閑話 4 神父、心配をする


 ある日、夕食を作っているとアトラさんがキッチンをじっと見つめていた。

私は何か面白いものがあるのかと疑問だったが、彼女はどうやら魔砂が珍しいといった様子。

視線はスープではなく、キッチンに集中しているようだ。


「魔砂が気になりますか?」


 魔砂とは、魔石の砂、まんまである。

川や森から採取でき、簡単に手に入ることから、魔石より一般的に広く普及している。

使い方は畑の肥料から、火を点けたりなどの生活用途だったり、性能は魔石に劣るが魔道具にも使われる。


魔砂に火を点ける場合は、キッチンの鍋より一回り小さな穴に流しこむ。魔砂の穴の中に手を入れ、親指と人差し指を擦るのだ。

摩擦により、魔砂は発火し火が点く。


調整にはキッチンについている小さなダイヤルを使う。質の悪い魔砂は加減ができない。


あまりにもふつうにあるものなので、珍しいものではないと思うのだが。


「え、あ、はい。便利ですよね、魔砂って。電力がいらないし」


電力? 首を傾げると、アトラさんは慌てた様子。聞いたことのないものに、私はこう推測した。


「そういえば、アトラさんは帝国で暮らしていましたね。帝国は魔砂が珍しいのですか?」


「え、ええっとぉ……そんな感じ、かな?」


何故、疑問系なのだろうか。

わからないと言った様子だが?

時々、アトラさんには違和感を覚える。生活に関することなどの一般常識に偏りがあるのだ。

まるで記憶を失っているような、それにしては知っていることも多い。


特に編み物に関しては博識だ。


今のアトラさんは、記憶と記憶がちぐはぐに作られたようだ。小さい頃から知っていたはずのアトラスさんには、思えない。


もう年頃の娘だ。成長しているのだから、当たり前なのかもしれないが。


 それにしても、まさかアトラさんが帝国で暮らしていたとは。

彼女はあまりここにやってくる前のことを話さない。

きっと辛い思いをしてきたのだろう。

だから名前を変え「アトラ」と呼んでくれと頼んだに違いない。


 おまけに加護の力を持っているとは、驚愕した。あれだけ彼女の小さな頃を知っていたのに、それに気づかないなんて。

いや、自分でさえ神父になるまでスキルについては公言しなかった。それほど力というものはややこしいのである。

どんな力も一歩間違えれば不幸を呼ぶ。

正しく使えれば良いのだが、それを周りは良しとしないこともあるのだ。


 実際、私もスキルに目をつけた教会組織に嫌気がさし、この田舎町の神父となった。

セフィリナ様の信仰はしているが、今の教会組織は腐敗した危険な生き物だ。

アトラさんの加護の力を知れば、必ず手に入れ悪用するに違いない。


まだ教会組織はアトラさんの加護を知らないようだ。王宮はすでに把握し監視しているだろう。彼らは古くからの厳しい令により、加護持ちに干渉はしない態度を貫いている。監視はするが。


町でも魔道具士として通っているし、知っているのは私と王宮監視者のサクナさん達だけのはず。


 しかし、その当の本人が事の重大さを知らないのだから。まあ、加護の力は珍しいものだから、よくわからないのは仕方ないかもしれない。


古くから加護持ちは勇者や聖女として崇められてきた。それで名を成す者もいたが、逆に不幸になる者もいる。


彼女を守らなければ。


(セフィリナ様のお慈悲により転移した生、全うさせたいものだ)


おや? 今、私は何か言っただろうか?

気のせいか。

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