第10話 森の魔女と特訓 前半


 朝の礼拝が終わると、教会の入り口でアーレンスさんが待っていた。

ミヤエルさんには頭を下げ、わたしには恥ずかしそうにはにかむ。

わたしはアーレンスさんの元に駆け寄る。


「ごめんなさい、わざわざ森に行くのに一緒に歩いてくれるなんて」


「魔物が少ないとはいえ、アトラに何かあったらいけないからさ。じゃ、行こうか?」


「おやおやアーレンス、アトラちゃんのエスコートかい?」


「二人ともお似合いだねえ!」


アーレンスさんも顔が赤いけど、わたしも。

もう、みんないじわるなんだから。

町の人に冷やかされながら、わたしたちは森へ向かった。もちろん、行き先はグロレアさんの家だ。


 森は静かだ。魔物なんていなさそうに見えるけど、アーレンスさんは魔物除けの鈴を腰につけている。アーレンスさんが作った魔道具らしく、わたしにも一つ渡してくれた。

魔除けの鈴があれば一人でも行けるかもしれないけど、アーレンスさんはお迎えをやめるつもりはないようだし、わたしもなんだか心細い。


アトラスなら魔物なんて怖くないんだけどね。

わたしは「アトラ」だから。


悪い気はするけど、お迎えと送りを頼むことにした。


 歩いている間、わたしとアーレンスさんは話に花を咲かせていた。

もともとアーレンスさんはナランの町出身ではなく、隣にある小さな村からやってきたらしい。


アトラは王都にいたんだっけ? と聞かれたので、わたしは頷く。

まあ、王都にいたのも物心ついて数年なんだけどね。


 アーレンスさんは帝国についてや旅の話をよく聞いてきた。カルゼインを出たことのないアーレンスさんには、珍しいものみたい。


特に雪の話になると、アーレンスさんは目を輝かせながらわたしの話を聞いていた。

カルゼインで雪が降るのは稀だ。降っても積もることもないし。


日本の冬や帝国にある山脈の雪化粧を思い出すと、そのうち懐かしくなるかもね。


 一時間歩いて、グロレアさんの家についた。

家に入るとグロレアさんは椅子に座って本を読んでいるところだった。

アーレンスさんとわたしに気づいて、本を閉じて立ち上がる。


「よく来たな、アトラ。では、今日から加護の力のコントロールを学んでもらうぞ」


「はい!」


元気よく返事をするわたしに、グロレアさんはニヤリと笑った。

嫌な顔だ……もしかしてスパルタ教育が待ち受けてなんてないよね。


「では、ビシバシ行くぞ!」


やっぱり?

グロレアさんなんだか目が輝いているような……お手柔らかにお願いしますね?


 それは昨日の夜のことだった。夜、ミヤエルさんが作った夕食を食べ終わり皿洗いをしていた。

ちなみにその日の夕食は野菜のシチューと、町の人からもらったパンをあたためて。

ミヤエルさんは料理が上手くて嫉妬してしまうほどだ。その日も作り方を教わっていた。


「アトラさん、明日から、空いている時間はグロレアさんとの特訓にしましょう」


「特訓?」


「ええ」


ミヤエルさんも隣で皿を洗っていて、わたしはつい左を向いて彼を見た。


「アトラさん、貴方は加護の力のコントロールを学ぶ必要があります」


ミヤエルさん曰く、加護の力というのは訓練をしたら上手く操れるようになれるらしい。

実際スキル持ちのミヤエルさんも、師匠から観察眼のコントロールを学び、それで今では自由に使えるようになったのだという。


「コントロールが可能になったら、自分の思い描いた能力を編み物に付与できるようになるでしょう」


それは嬉しいかも。今まで作った魔法の編み物は、みんなミヤエルさんの観察眼がなければどんな力がついているかわからなかった。


「グロレアさんは、はるか昔は加護持ちの方々の教師をやっていたそうです。きっとコントロールする術を教えて下さると思いますよ」


 グロレアさんは本棚から分厚い本を何冊か引き抜き、テーブルに置く。

わたしはグロレアさんの書斎にある机についていた。


「ではまず座学を教える。加護持ちの歴史から勉強していくぞ」


ざ、座学かぁ。勉強なんて何年ぶりだろう?

