第24話 真・新生活

 カルゼインの夏が近づく。わたしは店の看板を立てて、窓を開ける。さわやかな午前中の風が通り過ぎた。息を吸って大きく吐くと、空を見上げた。雲は膨らみ、流れていく。


 午前中は編み物をしながら店番をする。町の人や、ウワサを聞きつけてやってきた人々が店に足を運んだ。

農業区のおばさんから、野菜をいただく。

わたしのあみぐるみが役に立っているらしく、よくやってきて旬の野菜を届けてくれるのだ。


「夏になったら、トマトやキュウリもできるよ」


わたしも育てたいと話したら、苗を何株か持ってきてもらえることになった。隣の畑で育ててみよう。野菜作りなんて初めてだから、頑張って育てないと。今度、肥料に使える魔砂も買いに行こう。


オーダーメイドで注文された編み物が仕上がっていく。ノックの音を聞いて見上げると、アーレンスがリュックを担いで立っていた。


「またここでサボり?」


「リフレッシュだよ、リフレッシュ。場所が変わると気分も変わって、勉強に集中できるからさ」


と、アーレンスはふつうに店に上がってテーブルに勉強道具を広げる。あと一ヶ月半で魔法士学校の入学試験がある。それに向けて勉強しているらしい。いわゆる受験生ってやつね。懐かしいなあ。

アーレンスはテーブルで勉強し、わたしは編み物を進める。ツバキの鳴き声が時折、窓から聞こえてくる。のどかだ。


 お昼になったら二人でレストランへ行く。忙しいだろうに、わたしをしっかり見つけるリルラちゃん。すぐにやってきた。


「お姉様! あ、アーレンスさんもいたんですね」


「なんだよその目」


「別になんでもないですー」


わたしはパスタ、アーレンスはミネストローネを頼む。レストランは繁盛していて、人でいっぱいだった。この喧騒も、たまに聞くといい環境音だ。ブラック会社に勤めていた時の通勤途中を思い出す。あの時はこんな余裕なかった。

病気になってからも、手術や治療やらで周りをゆっくりと見回す余裕なんてなかったもの。


 てきぱきと働くリルラちゃんを見る。彼女も加護かスキル持ちかもしれない。いつかわたしもリルラちゃんに本当のことを話したい。そしていつか、リルラちゃんのことも聞けるようになりたいな。

運ばれてきた料理を、二人でいただく。

ここのパスタは本当に美味しい。ナランの新鮮な野菜を使っているからだろう。野菜パスタが美味しいなんて、思いもよらなかった。


今度、店長さんにレシピを教えてもらって自分でも作ってみようかな。トマトが上手く育てられたなら。


「そういえば、マルガレッタさまから手紙が来たの」


ふと思い出し、アーレンスに話す。アーレンスはミネストローネに息を吹きかけ、ズズッと一口飲んだ。


「どうだったんだ?」


「うん。妹さん、すっかり元気になったって。今度、お礼を持って遊びに来るって書いてあった」


マルガレッタさまは手紙の中で何度も感謝の言葉を綴っていた。まだ妹さんには素直になれないけど、いつか一緒に遊びに来る、と。

またオーダーメイドを頼みたいとも書いてあった。これは頑張らないといけないね。


 お昼を済ませたら、少し散歩をすることにした。丘を見上げるとミヤエルさんのいる教会が遠くに建っている。

 春ノ市で買ったミヤエルさんのプレゼントを、この前、渡した。ミヤエルさんは喜びすぎて泣いてしまった。今でも家に遊びに行くと、セオルくんの作ったステンドグラスが飾られている。その度、わたしも嬉しくなる。

