元最強30歳おっさん全てを取り返すためにもう一度立ち上がる

外典

序章 復活の予兆

プロローグ

 僕は努力を信じない。努力は裏切らないと人は言う、今回はうまくいかなかったとしても努力をすればきっとうまくいく、なんてそれは嘘だ、努力は裏切り者だ。努力は裏切らないというのは裏切られたことがない。うまく言ったやつらが言うんだ。努力は何食わぬ顔で裏切ってくる。どんなに努力しようともどれだけ時間を割こうとも一向に答える気はない、そんな不確実なものに一喜一憂するならもともと諦めていた方が楽だ、期待なんかせずに努力なんてせずに。


「あなたたちはその中でも特に優れたものとして、この高校、海嶺学園にあつめられています。であるからして皆さんはその誇りをもって授業を・・・」


 憂鬱なシックの授業、この町では生きていては逃れられない勉強。

 僕が生まれたときにはすでにシックと言われているいわゆる超能力と呼ばれるものが出現していた。25年前の突然現れた病気の後遺症からでてきたようで、シックという語源は病気からきたものとして、ペーシェントという語源は病人からきたものとして呼ばれている。ほとんどのペーシェントはその力ゆえ、シックワールドという大きな町に一挙に集められ管理されている。人口30万人ほどの閉鎖都市、といっても普通の町とさほど変わらない、ただいる人間が特殊なだけだ。


 僕、真田勇気さなだゆうきも一応シックが使えるペーシェントとしての素質が高いといわれ、このシックエリート校の海嶺高校に在籍している。しかし神は残酷だ、テストの結果では僕にペーシェントの素質があると言いながら、今現在全く使えないのだから。おかげで毎日が劣等感を抱える日々だ、シックなんてこんなもの消えてしまえばいいのに。


「シックとは想像力、イメージで構築するものです、自信があり元気があふれる皆さんは想像力を高め・・・」


 シックは自分の想像力で形成され、鍛錬次第で大なり小なりどんな能力だって得られるといわれている。しかし強力なシック、珍しいシック、周りへの影響力が高いシックであればあるほど才覚や努力が必要不可欠。

 自分に合わないシックはほとんど効果を発揮しなかったり、不発したりと、いいことはない、つまり結局は才能次第ってわけだ。

 クラスのやつらはみんなよくまじめに取り組むものだ、シックの練習や努力はゴールの見えないレースを走り続けるようなもの、昔僕もまじめに取り組んでた時期があったが今じゃやる気すら出ないね

 よく人からは死んだ目をしている省エネ人間といわれ馬鹿にされることもあるが自分では身の程をわきまえて俯瞰できている人間だと思っている。



 ガヤガヤガヤガヤ




「学期の最初の授業ってのに、うるさいな...」


 クラスのスクールカースト上位のやつらが授業中にもかかわらず、騒いで先生の言葉が聞きづらい、本当に腹立たしいやつらだ、つい睨めつけてしまうほどに。彼らにはシックエリート海嶺高校としての自覚がない、たいして頭もよくないのにテスト前だけ自分で書いてもないノートを見て進級しているやつらだ、どうせたいした大学にもいけず、くだらない人生をおくるんだろう。僕はシックこそ全くできないが勉強ならお前らより上だ!僕は違う。たとえシックが使えないとしてもしっかり勉強してあのむかつくやつらよりいい大学にいくんだ。



「あー最後の話よ、転校生を紹介するわ」


 授業終わり、下校前のホームルーム中に担任の先生が放った一言はクラスがざわつかせた。当然だ、転校生イベは文化祭なみにビックイベント、そのイベントが唐突に今行われるからだ。


