第6話 兵器開発 Vol.3

 兵器開発 Vol.3

 確かに嵐山には真竹が群生していてより取り見取りだった。

 ここから通電力の良さそうなもの・・・ねぇ・・・うーん

 水分が多いより炭素繊維の多い物がより通電力が有りそうなんだけどな、すると、良く乾した竹が良いのでは無いか?

 試しに青竹、古竹、竹炭の3種を手に入れて持ち帰る事にした。

 東京市にも竹位有るのは当たり前なのだが、あの妥協を許さない発明王のエジソンが京都の竹を選んだのだから恐らくそれ以上に上質な物は見つからなかったと言う事であろう。

 帰りの道中で、宿をとった名古屋では中々愉快な食事を堪能できた。

 この時代に既に在ったんだな、土手鍋や味噌煮込みうどん、ちょっとだけ舌を火傷したが・・・

 東京で再現出来ない物だろうか・・・と言うか、味噌ベースのソースを作って味噌カツを作って見ようかな、等と思案しつつ八丁味噌をちゃっかり手に入れて帰路に付いたのだった。

 少々時間が掛かってしまったが、何とか東京府へと帰って来ると早速実験を開始した。

 錫の電極の先に針金を繋ぎ、実際発行する事になるフィラメント部分を竹で作る。

 電球からLEDに完全に切り替わる直前ではフィラメントは確かあの超強金属タングステンだったような気がすが、そんな手に入らない物を強請る訳には行かないので出来るだけ今有る物で簡単に切れない物を探してるのだ。

 自作の電池に銅線を結び、錫と鉛を混ぜて作った自作はんだで繋げてある。

 小官の予想が正しければ一番良く光ってしかも長持ちするのは竹炭なのだが・・・

 電池がマンガンなので、直列に8個繋いでみる、これで12Vになる筈だから何とか点くはずだ。

 まずは細く削った青竹・・・駄目だ、やはり弱かった、しかも長時間繋げて置くと煙が上がり出したので燃える前に剥がした。

 次に古竹を細く削った物・・・お、結構光る、、、しかし若干不安定である、その上やはり煙が上がり始めた。

 やはりこいつか、と思いつつ竹炭を試す・・・

 キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! これだよこれ!小官の予想は正しかった~・・・あまりの嬉しさに前世の口調に戻りかけたが・・・

 他にもいくつかの実験をしてみる。

 フィラメントで蝋燭に火をつけて見たり。

 発電の重要性を示す為の布石はこれで良いだろう。

 自動小銃の試作が始まった以上、重要で一番肝心な物を作らなければいけないのだが、最近の忙しさでつい後回しになって居た物が有る、そちらに取り掛かりたいと思うのだが、いかんせん人手が足りない。

 そんな難問を抱えたまま、電気の重要性と電球の作成、そしてアーク溶接の必要性のレポートを仕上げた。

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 中将殿の執務室の前に来ている。

「失礼致します、益田准尉であります、中将閣下に折り入ってお話があります。」

「入りたまえ。」

「は、有難う御座います、失礼いたします。」

 机の上の書類とにらめっこしたままの中将閣下がそのまま尋ねて来る。

「今日の要件は何かね? 流石に軌道に乗り出して人手が欲しくなったか? それともまた吾輩の茶でも所望かね?」

 なんと鋭い、そしてなんと痛いジョーク・・・

「は、申し上げます、ご想像の通り、兵器開発部に必要な人材が足りません、ただし、必要な物資を揃える為の人足と申しましょうか、一人では材料の確保がままなりません。」

「そうか、やはりそうなったか、益田君、そろそろじゃ無いかと思ってな、実はすでに君の部下を用意してある、今日着任するので落ち着いて実験でもしながら待って居たまえ、午後には着任になる筈だ。」