ミヤエルさんには本当にお世話になった。またいつかお礼がしたい。きっといらないって言うんだろうけど。

それならグロレアさんにも何かお礼がしたいな。いろいろ教わったし、糸車だってプレゼントしてくれた。まあ、この人もお礼なんていらないって言うんだけどね。


店に帰ると、見覚えのある顔が二つあった。サクナさんとシーアちゃんだ。


「お店を始めたって聞いて遊びに来たの。いい店じゃない! おめでと!」


と、開店と引っ越し祝いをくれる。花の鉢植えだ。店の前に置いたら華やかになりそうだ。


「で、アンタもとうとう魔法士試験、受けるのねえ。アトラのお陰ね、感謝しなさいよ」


「お前に言われなくてもわかってるっての。エセオネエが」


「アタシはエセじゃなくてビジネスなの! ビジネスオ・ネ・エ!」


え、サクナさんって本当はオネエじゃないの? うっそだあ。そんなわけ……。


「ほんとなの? シーアちゃん」


「本当のサクナ様はもっとかっこよ……な、なんでもありません!」


顔を赤くして首をぶんぶん振っている。マジかあ。知らなかったよ。ちょっと素のサクナさん見てみたいなあ。

二人のために紅茶を淹れてあげる。お菓子は昨日作った紅茶クッキー。紅茶の茶葉を細かく砕いて、クッキー生地に混ぜるだけ。簡単だけど、この世界では無いものらしい。


「何よこれ美味しい。紅茶入れるって新発明ね」


「私も作ってみたい……」


「じゃ、今度、サクナさんに作ってあげる?」


ひそりとシーアちゃんの耳に囁いたら、顔を赤くして頷いた。よし。今度、一緒に作ろう。

その時に恋バナでもしよう。あ、リルラちゃんも誘おうかな。キティちゃんも。女子会決定ね。


二人が帰ると、また静かになる。わたしは席を変えて糸車の前に座った。羊毛を導き糸にくぐらす、ペダルを踏む。動輪が回り、糸を紡いでいく。アーレンスも勉強に集中しているようだ。わたしも糸紡ぎに没頭する。羊毛を出し、ペダルを踏み、糸を作る。

その繰り返しなのに、何故、これほどの充実感を得られるのだろう。不思議だ。


「アトラ」


名前を呼ばれて、我に返る。

気づけば陽がかなり移動していた。アーレンスもそろそろ家へ帰るらしい。グロレアさんに食べてもらいたいと、紅茶クッキーを渡す。

店の前まで見送って、森へ消えていくアーレンスを見届けた。

そろそろ夕飯にしようか。振り返ると、人がいた。お客さんかな? 店へ案内する。招き入れたお客さんはじっと店の棚にある商品を眺めている。


「いい品だな」


素直な言葉だった。それが一番嬉しい。


「ありがとうございます」


「お前もいい顔になった。この生活に慣れたみたいだな」


「え?」


客の顔が見える。どこかで見たような、そんな気がする。だけど、それが誰だったのかわからない。


「二度目の人生だ。思いっきり生きろ。安心しなさい。セフィリナ様も私も、いつもお前を見守っている」


気づいたら、目の前には誰もいなかった。店を見回しても、人はいない。


「あの天使、だったのかな」


セフィリナ女神も、天使もわたしを見守ってくれている。その言葉に、わたしはなんだか励まされているような気分になった。


「ありがとうございます」


明日の朝は教会に行って、お祈りをしよう。

セフィリナ女神にお礼を言わないと。あと、あの天使にも。


 夕食も終わり、二階で糸車を回す。

からからからと動輪が回り、糸が少しずつ増えてきた。この毛糸で何を作ろうか。考えただけでワクワクする。

夜の風に、開いた窓をを見上げる。街灯も何もない夜には、星が満開に輝いている。


「こんな毎日が、ずっと続くのかな」


夢見ていた毎日が、これからもずっと続くのだろうか。そうあって欲しい。いや、そうして行こう。二度目の人生をどう生きるかは、わたしが決めるんだ。

わたしの……アトラの新生活は、やっとこれから始まるんだ。

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