第33話 野口の憂鬱

 

「いや~やっちまったよ~」


 学校の昼休み、食堂で花、加奈、谷、菅、新田、菅原の6人と一緒にご飯を食べていた野口が右足首にギブスをはめた状態で、笑って話していた。


「まぁ、あれはしゃあない。

 昭義がタックルしてなかったら、1点だったしな。

 あそこまで持ってかれた俺らが悪いよ。」


 谷は冷静に振り返った。


「そうっすよ!!

 てか、あれはレッドでしょ!!

 足踏まれてたじゃないっすか!!」


 新田は怒った様子で、野口を擁護した。


「いや、まぁギリギリだったし、相手も故意ではなかったからな~」

「…でも、野口先輩、それまではあのFW完璧に抑えてたのに…

 あれが無かったらって、思っちゃいますよ…」


 菅原は珍しく悔しそうな顔をしていた。


「アッキーの足首がもっと強かったら、勝てたのにな~」

「無茶言うなよ!!骨折だぞ!!

 健太は適当に言うよな~いつも~」

「はっはっは~まぁ、ムードメーカーはこんくらい楽観的でないとな。

 でも、ホント良くやったよ。皆。

 来年だ!!来年!!」


 菅はいつもの元気な声で笑っていた。


 そんな菅の言葉が今の野口には心地よかった。


「太一君ももっと点取ってくれたらよかったのに~」

「ぐっ…すみません…

 中々ボール持たせてくれなくて…」

「あはは~冗談だよ~

 太一君も頑張ってたよ~

 カッコよかったよ~」

「ホントっすか!?」


 加奈の社交辞令を真に受けて、新田は喜んでいた。


 一方、花はギブスをはめた野口を見て、心配そうにしていた。


「…アキ。骨折だったんだね。」

「ん?あぁ。骨折なんて初めてだから、ビックリしたよ。

 結構痛いもんだな。」


 野口は平気そうな顔で、花に答えた。


 そんな野口を見て、花はどうしてか胸が苦しくなった。


「いつ頃、治りそうなの?」

「1カ月は安静にしろって言われたよ。

 だから、申し訳ないんだけど、公園練習はお預けだな。」

「…そっか。

 …うん!!オッケー!!問題ないよ!!

 折角だし、ゆっくりしなよ~

 その代わり、夜電話するね~」

「そ、それは言いんだけど、別にここで言わなくてもいいんだよ?

 絶対、またいじられるから。」


 野口は花の考えなしの発言に戸惑った。


 そして、谷がうんざりした様子で野口に言った。


「ま~~た、イチャイチャしてるよ。こいつら。」

「…ほらな…」

「野口君、サッカー出来ないからって、花に看病イベントさせるつもりでしょ!!

 やらしい!!」

「させねぇよ!!」

「アッキーやらし~」

「…はぁ…もういじられるの嫌だから、先に教室に戻るわ。」


 そう言って、野口は松葉杖を突きながら、一人、教室へと戻って行ったのだった。




「…谷君。どう思う?

 アキ、平気そうには見えてるけど、やっぱり、気落ちしてるかな?」


 花は野口が本当はどう思っているのかが気になって、谷に聞いた。


「そりゃ、そうだろうな。

 サッカーであんな悔しそうな顔した昭義、初めて見たからな。

 今はあいつの性格上、顔には出さないだろうけどな。」


 谷はラーメンをすすりながら、いつものクールな表情で花に答えた。


「…うん…そうだよね…」


 花はどうしたらいいのかが分からず、落ち込んでしまった。


 すると、新田がドンとテーブルを叩いた。


「…くそ!!やっぱり、あのFW許せねぇよ!!

 野口先輩にケガさせやがって!!」

「え、え~と、太一君って、そんなにアキと仲良かったっけ?」


 新田の勢いにびっくりして、花が戸惑った。


 新田はあっけらかんとした表情で花に答えた。


「え?初めから、仲良いっすよ?

 何言ってんすか?」

「すみません。小谷先輩。

 …こいつは過去の事は直ぐになかったことにできるやつなんですよ…」

「あはは。アキも太一君みたいな性格なら良かったんだけどね。」


 菅原の説明に呆れたものの、花は少しうらやましかった。


「はっはっは~とにかく、アッキーがいつも通りにしてるんなら、俺らもいつも通り接するしかねぇだろ~

 こういうのは時間が解決してくれるって~

 とにかく、俺らはアッキーの分も来年に備えて、練習あるのみよ~」

「流石、新キャプテン!!

 その通りっすね!!

 今度こそ、シード校かなんか分からんけど、点取りまくってやる!!」


 菅と新田が元気よく、拳を突き上げていた。


「えっ!てか、菅君がキャプテンなの?