「入って」


 そこから入ってきたのは誰もが息を飲むような美人でとても可愛い女の子。こんな子本当にこの世にいたんだな。

 んまてよ、空席は僕の隣だけ、これは・・・


「私は綾瀬逢あやせあいといいます、この学園のことはよくわからないので教えてくれると助かります」


「綾瀬、あなたは真田の隣の空いてる席に座って」


「よろしくね、真田勇気くん、勇気ってよんでいいかな?」


 彼女は隣の席に座り、小さく微笑んだ。


「よろしく、別に好きによんでいいよ」


 なんて距離感の近い子なんだ。こんなことあるのか、可愛い転校生がきて僕の隣に来るなんて、顔はとてもクールにしているが、嬉しい、にやけてしまいそうだ。


 彼女はホームルームが終わるなり大量の男子に囲まれた、特に僕の嫌いなやつらに。彼女はとても愛想がよくもう一回話した時点で好きになってる男子もいそうだ。こんな子と隣になれた僕は幸運だ、だが僕はよく知っている、奇跡はここまでなんだろう、きっとこの子も運動神経だけのやつらにとられるんだろう。

 そうだ、自惚れるな、僕は身の程をわきまえている人間だ。


「ねえ、ここってどうやってとくの?」


「ねえ、趣味はなに?」


 しかし僕の考えとは裏腹に奇跡はつづいた。なぜかとても僕にいろいろ聞いてくるのだ、好きなものや嫌いなもの、交友関係や、僕の過去、つい洗いざらい話してしまった。だがきっとこれも偶然だろう。こんなぼさぼさの髪の、つまらない見た目の僕が面白いのだ。




「対人シック訓練始めるぞー二人一組を組め―」


 対人シック訓練まともにシックが使えない僕にとっては地獄のような授業だ。それに友達がいない僕にとっては二重の意味でつらい。


「さっき俺のことにらんでたけどなんか用でもあんの?」


 大きい巨体の男に肩を掴まれる。

 こいつは真壁、スポーツもできてスクールカーストでも最上位、いつもクラスメイト達会話の中心にいる、僕と対極にいるような人間だ。


「とりあえず俺と組もうぜ」


「わかったよ...」


 ほぼ恫喝のような言い分に怖くて従ってしまった。

 なめるなよ、僕にはお前らにはない知能がある、猿のお前らとは違う!




 ピッ


 スタートの合図のホイッスルの音が部屋中に鳴り響く。


「【念動力・飛】!」


 真壁に向け手をかざし技名を叫ぶ。

 イメージで構築されるシックでは技名は重要視される。その技のイメージを固定化することで簡単に出すことができる。


 この技は念動力で対象を吹き飛ばす技、並みのペーシェント超能力者でも使えば相手を吹き飛ばすことができる。


 グググ


 真壁を睨めつけ手をかざし全力で動かそうとするも全く真壁が動かせない。


 そうだ、並以下の実力の僕には真壁の強靭な肉体はピクリとも動かせなかった。


 少しは姿勢を崩せると思ったのに・・・全く効いてない・・・


「はぁ、だせぇ技名叫んでこれかよ」


 真壁はそういうと僕に肩を揺らしながらゆっくり僕に近づいてくる。




 重すぎて真壁が動かせない・・・




 ボゴッッ




「がはっ」


 真壁の鋭い一撃が腹に突き刺さる。


「俺さ、お前みたいなやつ嫌いなんだよね、無能で何もないくせに妬んでひがんで、その癖俺たちを見下してる目をしてるやつ」


 結局、真壁のみぞおちへの一発で倒れてしまった、悔しさとみじめさで胃が痛い。


「男として恥ずかしくないのか?そんな弱くて」


 真壁はうずくまっている僕を見下し蔑む。

 何も言い返せない、僕は一切のダメージを与えることなく負けてしまったのだから。

 僕だってシックがもっと上手く使えれば勝てるはずなんだ・・・クソ、だから嫌だったんだシックの授業は・・・だが今に見てろよ・・・お前らよりいい企業に出ていい生活をしてやる・・・


