第37話 綿花の摘心

 暑さに磨きがかかっている。日本で言うと七月下旬から八月初旬くらいだろうか。

少年、リオくんは少しずつ回復してきた。まだ家と店しか動けないけど、ご飯もよく食べるしあざやケガもすっかり消えた。最初はわたしを警戒していたみたいだけど、同じ力を持っていることと時間が解決してくれている。


 最近は外に出たい出たいというのだけど、まだお医者さまからオーケーはもらっていない。うーん、でもちょっとくらいは外に出してあげたいな。


「ねえリオくん、一緒に綿花の摘心やる? 隣の畑に行こうよ」


「やる!」


わたしが誘うと、リオくんは即答した。そして早く外に出たがっている。


「ボクもやりますです!」


「お手伝いしますわ」


「二人もありがとう」


わたしはつい笑みを漏らしながら、リオくんとムーとスーと一緒に外へ出た。帽子は必須。アームウォーマーもね。あと水分も用意しないと。

アーレンス製のボトルを、編み物で作ったボトルカバーに入れる。こちらも保温保冷効果あり。冷たいお水をたくさん飲まないと。熱中症になって倒れちゃいけないからね。


 外に出ると日が照りつける。ジリジリと肌を焼くのがわかる。これはこまめに水分補給だな。畑に行くと、綿がしっかり成長していた。すくすくと育ち、上を向いて芽をつけている。これを今から摘みとるのが「摘心」と言うものだ。


「わ、これ綿花? 久しぶりに見た!」


リオくんはなんだか懐かしそうだ。


「綿花、見たことあるの?」


「オレの住んでいた国で、よく栽培していたんだ。芽を摘みとるお手伝い、よくしてた」


「へえ。じゃあリオくんの方が先輩ね。いろいろ教えてくれる?」


「いいよ!」


ふふ。張り切ってるねえ。

それでは、さっそく摘心といきましょうか。


摘心をすると、横に伸びてたくさん花をつけ実を結ぶ。多くの綿花がとれるってわけだ。秋にたくさんとるためにも、しっかり芽をとらないとね。


「先端の芽だよね。こんな感じかな?」


ぷちりと芽を摘みとる。リオくんは「いいんじゃない?」と言って、自分でも摘み始めた。


「リオくんってもしかして、海を渡った南大陸の出身?」


褐色の肌や、黒い髪にもしやと思う。南大陸の人間の顔立ちによく似ていた。リオくんはこくんと頷く。


「そう。南大陸のヨナ国出身」


「そっか。わたしも南大陸の血が流れてるらしいんだよねえ」


「やっぱり!」


リオくんは嬉しそうだ。同じ地域出身に出会えたのだから、当然か。

二人とも褐色の肌だし、同じ出身だと言っても納得されるだろう。

アトラスは金髪だけどね。


「アトラも海を渡ってきたの?」


「ううん。わたしは元々カルゼイン人。両親が海を渡ったんじゃないかって。ま、孤児だから詳しいことはわかんないんだけど」


「そうなんだ」


なんだか萎れている。わたしのことを気にかけてくれているのかも。

いい子だなあ。


「オレの父ちゃんと母ちゃんは、ここに来るまでに病気で死んじゃったんだ。一人になったところを、スキル持ちだってわかってあのくそおっさんに捕まったわけ」


「そう。それは大変だったね」


新天地目指していたところを、疫病にかかったってわけかな。アトラスにも両親はいなかったけど、リオくんも親の死を見て辛かっただろうな。

わたしは、両親より祖父母より早く死んでしまった。それもそれで辛い。

お父さんとお母さん、今、元気にしてるのかな。


「こんなところで同じ故郷の奴に会えるなんてな」


「うん。そうねえ」


綿花の摘心が終わる。真っ直ぐに伸びた先端の芽がなくなった。

これで秋には、たくさん綿が作れるかな。


「とった綿花って、どうすんの? 売るの?」


「えっとね、糸にして毛糸にして、編み物になるかな。それを売る感じ」


「ふーん。面白いよな、アトラの力って。なんで糸と編み物に魔法がつくんだろ。それにさ、ムーとスーってどうやってできたんだろうな。編み物に命を宿すなんて聞いたことない」