「ち・・・中将閣下・・・有難う御座います。」

 感動に打ち震える振りをした後、踵を返すのを躊躇しつつ、ジョークに対する答えを返す。

「お茶でしたら小官の使い道に困って居た給金で購入して参りましたので、もう中将殿の最高級品をくすねる事も無くなりますね、大変良いお茶で名残惜しいですが。」

「ははははははははははは! 折角来たのだ、一杯どうだ?」

「残念ながら小官はまだ子供なので一杯と申されましても。」と含み笑いを混ぜて見る。

「がははは、言うようになったの。」

「は、失礼ながら、中将閣下が思いの外お茶目な方だと判りましたので。」

「はっはっは、孫と変わらん子供に手玉に取られるとは思わなんだわ、益々面白いな、君は。」

「はい、益田ですので。益々。」

 最悪に詰まらないダジャレを使ってしまった・・・

「孫と言うより息子位の奴と話してる気になるな。」

「では、小官はこの辺で。」

「うむ、ご苦労さん。」

 余りその辺を踏み込んで貰いたくなかった小官は早々に退散する事にしたのだった。

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 退屈等して居る間は無い、無煙火薬、この生成が重要になって来るのだ・・・

 確か、記憶が正しければ、ニトロセルロース、NATO公式弾はこの火薬をさらに発展させたコルダイトだったと記憶している。

 こいつを発火させられさえすればより安全でより炭化化合物の少ない、ジャミングしにくいアサルトライフルの出来上がりだろう。

 方針は決まった、ニトロセルロースの装薬を作りシングルベースの薬莢で射出する。

 7.62㎜でシングルベースだと多少弾速が遅くなる印象が有るが、連射可能な銃が無いこの時代であれば何も問題は無い筈だ。

 早速ニトロセルロースを手に入れるべく、化学式の作成に取り掛かった。

 暫くすると、ノックが聞こえてる。

「どうぞ。」と答えると。

「失礼いたします、井上軍曹、山田軍曹、他、上等兵4名、ただいま着任いたしました。

「やぁ、やっと来てくれましたか、小官が貴官達の上官になる、益田一太郎准尉だ、よろしく。」

 と挨拶をすると、ざわっとした。

 恐らく子供だと驚いたのだろう。

「傾注っ!」と強めに言って見ると

「何だ、俺らは子供の御守りをさせられるのか?」

 と、自ら井上軍曹と名乗った者が言い放った。

 カチンと来て木刀を掴みかけたその時。

「貴様!帝国軍人として恥を知れ!」

 奴らの背後から中将閣下が怒鳴り、いきなり張り倒した。

 そのまま井上軍曹は壁に頭をぶつけ脳震盪を起こして蹲ってしまった。

 シン・・・と一瞬で空気が静まり返る、流石の気迫だった。

「貴様らは何だ?帝国軍人では無いのか? 面前に居る者は何者だ?貴様らの上官では無いのか? 年齢で人を判断するな!!!何故目の前の益田君が貴様らよりも高い階級のバッジを付けているのか判らんか!愚か者ども!ようやっと訓練課程を終えたばかりのひよっ子の貴様らが逆立ちしようが何をしようが埋められぬ貢献をしておるからその階級章が付いて居ると何故気付けんのか! 二度とこの陸軍省の敷居を跨ぐでない!貴様らはたった今儂がクビにしてやる!」