「まただその目・・・その他人を見下したような黒くくすんだ目・・・お前が本心で俺たちを馬鹿にしてるのがよくわかるんだわ」


「・・・よくわかったね・・・君たちのその下卑た顔と声を聴いているだけで僕は不快だったよ」


 前々からずっと思っていたことが真壁らの鬱憤とシックへの怒りで口走る。

 怖いでも、綾瀬さんが見ている前でただやられているわけにはいかない。


「なんだと・・・てめぇ・・・」


「そうやって言葉で勝てないから暴力でやり返すんだ、弱い人だね」


 真壁は倒れる僕の胸倉をつかみこぶしを振り上げる。

 ああ、まただ、またシックのせいで痛い目に・・・

 僕があきらめていたその時、目前で真壁の拳が止まる。


 ググッ


「やりすぎだよ真壁、どう見ても戦意がない相手に追撃をかけるのは人として最低、みんなもちょっと引いてるし」


 そう言われた真壁は周りを見渡し、周囲の目を感じ取るとすぐに僕の胸倉を離した。


「・・・はぁ、弱い者いじめしてるみたいでしらけちまった、悪かったな八つ当たりみたいなことして」


 真壁はそう言うと去っていった。


「大丈夫?」


 綾瀬さんは倒れている僕に手を伸ばしてくる。

 ださいなぁ僕。


「うん、ありがとう、綾瀬さん」


「私は当たり前のことをしただけだよ、それにしてもすごいねあんな怖い真壁に言い返すなんて!」


「そうかな・・・」


 彼女は頬を赤く染め、僕の手を取り、尊敬のまなざしで顔を近づけてくる。

 彼女の綺麗な顔の中の煌びやかな目につい引きずり込まれそうだ。

 つい緩みそうな口元を抑え、目を合わせないように横を向く。

 すごい、いい匂いだ・・・こんなに可愛い顔た人にこんなことをしたら普通の人間なら堕ちてしまうだろうが、僕は違う・・・僕は騙されないぞ・・・


「今日一緒に帰らない?」


「へ?なんで?」


「勇気について気になるから!」


 彼女は一片の曇りもない太陽のように輝かしい満面の笑みで僕に語り掛けてくる。

 これは今度こそ確信した、たぶん僕は好意のようなものをもたれている。たとえそれが勘違いだとしても、うれしさのあまりにやけてしまいそうになる。

 神様も捨てたもんじゃないかもしれない。


「いいよ」


 何とか声色を変えず返事ができた。







「はい、これジュース、勇気このジュース好きなんでしょ?」


「あ、ありがとう」


 女の子と一緒に帰るのは初めての経験でドキドキする。なんとかその体の火照りを冷たいジュースを一気に飲み干してごまかす。


「勇気のシックってどんなの?なんで出したがらないの?」


 帰り道、唐突に言われたこの言葉は僕の心をえぐる。僕だって出したいさ。


「シックとしての能力が低いんだ。適正はあるらしいんだけどまだうまくコントロールできてなくて」


「そんなことで?」


 彼女のその言葉に腹が立った。

 彼女はシックが使えるからそんなことがいえるんだ。


「そんなこと?この町では学歴並みに、シックがどれだけつかえるかで価値が付くのしっているだろ!」


 僕がそう言うと驚いた顔をして彼女は僕をただ見つめていた。

 シックの強さ、うまさはもはや立派な人間価値だ。超能力はいまや仕事や日常生活にまで入り込んでいる。わかってるさ、僕だって、勉強なんてできたところで人間価値はシックがうまく使えるあの嫌いなやつらのほうが上なんだって!

