第28話 プレゼント大作戦
その日は夕方まで、お客さんが来なかった。
来たのは来た。昼に、王都のセレクトショップを経営する店主が来た。けど、お客さんというわけではなかった。
「いやあ、嬉しいなあ。アトラさんの魔道具をウチで取り扱えるなんて」
店主さんはにこにこしながら、玉のように浮かぶ汗を拭く。たしかに少し温かくはなかったけど、汗をかくほどではない。もともと汗かきなんだろうな、とわたしは思った。
「テリーさんのところでしたら、わたしも安心して委託できますから」
委託先にはこだわりがあった。わたしの作品を愛して大切にしてくれる人、店の雰囲気や店主さんが良い感じだということ。
加護持ちのこともあるし、信頼する人じゃないと任せられない。
彼の店は、テリーさんがわざわざカルゼインを歩き回って気にいった品をセレクトしている。
人柄もいいし、何より自分でセレクトした商品を愛しているのがよくわかる。
この人なら、私の編み物を渡してもいいかもしれない。そう思えるんだ。
「じゃあ、とりあえず、靴下とバック、アームウォーマーとショールにしましょう」
「わかりました」
納品する商品を渡し、テリーさんは馬車に乗って去っていく。汗かきみたいだったので、わたしの作ったショールをプレゼントした。寒冷効果のあるものだ。とても涼しいと喜んでもらえたので満足満足。
それから夕方までは、誰もお客さんはこなかった。
そろそろ店じまいにしようかと思っていたら、ドアが開いてドアベルが激しく鳴り響いた。高級そうな服に身を包んだ男の人が、店に入ってきた。息が荒いので、お水を渡すと一気に飲み干す。
「すみません、ありがとうございます。ここ、まだやってますか?」
「はい。まだ大丈夫ですよ。オーダーメイドの受付ですか?」
「ええと……その、ちょっと店主さんにお願いがありまして」
男の人はもじもじしている。なんのお願いだろう? 委託販売かな?
「その……自分に、編み物を教えて欲しいんです!」
編み物を教えて欲しい?
「何か自分で作りたいものがあるんですか?」
「その、自分には婚約者がおりまして……」
レオと名乗った男の人は、理由を話し出す。
「最近、編み物にハマっているらしくて。自分で作った編み物をプレゼントしたら、喜んでもらえるかなと思ったんです」
ほうほう、なるほど。惚れている婚約者のハートを射止めたいってわけね。
「ただ、僕は破滅的に不器用なんです。貴女はとても編み物が上手だと聞きました。ぜひ、自分に教えてくれませんか!」
ふふふ。そういうことね。それは、手伝うほかないじゃない。
わたしは一瞬ニヤリと笑って、すぐに営業スマイルに変えて微笑んだ。
「わかりました。わたしがみっちりたっぷりスパルタで教えます。婚約者の方を驚かせて、ハートを射止めましょう!」
「おお! ありがとうございます! 自分、頑張らせてもらいます!」
そんなわけで、レオさんに編み物指南を始めることになった。
翌日、午前中にレオさんがやってきた。ムーとスーは、わたしが編んだ羽で飛びながら畑の水やりをしている。
「あんなのも作れるのですね。さすが魔道具士だけあるなあ」
魔道具ではないけど、とは言えない。
「それで、婚約者の方にはなにをプレゼントしたいんですか?」
わたしが聞くと、レオさんは困った様子で、
「それが自分、編み物に詳しくなくて。一年中使えるものってないですかね?」
うーん。綿の靴下とか、バックならどの季節でも使えるのは使える。
でも、プレゼントって感じじゃないのよね。
女の子が好んで、ハートを射止められるもの。しかも年中使える編み物かあ。
なにかいいものあったかな。
こういう時、編み物の本とかがあったらいいのにな。この世界には、あまり流通していないみたいだし。
「で、そ、その、彼女、実は、身分の高い方なんです。だからそんな彼女に合うようなものとか……ありますか?」
身分差の恋ってやつかな? うーん、貴族とかだったら靴下なんてあげられないよね。
そうだなあ。……あ、そうだ。わたしはあるものを思い出す。
「つけ襟なんてどうでしょう?」
「つけ襟ですか? あの、胸元を飾るやつ?」
そう。つけ襟。これなら貴族の女性でも喜んでくれるかもしれない。
「ええ。デザインを豪華にしたら、ドレスにも合うかと。かなり難易度が高くなってしまいますが」
「頑張ります。やらせてください!」
「よし。じゃあやりましょう。プレゼントはいつ渡すのですか?」
「二週間後に、ナランへ遊びに来るらしいのです。それまでには完成させたいのですが」
二週間後か。みんなで女子会しよって予定してるんだよね。それまでに完成ってことね。
破壊的に編み物がダメって言うし、二週間で終わるかわからないけど……。スパルタでみっちり教えれば、なんとかなる、はず。
「朝から晩まで編みましょう。付き合いますから」
「あ、ああ! そこまでしてくださるとは、ありがとうございます! あ、そうだ。前金を渡しておきますね。これくらいでどうでしょうか?」
レオさんが渡した額は、目が飛び出るものだった。いや、その、束、束がね。
何か言おうかと思ったんだけど、嬉しそうなレオさんを見たら言えなくて。
まさかこの人、すごいお金持ちなんじゃ?