 意外!!」


 花は驚いて、思わず菅に失礼なことを言った。


「意外って失礼だな~

 これでも俺も今年の大会からスタメンだったんだぞ~」 

「そうだったんだ。」

「まぁ、健太は自分で言うほどのムードメーカーではあるからな。

 適任だと思ってるよ。」

「谷君が言うんだったら、そうなんだろうね。

 へぇ~~」

「ん~~なんだか、小谷からの評価が低い気がするのは気のせいだろうか?」


 花に半信半疑な目で見つめられて、菅は腑に落ちない顔をしたのだった。




 皆で教室に戻っている道中、花は谷に聞いた。


「…相手ってやっぱり強かったの?」

「流石に今までの相手よりかは強かったな。

 昭義がついてたFWはここらへんでも有名な奴だったし。」

「そうだったんだ!

 そんな奴相手にアキは負けてなかったんだ!!すごいじゃん!!」

「あぁ。あの試合、昭義はすごかった…

 完璧だったよ…」


 谷はクールな表情の中にも悔しさをにじませているようだった。


「…特にケガした時のあのタックルは…

 …俺が見た中で最高のタックルだったよ…」


 谷はそう言って、教室へと入って行った。


(…そんな絶好調だったのに、ケガしたって…

 …どんだけ、悔しかったんだろ…)


 花は少し教室へと入るのをためらったのだった。




「アキ!今度の日曜空いてる?

 試合見に行かない?」


 ある日の夜中、花は電話で野口に提案した。


「突然だな~まぁ、いいけど、何の試合?」


 野口は急な提案だが、二つ返事で了承した。


「フェリアドの次の相手の試合を皆で偵察に行くの。

 それに付き合ってよ~」

「ま、マジか?

 俺なんかが行っていいのか?」


 野口は了承したものの、女子の試合を見に行くのと、フェリアドFCの面々と面識がないのとで、すごくためらった様子だった。


「全然いいよ~監督に許可は得たし~」

「マジでか…監督にまで言ってるのかよ…

 まぁ、分かったよ。行くよ。」

「良かった~じゃあ、よろしくね~」


 野口は嫌な予感がしつつも、公園練習が無くなった分、花と遊べていなかったので、それなりに楽しみにしているのだった。




「おぉ~~これが花の彼氏か~~」


 偵察当日、野口と花が会場に到着次第、早速、フェリアドFCのメンバーに野口は囲まれていた。


「え、えぇ~と野口です。

 今日はどもよろしくです。」


 野口は一応、皆に挨拶した。


「よろしく~結構、カッコいいじゃん!!」

「足、いたそ~大丈夫~?」

「てか、男の子紹介して~!!」


 フェリアドFCはテンションが上がった様子で、野口に詰め寄っていた。


「え、えぇ~と…」


 こんなに女子に囲まれることが無かったので、野口は慌てふためいていた。


 すると、川島がやってきた。


「こらこら。今日は偵察に来たんでしょうが~

 花の彼氏なんかに構ってる暇はないよ~」


 川島に諭されたメンバーは一旦、野口から離れた。


「君が野口君だね。

 私はこのフェリアドFCの監督やってる川島っていうの。

 よろしくね。」

「よ、よろしくお願いします。」


 川島の丁寧な挨拶にピンと背筋を伸ばして、野口も挨拶した。


「じゃあ、これ。」

「えっ?」


 そう言って、川島は笑顔で持っていた荷物を野口に渡して、コートを指さした。


「これ持ってあっち側にカメラセットするから~

 ついてきて~」

「えっ!?」


 野口が渡された荷物を持って、ポカンとしていると、川島はサッサと先に進んでいった。


「ちょ、ちょっと!!」


 野口は荷物を持ったまま、松葉杖を突いて、必死に川島の後を追って行った。


 フェリアドFCメンバーも川島の後をついていこうとすると、川島は立ち止まって、振り返った。


「皆は違うところで試合見ててね~

 色んな視点で試合を観察しないといけないから~」


 フェリアドFC一同は川島の言葉にブーイングした。


「えぇ~なんで、監督が野口君連れてくんだよ~」

「もっと野口君と話したいんだけど~」

「流石に高校生に手を出すのはダメだよ~」


 ブ~ブ~言っているメンバーに川島は笑って、釘を刺した。


「…あなた達…何度も言ってるように今日は偵察に来てるのよ?