 彼女の顔を見てはっと目を覚ます。

 こんな格上の人間と話しているだけで僕は感謝してなきゃいけないはずなのに、僕はなんてことをしてしまったんだ・・・


 すると彼女はいつもの顔に戻り笑顔を見せる。


「いい顔できるじゃん、感情的な方が人生楽しい時もあるよ、そんなにシックがコンプレックスなら努力すればいいのになんでしないの?」


「君が・・・何を知ってるって言うんだ、君のような天才には僕のことは分からない!凡人の気持ちなんて!努力なんて無駄だ!僕だって昔はしていたさ、毎日一時間ほどずっと念力をかけようと石と睨めあったり、手から炎を出そうとしたり!でも半年でやめたよ、なぜかって?その半年でできるようになったのは少し風を出せることだけだったからね!」


「だからって自分のシックの覚醒を待ち続けているの?漫画の主人公みたいにピンチの時に覚醒するのなんてありえないよ、努力しないで手に入れる力なんて偽物だと思うよ?」


「べ、別にそんなわけ・・・」


 シックは感情に大きく左右される、諦めた僕にもいつかそのシックが使えるようになるかもしれない、時間が解決してくれるかもって妄想をずっとしていた、いつかはきっと僕もみんなと同じようにと。

 内心ずっと無意識に願っていたことを彼女の言葉に分からせられる。

 僕の言葉の動揺を感じると彼女は悲しそうな表情を浮かべる。

 まるで僕に同情でもしているようだ。


「・・・私もね、昔は勇気と同じだったの」


「同じ?」


「うん、私は捨て子でね生まれたときからずっと施設に入れられてて、その施設は酷いところで親のいないことをいいことに私を実験動物のように扱われた。常に監視されて周りには怖い人ばかりで外には出れなかった、そして物心のついたときにはもうここから一生出れないんだったって諦めていたの、出ようとする努力を全くしなかった、でもねとある人に会った時それがただの勘違いだって教えてくれたの。案の定、少し努力してやろうと思ったら簡単にその施設から逃げ出せたの」


「・・・それのどこが・・・」


「固定概念にとらわれているってことだよ、努力しなきゃ何も手に入らない、例えその努力が無駄になったとしてもやるべきだよ、人生時間はいっぱいあるよ」


 彼女は僕ができないと目を背け続けてきたことを遠慮なしに突きつけてくる。

 心に隠し続けていたシックを使いたいという気持ちを彼女は取り出そうとしてくる。


「ずっと見てたよ、周りの人はあなたのことを省エネ人間って人もいるけど真壁との戦いのときの顔!もしほんとにそうなら絶対あんな顔出来ないよ!」


 彼女は僕の顔の前に顔を寄せる。

 目元が熱くなり、顔を手で覆いかがむ。こんなひどいことを言ったのに僕に優しくしてくれるのか。こんな人は初めてだ。

 僕は昔からシックが使えないのに素質だけ見込まれて、常にシックが使えるやつらが周りにいる環境で育ってきた、自分だけ使えない悲壮感、周りからの冷ややかな視線それに耐え兼ね、シックから目を逸らしてきた、そんな僕を彼女は優しく包み込んでくれている。

 この時僕は彼女に恋をしていることに気がついた。

 僕が影なら彼女は光だ、太陽みたいに明るくて健気でかわいい彼女に、彼女に必要とされる男になりたいと強く思った。




「ちょっと君~かわいいね、どう今モデルさがしててさ」


 僕が彼女の言葉の感動に浸っていると、突然にやにやとした僕の嫌いそうな人種が5人で僕らの前に立った。

 彼女の手を掴むと強引に彼女を連れて行こうとする。


「誰ですか!?や、やめてください!」


 彼女は掴まれた手を放そうと抵抗している。

 涙をふき、すぐに立ち上がる。

 これは千載一遇のチャンスだ、シックには自分の精神を映す、つまり強靭な精神は強い能力を生み出す。今のすっきりした心なら彼女にいいところを見せるかもしれない。


「ぼ、僕たちはシックエリートの海嶺高校生だぞ、わかっているのか!」


 彼女を掴む手を払い、前に出り虚勢をはる。


「わかってて言ってんだよ、少しシックの使い方がうまいだけで調子乗んなよ」


 男は僕に向かってくる。

 まずい、頼むよ神様、俺かっこよくなりたいんだ、強くて、好きな人を守れるくらいに。神様・・・僕に力を・・・!


≪ククク、お前に選択肢を与えてやる≫


 いきなり頭の中に声が流れ込んでくる、これはなんなんだ!?