すごく嫌な予感がするけど、頑張らないと。


三時間後、机に突っ伏したわたしの耳に、誰かが近づく音が聞こえた。


「アトラ、大丈夫か?」


ああ、アーレンスさんか。

横に水の入ったコップが置かれる。


「うーん、なんとか……たぶん……むり」


三時間休みなくびっちり勉強した。

受験勉強の方が易しかった気がする。


でも、加護持ちがどれくらい珍しく、危ない存在かよくわかった。


 この世界には、魔石を必要とせず、魔女やスキル持ちよりも強い魔力を秘める存在がいる。それが加護持ちだ。


彼らは歴史の中で勇者や聖女と呼ばれ崇められたりも、魔王や災厄の持ち主となり人々を苦しめることもあった。

力の使いようでは、善人にもなるし悪人にもなるんだ。


その力を利用しようとする者たちだっている。


ミヤエルさんが、わたしの力を隠した方がいいと言ったのがよくわかった。

幸福にも不幸にもなる力。きっとグロレアさんに特訓を頼んだのも、わたしを守る為。


「まさか、アトラが加護持ちだったとはな。編み物専門の魔道具士なんて、変だと思ってたんだよ」


「うん……」


アーレンスさんやグロレアさん、ミヤエルさんは加護持ちと聞いても接し方を変えないけど、町の人が聞いたらどうなるだろう。

聖女とか崇められるのは嫌だ。

リルラちゃんはすでに崇めてる感じはあるけど。


 わたしはアーレンスさんの置いてくれたコップの水を一気に飲み干す。うう、生き返るう。

アーレンスさんが笑ってるけど気にしない。

もうへろへろなんだからね。


「よし。よく頑張ったな。だが儂も三時間で歴史の全て詰め込むのは苦労したぞ。ミヤエルから急げと頼まれているからな」


わたしは初めてミヤエルさんを恨んだ。

ミヤエルさん、ゆっくりじゃダメだったの?


「加護持ちに会うのも久しぶりだからな。二百年前ぶりか」


二百年? 失礼だけどグロレアさんの年齢を聞いてみる。


「儂の年齢? そうだな、ざっと四百年か」


と、グロレアさんは平然と言い放つので、危うくイスから落っこちそうになった。

よ、よんひゃくさい。グロレアさんってエルフだったりする? それとも魔女は長生きなの?


「エルフ? 長寿族のことか? 儂が何故長生きかはヒミツだ。アーレンスにも言ってないからな」


グロレアさんはイラズラっぽく笑う。

アーレンスも困った顔で笑っていた。

本当にヒミツみたい。


「二百年前の加護持ちの方って、どんな方でしたか?」


疑問に思いグロレアさんに聞いてみると、さっきの不敵な表情が一変。なんだか悲しいような、寂しそうな顔になる。


「アーレンスも知っているだろう。あいつは勇者と呼ばれていたな。カルゼインの希望だった」


勇者、かあ。女性の加護持ちは聖女と呼ばれた人もいたんだよね。

わたしも聖女だなんて崇められたりしないよね。


「気にするな。市井の者として一生を過ごした者もいる。お前のしたいようにすればいい。聖女になりたいならなってもいいんだぞ?」


わたしは首を横に振った。

誰かに崇められるなんて、考えられない。

わたしは静かに編み物をしてくらしたいだけ。

聖女なんてもってのほかだよ。


「ふん、まあそうだろうな。少しはお前についてわかってきたよ。……ん、もう昼か。昼食にしよう。食べたらコントロールの座学を始める」


また座学……もううんざり。

って、文句言っても変わらないし、頑張ろう。

今からはお昼ごはんだしね。お腹ぺこぺこ。

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