第8話 呼び方

「美味しいですお義母さん!」


「あらあら、そう? 嬉しいわぁ。今日は紗耶ちゃんが来てくれたから腕によりをかけて作ったのよ。明日はお父さんもいるからもっと頑張っちゃうわね」


「明日は私も作らせてください! 私、花嫁授業頑張ってたので料理も出来ます。真夏くんに私の料理食べて欲しいです」


 賑やかな夕食。しかし、賑やかなのは二人だけ。俺は二人の会話を聞きながら速いペースでカレーを頬張っていた。


 たしかにカレー美味い。なんせ大きなお肉がゴロゴロ入ってる。いつもならあり得ないくらい豪華なカレー。まるで今日祝い事があることを知っていたかのよう……


 ん?


 ここで一つ疑問が浮かぶ。母さん、まさか予め知っていた? 妙に二人の仲が良いし。意を決して二人の会話に入ってみる。


「なぁなぁ。二人って今日が初対面?」


「真夏知らないの? 紗耶ちゃんのお母さんの恵美香さんと私はお友達なのよ。小さい頃に紗耶ちゃんと真夏も会ったことあるんだけど覚えてないの?」


 全く記憶にございません。幼稚園、小学校と順に記憶を辿っていくがやはり藤本紗耶という名前の人は覚えにない。


「私、真夏くんとは高校で初めて一緒になったからね。会ったのは幼稚園年中の時だし覚えてないのも無理ないよ」


「藤本さんは覚えてるの?」


「よーく覚えてるよ。それよりも」


 グイッと顔を近づけてくる。俺何かしたっけ?


「いつまで藤本さんなんて他人行儀な呼び方してるの? 私たちは許嫁なんだから紗耶って呼んでよ」


 悪戯っぽく俺にそんな要求をしてくる。そういえば今日家に帰ってからずっとしたの名前で呼んでくれている。真夏くんって。


「真夏。紗耶ちゃんってちゃんと呼んであげなさい。あなたたちは許嫁なんだし紗耶ちゃんの言う通り藤本さんなんて呼び方は良くないわ」


 藤本さんにハメられた! 俺の部屋で呼び方を指摘しなかったのは今、母さんの前でそのことを言うことで母さんを味方につけてダメと言えないようにするため。


 着実に外堀が埋められている。母さんとも仲良いし、逃げ場をなくしてきている。


「ほらほら〜。お義母さんもこう言ってるんだから呼んで? さ、や、って」


 逃げ道は……ない。意を決して口を開く。


「さ、紗耶さん……」


 なんで親の前でこんな恥ずかしいことをさせられているのだろう。母さんすごいニヤニヤしててなんか嫌だ。


「はいっ。真夏くんっ! えへへ。名前で呼ばれるとやっぱり嬉しい」


 満面の笑み。その笑みを受けて照れてしまい、さらに母さんのニヤニヤ度を上げてしまう。藤本さん……紗耶さんにいいように操られてる気がするな。


「そ、それで母さんはさ、紗耶さんが俺の許嫁ってことに賛成なのかよ?」


 話題を切り替えて母さんに話を振る。さっきまでのおちゃらけた感じは一瞬にしてなくなり、真面目な顔になる。おぉ、俺の方の背筋まで伸びちゃったよ。


「賛成に決まってるでしょう。こんないい子なかなかいないわよ。あんた誰か他に仲良い子いるの? いないでしょ。紗耶ちゃんのおかげで杠葉家は安泰。早く孫の顔が見たいものよ」


 自分の息子に対して少し辛辣ではないかな。仲良い子いないって断定されちゃったよ。その通りなんだけどさ。


「ふふふ。任せて下さいお義母さん! ちゃんと私のこと好きになってもらいますから! 私から離れられなくしちゃいます」


 自信満々に宣言する紗耶さんに恐ろしくも期待してしまう俺がいた。





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