本当に不思議だよねえ。でもわたしにはぴったりだと思う。


「まあ、ご主人さまですから」


「そうですね」


「そういうことなのかな?」


リオくんは首を傾げる。ムーとスーとも仲良くなったみたいで、よかった。


 リオくんの態度は、その日から劇的に変わった。懐いてくれたっていうか、可愛い弟みたいっていうか。やっぱり同じ地域出身ってので心を開いてくれたんだと思う。


 今日はミロ森に二人で入って、グロレアさんを訪ねた。リオは魔物がいるからと緊張していたけど、今まで一度も魔物に出くわしたことがないので、大丈夫。ムーとスーもいるし。


「おっ、きたか。なんだお前、すっかり元気になってんのな」


家の前で草抜きをしていたアーレンスが、わたしたちに気づく。


「うん。もう元気いっぱいだ」


男同士ということもあってか、リオくんはアーレンスをそれほど警戒しなかった。今でもふつうに話したりしている。

ドアが開くと、グロレアさんが出てきた。鋭い瞳でリオくんを見る。


「ふうん。コイツか」


リオくんは怖いのか、わたしの後ろに隠れる。まあ、グロレアさんって第一印象冷たそうだしね。でも本当はいい人なんだよ。


「リオくん。この人がグロレアさんだよ。魔女なの」


「魔女って、オレの住んでた村にもいた」


隠れながらそう話す。どこにでも魔女っているものなのかな。

 家に入って、テーブルにつく。アーレンスが薬草茶を淹れてくれた。リラックス効果のあるカモミールのような薬草だ。うん。美味しい。


「アーレンスって魔法薬作りはからきしダメだけど、お茶を淹れるのは上手だよね」


「なんでいっつも爆発すんのかなあ」


ため息を吐いている。アーレンスでもわからないのか。

それじゃ一生魔法薬は作れないよね。


「それで、お前は自分のスキルを知らないのか」


グロレアさんに聞かれ、リオくんは頷いた。


「なんかスキルはあるらしいけど、あのくそおやじもわかんなかったみたい。で、スキル見つけるためにオレのこと痛めつけてたんだ」


「まあ、スキルは自分の身に危険が及ぶと発動することが多いからな」


酷い。そのためだけにリオくんを傷つけたなんて。


「世の中、クソみたいな奴もいるんだよな」


アーレンスも静かに怒っている。


「じゃあ見てみるか」


「え、オレのスキルわかるの?」


「儂の目は魔力を視ることができる。大まかな能力認定なら簡単さ」


グロレアさんは、じっとリオくんの目を見つめる。その眼光に、リオくんも目をそらすことなく見つめ返していた。


「……ふむ。なるほど。どうやら念力を持っているみたいだな。よし、しばらくウチへ通え。力の使い方を教える」


念力。サイコキネシスみたいなやつかな。いいなあ。モノとか浮かせたりできるんだよね。ちょっとやってみたい。


「訓練したら、使えるの?」


「それくらいまで鍛えてやる。もちろん、ビシバシいくぞ」


「頑張れよ、リオ」

「ドンマイ」


「二人とも、目がうつろなんだけど……」


グロレアさんの特訓を思い出す。頑張ってね、リオくん。


 わたしとアーレンスは二人で家の前で草抜きをしていた。リオくんはグロレアさんから読み書きを教わっている。まずはそこからだったのを失念していたらしく、大急ぎで教えているのだ。まあ、座学では本も読むからね。

辞書みたいな分厚いやつを。ああ、思い出す。


「しっかし、アトラも南大陸の血が流れてるとはな。まあ、肌とか顔つきでカルゼインではないとは思ってたけど」


草を地道に抜きながら、アーレンスが言う。


「うん。ま、カルゼインで生まれたからね。南大陸のことなんて全然知らないし」


「……リオは、故郷に帰りたいのかな」


小さな声で呟く。


「うーん、どうだろうね」


故郷が恋しいのは恋しいのかもしれない。それはわたしにはわからない。


「アトラは?」


「変なこと聞かないでよ。ここがわたしの故郷だからね」


「そっか」


ぷに。アーレンスの頬を指でつつく。


「なんだよ」


「それより自分の心配したら? 魔法士学校の合格発表があるんだからね」


「うっ、思い出した。気にしないようにしてたんだぜ?」


「ま、落ちたら笑ってあげるから」


「慰めてくれよ、それなら」


落ち込むアーレンスに、つい笑ってしまう。

きっと大丈夫と思うけどね。ま、結果はアーレンスの努力次第。

もうしばらくはソワソワしちゃうかもね。

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