 誰なんだ、あんた!


≪一つ、シックの強化を得てこの不良共を蹴散らす、二つ、お前が身代わりになってこいつらにボコられる≫


 なんなんだこの声、これは神の声なのか?本当にこんなことがあるのか。


「ぼけっとしてんじゃねえよ」


 男は僕に大きく振りかぶって殴り掛かってきた。


≪どうする?時間がないぞ?≫


 僕が選ぶのは当然前者だ!


≪ククク、いいだろう、それじゃいつも通りお前の必殺技を使ってみろ≫


 体に全く何の変化も感じないが本当に僕のシックは強くなっているのか?でももうやるしかない!


「【念動力・飛】!!」


 言われた通り念力で敵を操り飛ばすイメージで手をふった。


 ブオンッ


 手を振った瞬間、手前の綾瀬さんの手を掴んでいた男が思いっきり後ろ壁まですごい勢いで吹き飛んだ。

 できた・・・僕にもできるんだ・・・!


「てめぇ!ふざけんな!」


 そういうと後ろにいた不良たちが腕を上げこちらに走ってくる。


「吹き飛べ!」


 もう一度イメージを構築する、すると不良たちはまるで車にはねられたように吹き飛ぶ。

 強い、この力があれば真壁だって倒せる・・・!


「悪かった、降参だ、俺たちは依頼されただけなんだ・・・」


 倒れる不良たちは言い訳を始める。

 自分の保身のための言い訳だろう。

 手をかざし、シックをもう一度不良たちに向ける。

 なんて気持ちのいい光景だろうか、僕の嫌いなやつらが僕に恐れをなしている。


「な、なにを・・・」


「もっと痛めつけてやるよ」


 シックで不良たちの片腕を逆方向に捻じ曲げる。


「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 不良たちのつんざく悲鳴が路地裏で鳴り響く。

 あまりの快感に鳥肌が立つ。


「全員土下座しろよ、そしたら許してやる」


 不良たちは腕を抑え痛がりながらも土下座する。


「ハハッ・・・アッハッハ!なんて強力なシックだ!これなら真壁だってあのクラスの奴らも全員同じ目に合わせられる!」


 パシャッ


 スマホでその光景の写真を撮る。

 僕が初めてシックを使えたときの記念写真だ。

 僕が笑っている隙に不良たちは僕に恐怖の顔を浮かべながら蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。

 最高の気分だ、なんて心地いいんだ、これでようやく僕を見下してきたやつに仕返しできる、あの恐怖の顔を僕を見下してきたやつらにもできると思うとすごい楽しみだ。


 ザッ


「ククク、どうよ、今の気分、気持ちいいか?」


 不良たちが逃げ帰った方向の壁から知らない男が出てくる。

 髪型はオールバックで身長は175cmくらいだろうか。黒い革のジャケットをしていて、見るからにその風貌はいかつい雰囲気だ。


「誰だよあんた」


「俺は佐山ってんだ、お前の身分がどうしても必要でな」


 どうやらさっき言い訳だと思っていたことは本当のことだったようだ。こいつがさっきのやつらを操っていた親玉だろう。

 その佐山という男は陰険な雰囲気で不敵な笑みを浮かべている。さっきのやつらとは違うオーラをまとっているように感じる。

 身分?いったい何が目的だ、でも関係ないどっちにしろこいつも僕の前で膝まづかせてやる。


「見てなかったみたいだね、来るなら君もさっきの不良みたいにボコボコにしてあげるよ」


 今まででなかったほどの自信と力が溢れてくる。

 みててね、綾瀬さん僕がこいつをボコボコにするところを。

 男はポキポキと指を鳴らしナックルダスター指にをはめる、こいつもやる気だ。でもこいつからは微弱なシックの力しか感じない、今のシックを使える僕なら絶対勝てる!