 …従わなかったら…」

「了解しました!!」


 メンバーは川島の言葉に恐れをなして、直ぐに別の方向へと走って行った。




「花は良かったのかよ~」


 野口と川島とは遠いところに座った千里子がつまんなそうな顔で花に聞いた。


「ん?何が?」

「何がって、野口君と一緒に試合見たかったんじゃないの?」

「あはは~今日は良いんだよ~

 むしろ、私の方からお願いしたことだしね~」

「なんだそれ?良く分かんないんだけど?」

「まぁまぁ、今日は偵察に来たんだから、気にしないで私達も試合に集中しましょ!!」


 花に言われて、仕方なく納得して、千里子も試合に集中するのであった。




(…何故に俺がこんなことを…)


 野口はカメラをセットしながら、ため息をついた。


「…ケガ…骨折だって?」


 作業をしている野口の横で、足を組んで、ゆったりとくつろいでいる川島が野口のギブスを見ながら言った。


「…はい。そうです。」


 この人は骨折してるのを分かってて作業をさせているのかと、呆れた様子で再び、ため息をついた。


「あはは~骨折でよかったね~

 若いから、すぐ治るよ~」


 川島はカメラをセットし終えた野口に笑って言った。


 野口はムッとした様子で、川島の隣に座った。


「…骨折ってそんな軽いもんすかね?」

「ん~そりゃ、治るまでに必要な期間で言うと、軽くはないけど、その後の事を考えるとまだマシってことだよ。

 サッカーが出来なくなるわけじゃないし。」


 川島の言葉に野口は何も言い返せなかった。


(この人って確か、ケガで…)


 そうこうしている内に試合が始まった。




 野口はぼ~としながら、試合を眺めていた。


(…そう言えば、敵情視察なんてしたことなかったな…)


 そんな野口を見て、川島は野口に声を掛けた。


「野口君。ケガしてみて、今の心境はどうなの?

 今、何を思ってるの?

 サッカーしてる人を見て、羨まし~とか思うの?」


 川島のデリカシーの無い言葉にうんざりした様子で、野口は答えた。


「そりゃ~羨ましいとは思いますよ。

 当たり前でしょ?」

「あはは~そりゃそうだよね~

 じゃあ、聞き方を変えようか。

 サッカーしてない時間が増えて、どんなことを考えるようになった?」


 川島は試合を見ながらも、少し真面目な表情で野口に聞いた。


 野口も試合を見ながら、感情の無い表情で答えた。


「なんか心にぽっかり穴が開いた感じですかね…

 空っぽな感じ…

 あんまり、なんも感じなくなったような…

 上手く言えないんですが…」


 野口の言葉に川島は笑った。


「あはは~分かるわ~

 サッカーが自分の中でこんなに大きかったんだってなるよね?」

「…そんな感じです…

 …俺、あんまり悔しくなったことなくて、サッカー出来なくても平気なタイプと思ってたんですけどね…」

「失ってから気づくこともあるよね~

 でもさ~今だからこそ分かるサッカーの楽しさってのもあるんだよ~」

「…今だから分かるって、どういうことですか?」


 野口は興味が沸いた顔をしていた。


「まだ試合始まったばっかだけど、この試合見て、どう思う?」


 川島はニヤッと笑って、野口に聞いた。


 野口は試合をジ~と眺めた。


「…正直、女子のレベルって、こんなもんかって思ってます。

 俺があそこにいれば、ああしたのにとか、こうするのにとか、そういうことばっか考えますね。」

「そうそれ!!

 そうだよね!!」


 川島は急に大きな声を出して、野口の方を目をキラキラさせて、見た。


 野口は川島の勢いに少し戸惑った。


「私もそうなんだよ。

 私ならああして、こうしてとかさ~

 それはそれで楽しいんだけど、実際に自分の想像したプレーが出来た時って最高にサッカーが楽しくなるんだよ~」


 川島は楽しそうに話していた。


 野口は試合を見ながら、黙って聞いていた。


「今、多分、野口君の考えていることはあの時、もっとああしてたら、ケガなんかしなかったのにってことばっかりでしょ?

 それでいいんだよ。

 そしたら、次はその想像通りのプレーができるはずだから。」

「…そんな簡単なもんですかね?」

「そうだよ~サッカーってどれだけイメージできるかのスポーツだよ。

 それは試合を見たり、実際に体験したり…

 色々な方法があると思うけど、自分がしたいプレーをどれだけ想像できるかで、サッカーってのは楽しくなってくもんなんだよ~」


 嬉しそうな川島を見て、思わず、野口もフッと笑った。


「だから、ケガした今だからこそ、想像できることがたくさんあるでしょ?