 ものすごい剣幕であった。 小官もびっくりするぐらいの長台詞を怒鳴り散らしながらも舌を噛まない冷静さも持って居た。

 だがここで全員解雇されては振り出しである。

「中将閣下殿、小官をご心配成されてお越し頂いたのでしょうが、その場で全員クビにされてしまっては小官の手足を捥がれるも同然になってしまいます。

 中将殿程のお方が出て来ずともこの程度の小童位ちゃんと教育出来る所をお見せしますので暫くお時間を頂けませんか?」と皮肉と擁護を混ぜて意見する。

「おお、済まぬ、たまたま通りがかったら上官に対しての無礼な発言が聞こえて来たものだからな、少々熱くなってしまった。」

 いや、絶対こいつらの背後を付いて来て様子を見て居たな、このじいさん・・・

「いえ、お気持ちは有難く頂いて置きます。」

 井上軍曹を起こして立たせる。

「さて諸君、御覧の通り、中将閣下は非常に気が短いお方で、小官も宥めるのに苦労している。

 しかし、中将閣下の言い分は一理有るどころではなく、帝国軍人である以上は絶対条件である。

 山田軍曹、君も教練を受けて今ここに居るのだから、一人の浮ついた行動がどう言う事になるかちゃんと勉強して来て居るな?」

「は、一人の遅延や間違いは、部隊の全滅に繋がりかねない非常に危険な行為であります。」

「宜しい。

 では、着任して早々であるが、ここは戦場では無かった、良かったな、戦場ではこうは行かないと体に叩き込め!

 連帯責任だ、全員その場で腕立て伏せ用意!」

「はいっ!」全員一斉に腕立て伏せの体制になった。

「二呼称腕立て伏せ、やった事あるか?」

「「「「「「ありませんっ!」」」」」」

 ねぇのかよ!

 命のやり取りしてたこの時代よりも自衛隊の方が厳しいとでも言うのか?

「何だ、貴官らの教育隊長は一体何を教えてたんだ?

 いいか、”1”と言ったら下げる、”2”と言われるまで上げては成らん、これが二呼称腕立て伏せだ、準備良いか!」

「「「「「「はいっ!」」」」」」

「1!」そのまま頭の中で30秒数える。「2!」・・・・・・・・

 二呼称腕立て伏せは、下げている時に上官同士が立ち話などして陰湿に鍛える非常に嫌な腕立てなのだ、小官の前世の友人の自衛官に教わった恐怖の腕立て伏せだ。

「1!」

「益田君、この腕立ては吾輩も初めて見るぞ?」

「え、そうなんですか?

 ぜひ教育隊に取り入れましょう。

 こうやって下げている時に上官同士が今の中将閣下のように話し始めると、どんどんきつくなって行くので楽しいですよ?

 腕力と根性を鍛えるのには持って来いです。」

「うむ、気に入ったぞ、採用しよう!」

 え、今なんかすっごく地雷踏んだ気がする、二呼称腕立て伏せの開発者になってしまったのか?

 ・・・これは・・・・・

「こら其処、腰が浮いて来たぞ、重心を変えて楽をしようとするな!」と言って木刀で突き出した尻を小突く。

「なんだなんだ?

 だらしないぞ?

 そんな事で小銃を持って走れるはず無いだろう!」

 と言って木刀を床に叩きつける、一寸失敗して手が痺れたが・・・そこは我慢。

「まだ8回しか出来てないぞ、30回は覚悟しておくように!」「2!」

「はい1!」

 2から1の間隔は短くするのが鉄則だ。

 すると、さっきの井上軍曹が、「ふっざけるな~!」とキレて立ち上がったのでサッと木刀を構え小手から胴、最後に振り向き様に肩口から袈裟切りに木刀を打ち付ける、とは言っても手加減はしているので鎖骨を折る程の事は無い筈。

 蹲る井上軍曹の頭に足を乗せて押し、ひっくり返そうとすると、井上軍曹は泣いていた。

「何だ、わずか九つの小官に敵わないのが悔しくて泣いとるのか?

 それとも二呼称腕立てが辛かったか?

 ああ、そうかぁ、何にも出来ない癖に上官を愚弄した自分の馬鹿さ加減が悔しくて泣いとるのだろう?

 ・・・だったらとっとともう一度二呼称腕立て用意!!!

