は、ほっと心の中で一息つくと授業に集中する事にした。



「はーい、じゃあ隣の席の人とここの英文読み合いしてみましょうかー」


 だが、安心した途端教室内には先生からの無情な指令が響き渡る――。

 一限は英語の授業だったのだが、なんと先生は隣の席の相手と教科書の読み合いをするように言ってきたのである。


 隣の席、そこには勿論あの有栖川玲が座っている。

 一気に緊張がぶり返してしまった俺は、恐る恐る隣を向いた。


 するとそこには、いつもの無表情な有栖川さんの姿が――無かった。


 気まずそうな顔をした有栖川さんは、俺が振り向いた事に気が付くと遅れてそっとこっちに視線を向けてくるのであった。


 ――だから何故、有栖川さんがそうなる!?


 そんな謎過ぎる有栖川さんと俺は、お互い気まずさを感じつつ顔を見合わせる。


「え、えっと、それじゃあ読みます、か」

「え、ええ」


 とりあえず今は授業中であり、先生に言われて真っ当な理由で向き合っているだけなのだ。

 だから俺は、とりあえず言われた通り教科書の英文を読み上げる事にした。

 すると有栖川さんも、小声ではあるものの読み返してくれたため、何とか無事に読み合いを終える事が出来た。


 しかし、読んでいる途中も有栖川さんはずっと恥ずかしそうにしており、そんな普段と違いすぎる反応に俺もドギマギさせられてしまうのであった。



「あ、あの……」

「え?」


 すると突然、有栖川さんの方から物凄い小声で話しかけてきた。

 そんな予想外の事態に、当然俺は驚いてしまう。

 まさかあの難攻不落と呼ばれる有栖川さんの方から話しかけてくるなんて、はっきり言ってこれは相当な異常事態である。

 俺は慌てて周囲の様子を確認するが、幸い物凄い小声だったため誰にも気付かれてはいないようだった。



「これ……」


 だが、そんな周囲の様子なんて気にする素振りを見せない有栖川さんは、机の下でそっと謎の紙切れをすっと渡してきた。

 幸い黒板から一番後ろの席に座っているため、有栖川さんのその行動は周囲には気付かれていない。

 訳も分からず俺はその紙切れを受け取ると、用は済んだとばかりに黒板の方を向いてしまった有栖川さん。

 しかし、その表情はやはりちょっと恥ずかしそうに頬を赤らめており、一体何の目的で俺なんかにこの紙切れを渡してきたのか謎は深まるばかりだった。


 ――中に何か書いてあるって事だよな……


 そう思い、俺は周囲にバレないように机に隠れながらそっとその紙切れを開いた。



「って、えぇ!?」


 そしてその紙切れを開いた俺は、授業中だというのに思わず驚いて声をあげてしまった。

 その結果、何事だと周囲の視線が一斉に俺の方へ向けられるが、俺が何でもないですすみませんと笑って誤魔化すと周囲の興味はすぐに失われていく。


 ――助かった……


 ほっとしながら俺は、もう一度手にした紙切れを確認する。

 するとそこには、やはりどう見てもメッセージアプリのIDが書かれているのであった――。

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