 こんな練習しようとか、ケガしないようにもっと体の事を勉強しようとか。

 それを楽しく思えるようになったら、あなたはもう一人前です!」

「一人前って…あなたはどの立場でいってるんですか。」


 川島の言葉に野口は試合を見ながら、突っ込んだのだった。




 試合が進む中、野口は何の気なしに川島に聞いた。


「川島さんはどうして、監督をしようと思ったんですか?」

「ん?そうだな~

 理由は二つあるかな~

 知ってると思うけど、私、若い頃に選手生命に関わるようなケガしちゃったんだよね~」

「…確か、膝をケガしたって…」

「そうそう。靭帯をね。

 できないことは無いんだけど、自分の想像通りの動きは全くできなくなっちゃったんだよね~」


 川島は昔を思い出すような顔をした。


「それでね~今の野口君と同じような感じだったよ~

 何やっても空っぽなの。

 楽しくないの。

 どうして、無理したんだろうな~とかしか思わなくなって、最悪だったね~」


 川島は言葉とは裏腹に笑っていた。


 野口は真剣な表情で川島の言葉を聞いていた。


「私が監督を目指すようになった理由は、私と同じ思いの子を一人でも少なくしたいってのが一つかな?

 だから、私の練習ってちゃんと筋トレもするからね~

 それで人があんまり集まらないってのもあるんだけど~」

「なるほど。それは素晴らしい理由ですね。」


 野口は素直に感心した。


「あはは~そう言ってくれると嬉しいね~

 もう一つは自分の想像を選手たちが完成させてくれるのが楽しいってことだね~

 更には自分の想像を超えてくる選手が出てくると更に最高なのが分かって、最高に楽しいよ~」


 川島は本当に楽しそうだった。


 野口はちょっと納得のいかない顔で川島に聞いた。


「でも、3年目でそんな上手く、想像を超える選手とかいますか?」


 川島はニコッと笑って野口に言った。


「いるよ~

 これは内緒にしといて欲しいんだけど、花は一番私の想像を超えてくるね。」

「そうなんですか?」


 野口は少し嬉しいような、意外だったような思いになった。


「うん。あの子はすごいよ。

 マジで日本代表になれると思う。」


 川島は少しうらやましそうな顔をした。


 野口はそれでも腑に落ちない顔をして、川島に聞いた。


「でも、花って交代すること多いって言ってましたよ?

 そんなにならフルで出してあげたらいいのに。」

「あはは~それはチーム事情だね~

 ケガも怖いってのがあるんだけど。

 一番のフェリアドのキーパーソンがちょっとしんどくなっちゃうんだよね~」


 野口はハッとして、川島に言った。


「ひょっとして、香澄ですか?」

「良く分かったね!やるねぇ~

 うちの試合見たことあったっけ?」

「いや、花から話はよく聞いてたので…」


 野口は川島に褒められて、少し照れた様子だった。


 川島は不思議に思って、野口に聞いた。


「でも、ホントどうして、香澄って分かったの?」

「いや、話に聞いててずっと思ってたんですけど、ワンボランチの4-4-2って、今時珍しいなと。

 ボランチの負担が半端ないだろうなと。

 それで、香澄かなと。」

「なるほど。フォーメーションから分かったのか。

 すごいね~野口君、監督向きじゃないかな~」

「そ、そうですかね…」


 野口は頭を掻きながら、照れた。


「そう。花がフルで出ると、香澄の負担が大きくなってね~

 それで守備もできる千里子と交代させることが多いんだよ~

 いや~野口君、骨折してる間、私のアシスタントしてくんない~」


 川島は野口の洞察力にほれ込んで、アシスタントコーチに誘った。


 野口は笑って、川島に答えた。


「いや、しないっすよ!!

 俺はまだ、サッカー出来ますからね!!」


 川島は野口にフラれて、う~んと腕を伸ばした。


「そっか~残念。

 あっ。そう言えば、ちゃんと花にお礼言っときなよ~」

「花にお礼?」


 野口は何の話だと川島に聞いた。


「あれ?聞いてないんだ。

 野口君から話聞いてあげてくれませんかって、花に頼まれたんだよ。」

「えっ?なんでまた?」


 野口はぽかんとした。


 川島は声を出して笑った。


「あはは~そりゃ、ケガをした人の気持ちはケガをした人にしか分からないってので、私に頼んだんでしょうよ~

 普通、監督に頼むかねとは思ったけどね~

 そこらへんが花らしいけどさ~」

「マジか、あいつ…

 なんつぅ~はずいことを…」


 野口は頭を抱えて呆れていた。


 川島はニヤリと笑った。


「良い彼女じゃん。

 それくらい心配してたってことだよ。

 大事にしなさいよ~」


 野口は顔を真っ赤にして、照れた。


 照れている野口を見て、川島は少しイラッとした。


「あぁ~いいなぁ~

 彼氏欲しいなぁ~

 男の子紹介してよ~」


 野口はため息をついて、川島に言った。


「…高校生に紹介してもらうって、どうなんすか…

 …試合に集中しましょうよ…」


 続く

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