第11話 婚約破棄

「えっと……どういうことかな……? た、たしかに優待とか言ってちょっと強引に真夏くんのお嫁さんにしてもらったけどさ。私、ウザかった? も、もしかして他に好きな女の子がいるとか?」


 いつも明るい紗耶さんとは思えないほど、弱々しい声。今にも消えてしまいそうな声。こんな声を出させてしまうことを申し訳なく思うが仕方ないことなのだ。


 このお知らせを見た今じゃないと。これ以上紗耶さんと仲が深まったら言えそうにないから。


「紗耶さんのことを嫌いになったわけでも、他の女の子のことを好きなわけじゃあないんだ。ほら、これをみてほしい」


 力なく、ベッドから俺の机の方に来てくれる。紗耶さんに今触れたらそのまま崩れてしまうのではないだろうか。


 そして紗耶さんにパソコンの画面を見せる。


「こ、これは……?」


「インサイダー取引に注意って画面なんだけどさ」


 インサイダー取引。インサイダー取引とは、上場会社の関係者等が、その職務や地位により知り得た、投資者の投資判断に重大な影響を与える未公表の会社情報を利用して、自社株等を売買することで、自己の利益を図ろうとするもの。


 つまり自分だけが知ってる情報で得をするな、ズルするなということ。


 これと、紗耶さんと俺との関係に何か問題があるのか。大アリだ。


 紗耶さんは社長令嬢。会社の重要情報も知っているかもしれない。将来は藤本イートに就職するだろう。


 紗耶さんが俺にその情報を言おうが言わまいが俺が売買した後、重要情報が出てしまえばインサイダー取引。


 つまりリスクしかない。応援する会社に泥を塗るようなことりなりかねない。


「なるほどね……」


 理解してくれたのだろう。紗耶さんは俺の目を見て頷いてくれた。


「一度、こっちに来てくれる?」


「分かった」


 指差すのは先ほどまで紗耶さんが座っていたベッドの方向。よく意味が分からないが、女の子にこんな悲しい顔をさせたのだ。大人しく従うのが通りだろう。


「どうしたらいい?」


 言われた通りベッドの横にやってきた。しかし、紗耶さんは何も言わない。


「えいっ」


「えっ?」


 不意にとんっと胸元を押されて、そのままベッドに倒れてしまった。そしてどうしたことか紗耶さんが俺に跨ってくる。


「ち、ちょっと!? 紗耶さん!?」


「そんなこと気にしてたの?」


「っ!?」


 その目に先ほどのような悲しそうな雰囲気はなく。その目はもはや捕食者といっても過言ではない。


「本当に真夏くんは会社のこと大切に思ってくれてるんだね。そこは嬉しいよ。でも……」


 グイッと俺の方に顔を近づけてくる。ち、近いし何がなんだかわかんない。ただ心臓がうるさくなり始めた。


「私がそういうことを考えてないって思ってるの? ちゃんと将来のこと考えてるよ。もし、私が藤本イートに就職しても私が真夏くんにその情報を言わなかったら違反にはならないんだよ?」


「あれっ? そうなの?」


 あれあれ? 家族にその関係者がいたらダメなんじゃなかったっけ? 紗耶さんに聞いてみるが大丈夫らしい。ちゃんと確認したいのでパソコンの方に行きたいのだが、紗耶さんが行かせてくれない。


「ダーメ。さっき私のこと悲しませたんだから逃しません」


 どうやら俺はこれから捕食されるらしい。

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