 下げてる奴らも上げろ。」

「連帯責任だ、折角9回まで行ったのになぁ、1回からになったなぁ?」「1!」

「どうです、中将閣下、躾の成って居ない犬畜生はどちらが強いかを思い知らせてやるとあっという間に言う事を聞くようになるもんです。」

 平成令和の時代にこんな事言ったら動物愛護団体に叩かれるんだろうな・・・きっと。

「うむ、その意見には賛成だな。

 犬と言うのは群れを作る習性が有る、強い者をボスとする習性も有るのでその理論はあっておるな。」

「ええ、群れないと何も出来ん小僧共も一緒です。

 番長が一人いて、そいつが一番強い訳です。」

「2!」

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 こんな具合にだらだら時間を掛けて二呼称腕立てを続けること遂に29回・・・

「1!」「良くやったお前ら!、これが30回目だ!」

 これも常套手段、これで終わりだと思ったとたんに気が緩んで潰れる奴が出るのだ。

「うむ、こいつらは良い兵隊になりそうだな、解雇は取り消しにしてやろう。

 では、邪魔したな、益田君。」

 未だ潰れる奴が出ない、気が入ってる証拠だった。

「は、中将閣下、わざわざご足労頂き有難う御座いました。」

「二呼称腕立て・・・か、うむ、早速教育部隊に打信しよう。」

 中将閣下は悪そうな笑顔を浮かべて執務室へ帰って行ったのだった。

「さあそろそろいいかな、2!」「30回終了。」

「気を付け・・・・・休め。

 諸君らの配属されたこの部隊は、実は戦場に出る事は恐らく無いであろうと思われる。

 だが、楽な部隊とは思わないで欲しい、何故ならこれから君達に課せられる任務とは、例えば鉄鉱石の採掘場に視察に行け、であるとか、浦賀の港に水揚げされる輸入品の劇薬100kgを受け取り翌日までに戻ってこい。

 とか、とかそのような命令が下る。

 何を開発して居るのかは機密事項なので此処では口外出来ぬ、が、完成してしまえば自ずと理解出来る事だろう。

 ただ、これだけは言っておく、ここだけの話だが、発明したのは小官で、それは恐らく、戦争のやり方が大きく変わる、絶対的な兵器であると言う事だ。」

 返事も無く、あっけに取られたように注目しているだけの部下達。

 そりゃそうだろう、わずか9歳の小僧が自分の発明した兵器で戦争を変えると豪語してるのだから。

「何だ?質問とかは答えられる範囲では受け付けるぞ?」

「・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「あの・・・」

「はい山田君。」

「それは、そんなに圧倒的にんるような物なのですか?」

「もちろんだ、かの信長公がそれまでは戦争には使えんとされていた火縄を3段構えで劇的に兵法を変えたように、いや、恐らくはそれ以上の別物になる。」

「そ、そんなに?」

「まぁ、この部隊に残って居られれば後方で安全に出世出来ると思い給え。」

「ほかに質問は無いかね?・・・・・・よろしい。」

「では早速君達に任務だ、丁度軍曹が二名居るので二隊作って貰おう。」

 先ほどのバツが効いているようだ、サッとあっという間に二部隊ができる。

「では一つ目の任務、荷馬車を借りて、神奈川は平塚の綿花を十反ほど買い付けて運んで来て欲しい、料金の方は帝国陸軍につけてな。」

「そしてもう一つの任務だ、明後日、浦賀に小官がお願いして輸入される薬品が届く、濃硫酸と濃硝酸、それにアルゴンと言う名の気体の封入された金属製のタンクだ。 濃硫酸、濃硝酸のいずれも劇薬なので気を付けて運んで来て欲しい。

 こちらも荷馬車を用意しようかと思ったんだが、馬車で跳ねたりしたせいで瓶が割れ薬品が飛び出したりすると非常に危険なので、こちらは大八を持って行って交互に引いて慎重に運んで貰う事になる、どちらも重要な材料なので慎重に運ぶように、以上。」