「こいよ、この俺様がお前なんか目覚めたての雑魚に負けるけないがな」


 佐山は指を曲げ挑発してくる。

 相当自信があるのだろう、慢心しているのがよくわかる、その表情が絶望の表情に変わるところが楽しみだ。


「知らないのか、生身の人間とシックが使えるものじゃ、象とアリくらいの差があるってことを」


 手をかざし今できる最大の威力で吹き飛ばすイメージを頭の中で構築する。


「【念動力・飛】!!」


「うおっ」


 ブオッッ


 佐山の体は先ほど同様いとも簡単に壁まで吹き飛ばされる。

 やっぱり口ほどにもないじゃないか。

 僕が吹き飛んだ佐山を追おうとしたとき綾瀬さんが心配そうな顔で詰め寄ってくる。


「勇気、大丈夫?」


 綾瀬さんは心配そうな顔で詰め寄ってきて自分より僕の心配をする。


「綾瀬さんこそ大丈夫だった?」


「うん、守ってくれてありがとう、ようやくシック使えるようになったんだね、本当におめでとう」


 綾瀬さんからの言葉一つ一つに感動を覚える。

 僕は彼女を守るために生まれてきたんだ。

 彼女への感動を機に僕は覚悟を決める。


「綾瀬さんからの大事な話は僕からさせてほしい」


 綾瀬さんは僕の言葉を聞くとキョトンとした顔で僕を見る。


「綾瀬さん、君のことは僕が一生この力で守る、だから僕と付き合ってくれ」


 まっすぐな瞳で彼女を見つめる。


 僕が彼女を守るんだ、そしてこのシックで彼女にふさわしい人間になって見せる。


 今の僕ならどんなことだって・・・





 しかし彼女の言葉で僕の期待と希望は一瞬で崩される。





「ごめんなさい」



「え?」


 理解ができなかった、脳が処理できなかった。

 僕のこと好きなんじゃないのか?


「な、なんで・・・」


「私嫌いなんです、あなたみたいに力を持った途端態度が変わって力に溺れる人」


「は?」


 意味が分からない、絶望で胸が苦しい、まるで胸に大きな穴が開いたような感覚。

 そんな・・・おかしいよ、ずるいよあんなこと言ってすり寄ってきたのに。

 おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい。

 その絶望は僕に一つの案を浮かばせる。


 君が僕のものにならないのならいっそここで。

 僕は彼女に組み付き押し倒す。


「なに・・・するの・・・」


 彼女は押し倒されているというのにいたって冷静に話す。


 彼女の首をねじ切るように彼女の首に手をかざす。


「僕のものにならないならここでいっそ・・・」


 自然と笑みがこぼれる。


 きっと綺麗な彼女からは綺麗な血が流れるんだろうな。

 











「きもいこと言ってんじゃねえよ、カス!」


 ドガァッ


 唐突に横から腹を思い切り蹴り上げられる。


「な、お前・・・」


 腹を抑えながら顔を見上げると先ほどの男、佐山が立っていた。


「男のヤンデレとか需要ないから」


 佐山は鼻で笑いやれやれと軽蔑する目で僕を見下ろす。


「なにするんだ・・・邪魔だぁぁぁぁぁぁ!」


 手をかざしもう一度佐山を吹き飛ばすイメージを構築する。

 しかし佐山は先ほどの不良たちのように飛ばない。


「な、なんで・・・!」


 なんども手を振るのをくりかえす。

 それを見た佐山は腹を抑え笑い始める。


「ククク、お前、本当に突然自分がいきなり強くなったと思ったのか?はぁ、笑わせてもらったぜぇ、いやぁ、滑稽滑稽」


「どういうことだ・・・」


「ネタ晴らしをするとだな、さっきの力はお前の力じゃない、綾瀬の力だ、俺は個人的にお前のその身分が欲しくてな、お前が力に溺れない善良な人間なら見逃そうと思ったが、しっかり屑だったな」