とにかく、前金ももらったし真剣にやっていこう。
さて。つけ襟にするのは決まったから、まずはデザインね。色も考えないと。
デザインに関してはわたしに任すらしいから、はりきって考える。色は白がいいらしい。白なら使いやすいし、印象も良いからいいかもね。
ドレスに合うような豪華さと、編みやすいシンプルさか。使うのはコットンのレース糸。繊細さを表現できるし、どんな季節にも合う。
編み方は、細かく、模様も少しいれよう。いれすぎて難しくならないようにして。
レオさんから婚約者の方のイメージを聞きつつ、デザインしていく。二人で話し合っていたら、いつのまにか夕方になっていた。レオさんはナランの宿に泊まっているらしく、完全に暗くなる前までなら居られるらしい。
ギリギリまで二人で考えて、今日はデザインで終わった。
翌朝、レオさんは朝一番にやってきた。かなり張り切っているのが見える。
「ではまず、編み物の基本から教えますね」
「基本ですか? すぐに編むのではないのですね」
うーん、って顔をしているね。でもね、編み物をしたことがないんなら、まずはこれから。
「いきなり初めても挫折するだけです。基礎ができれば、スムーズに編めますから。スパルタとは言いましたが、まだ優しい方なんですよ。ね?」
にこっと笑うと、レオさんの顔が引きつる。
「頑張ります……」
午前中は基礎を教えて、昼から制作に入る。やっぱりかなりの不器用で、最初から作業は難航した。でも、レオさんは諦めない。何度も間違えるけど、そこから勉強して、ゆっくり進んでいく。
そんな彼を見ていると、ますます手伝いたくなった。
そんなレオさんに、町の人やアーレンスたちも見守るようになる。
最近では、レオさんが頑張っている姿を見る為にやってくる人たちも多い。
みんな、なぜかレオさんには固いあいさつだったりかしこまっている。実は偉い人なのかな?
アーレンスも教えてくれないし。いじわる。
そして二週間後。
「これで終わりです。できましたよ」
「やっ、やった! 完成だ! ああ……アトラさん、どうもありがとうございます! 彼女に渡すのが楽しみです」
レオさんの喜びようといったら。こっちまで嬉しくなっちゃうよ。
「お疲れ様です。後は渡すだけですね! 頑張ってください!」
すると、テーブルの方からあくびの声が聞こえる。アーレンスだ。勉強サボって寝てるんだからね。もう。
ガラガラガラと、馬車の音が近づいてきた。店の前で停まる。レオさんはとっさにつけ襟を背中に隠した。誰かに見られるのが恥ずかしいのかな?
「アトラさん。お久しぶりですわね」
入って来たのは、マルガレッタさまだった。わたしの隣にいるレオさんを見て驚いている。
「まあ、レオナード様。ここにいらしたのね」
え? レオナード?レオさんのこと? アーレンスを見ると、にやにや笑っている。
こいつ……最初からわかって秘密にしてたわね。
「レオナード様もアトラさんの編み物を見ていたのね。素敵でしょ? ここの品物」
「あ、ああ。そうだねマルガレッタ。アトラさん、いろいろありがとうございました。では私はこれで!」
そそくさとレオさんは店を出て行ってしまった。
「何かしら? 変な人ね」
「マルガレッタさま、あの方って、その……」
わたしが聞くと、マルガレッタさまは扇子を開いて口元を隠す。
「彼はあたくしの婚約者、レオナード・レルム・オルセル様ですわ」
っていうことは、貴族の人? どうりで仕草が優雅だったし、世間知らずだった。しかも前金の束の量。
わたしはにやついているアーレンスをギロりと睨んだ。
「何で教えてくれなかったの。いじわる!」
「いっとくけど、ナランの人間ならみんな知ってるんだぜ? 俺だけが秘密にしてたわけじゃないんだからな」
くっ、みんなグルだったってわけか。
「アトラさん。レオナード様がどうかなさったの?」
「あ、いえいえ! なんでもありません!」
さすがにプレゼントの話なんてできないし、適当にごまかす。それにしても、マルガレッタさまにプレゼントするものだったんだ。
レオさん、上手くプレゼントできるのかな?
わたしはレオさんにエールを送りながら、アーレンスの頭をハタキで思いっきり叩いておいた。
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