 こいつは何をいってるんだ。

 しかしこの男の言う通りいくらやってもさきほどのようなシックは出てこない。


「おかしいと思わなかったのか?別に何が秀でてすごいわけじゃない自分に高嶺の花が話しかけてくること、お前を特別扱いしているようなこと、全部嘘だよばーか」


「そんなわけないだろ・・・ね、綾瀬さん」


 恐る恐る震える声で聞く。

 しかし彼女は否定しない。


「嘘だよね、綾瀬さん!」


 そんなはずが、そんな訳がないんだ。

 綾瀬さんは何も答えない。

 頭が真っ白になった、彼女はきっと操られているんだ、そういうシックなんだ。

 おい!さっきの声のやつ!どうすればいいんだ!


≪お前みたいにさあ、ろくに努力もせずに奥手で周りをひがむことしかできないやつにさぁ、こんなかわいい子が好きになるわけないだろ?≫


「この頭に響く声...」


「そ、さっきの謎の声も俺、テレパシーってやつだ、やったことないんだろうと思ったが案の定だったな」


 ようやくシックを手に入れたはずだった、彼女のヒーローになるはずだった。


「結局才能か・・・なんて不平等な世界なんだ、才能がない人間はこうやって淘汰される・・・努力も才能がなきゃ無駄だ」


「残念ながら努力はそう簡単に報われない」


「だったらやっぱり努力なんて無駄じゃないか・・・!」


「周りより才能がないってのを諦めたてめぇの言い訳にするんじゃねえ、だからこそ報われるまで全力で努力するんだろ?少し触った程度で全部分かった気になって全否定、最高に最悪だなお前」


「なっ・・・」


「最後に教えといてやる、お前は省エネ人間なんかじゃねえ、お前は努力が少し実らなかっただけですぐ諦め、覚醒という幻想に手を伸ばした、諦めの早い怠惰で愚鈍な小心者のクソ野郎だよ!」


 男の言葉にぐっさり胸の奥を刺されたようで言葉が詰まって何も言い返せない。



 僕は間違っていたのか?そんなはずが・・・



 佐山はそういうと大きく振りかぶりながら近づいてくる。




 嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!






 ~~~~




「しっかり悪役って感じで気が滅入るぜ」


 自分のしたことに深くため息をつく。


「その割にはかなりノリノリだったんじゃないんですか?」


「昔からああいう、クズの隠れてる本性を引き出して現実を見せるのは面白いってもんだ。というか身分は作ってあんじゃねーのかよ」


「私の分しか用意できなかったので今回は仕方なくやってもらいました、しっかりこれからは真田勇気として生きてくださいね」


 綾瀬は「てへっ」と笑い舌を出す。

 悪いな真田、俺がこの学園に潜入するためにどうしてもお前の身分が必要だったんだ。

 俺はこれからこの身分で海嶺学園に潜入する。


「本当に言われた通りにやったら、いろんなことを話してくれましたよ」


「いったろ、ああいう友達いなさそうな暗い奴は対照的で明るくてぐいぐい来る女に弱いんだ」


「さすがですね、ソースは俺ってやつです?」


 ナイフみたいに鋭い言葉をさしてくるじゃねぇか・・・


「今回はうまくいったが次もこううまくいくかね」


 超能力者ペーシェント超能力シックは人それぞれ、どんなやつとぶつかるかわからない、いずれ一対一では勝てない敵とも戦うだろう。


「佐山さん最強じゃないんですか?」


 彼女は意地わるそうな口調で話しながら俺の顔を覗いてくる。


「だからだって...はぁ、昔の力があればなー」


「でましたね、おじさん特有の昔は~ってやつ」


 呆れるように彼女はため息をする。そこはいい感じに励ましてくれよ。


「うざ」


 空に手をかざし、雲をつかむように握る。

 これで身分は手に入れた。俺を誰もとめることはできない、やってやるよ、何人殺そうが、犠牲にしようが、例えこの世の全てを敵に回して絶対悪になろうともな、堕落した人生はもう終わりだ。

 これは最強だった佐山伊吹が失ったものを取り戻す物語。


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