「拝命致しました。」直ぐ動き出す両部隊。

 やはり早く木炭車を作りたい、それに伴って街道整備も急がせたい所ではある。

 さて、材料集めは任せた、小銃の試作品は鍛冶師に任せてある。

 そしてその監修は少佐殿が買って出て下さったので小官は蒸気機関車と木炭車の設計図でも描き出そうと思う。

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 それから数日が過ぎた。

「山田軍曹、ただいま戻りました。」

 綿花の買い付けに向かった山田軍曹の部隊が帰還したらしい。

「はいりたまえ。」

「綿花十反、買い付けて参りました。」

「ご苦労、それは隣に設けた倉庫室へ運び込んでくれ。」

「は、了解しました。」

 綿花が運び込まれた、後は発注してあった器具と薬品の到着を待つのみ。

「さて諸君、今回の任務ご苦労である。貴官らは今より38時間の休暇を与える、明後日早朝に次の任務が与えられるのでそれまでゆっくり休むと良い、以上だ。」

「は、山田軍曹以下2名、了解しました。」

「うむ、ご苦労さん。」

「益田准尉、一つ宜しいでしょうか?」

「何だ、言って見ろ。」

「は、失礼ながら申し上げます、准尉は大変聡明であると認識しておりますが、何処でそのような知識を?」

「幼少の頃から神童と言われ、4歳で両親に書生を一人家庭教師として宛がわれた、その家庭教師が帝国図書館より様々な書物を借りて来てくれたのでな、読んだ物は全て覚えた。」

「では、剣術の方は?」

「ああ、あれは自衛手段として必要であったが故だな、6歳で尋常中学校への入学が許された小官だが周りはみなずっと年上であったのでな、虐めの対象になる事は分かって居た。そのための自衛で剣術を習った、北辰一刀流で今は師範代であるな。」

「はぁ・・・恐れ入りました。」

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 翌日、今度は井上軍曹の部隊が帰還する。

「井上軍曹他2名、只今帰還いたしました。」

「うむ、ご苦労、おや?貴官は少々顔色が優れないようだが、何か患ったか?」

「は、小官は佐藤上等兵であります、少々動悸がしまして、今こうして立っているのがやっとの状態になってしまいました、自己管理が出来ず申し訳ありません。」

 いや、待てよ、動悸がするだと?心不全では無いのか? しかし入隊時の身体検査である程度はチェックされている筈だし、元から心不全の気が有るとは思えない、おかしいぞ、何か見落としている・・・

「佐藤上等兵、そこに座りたまえ。

 ほかの者は隣に設けた倉庫に薬品を搬入して待機だ。」

「は、了解しました。」

 確かに小官は医学方面にはあまり詳しくは無いが、何か覚えが有る気がしてならない・・・

 悩んでも仕方が無い、素人ではあるが問診から始めよう。

「佐藤君、君は元から心不全の気が有ったのかね?」

「いえ、そのような事は・・・」

 すると急に出た症状と言う事か・・・益々何か覚えが有る気がする・・・

 小官が前世より記憶して居た、明治時代の、いや、もっと前に発端が有った気がする・・・

 まさか、あれか!

 と、一つの仮設に辿り着いた小官は、早速試してみる事にした。

 作業台の上にあった木槌を持ち出す。

「准尉、あの、何を。」

「良いからそのまま姿勢を正して座って居なさい、それと、膝を出しなさい。」

「は、はぁ・・・」

 脛を木槌で軽く叩いて見る、反応が無い、もう少し強く叩いてみるが、やはり駄目である、反応は無い。

「しまった、脚気だな、貴官、食事はどうしている?」

「は、普通に白米の握り飯でしたが?」

 やっぱりだった、ろくに総菜も食べずに、握り飯、しかも白米・・・

「少しその場に待機だ、座ったままで良いぞ。」

「井上軍曹、この際だ、貴様らも見てやる、こっちへ来て座れ。」

 搬入作業中の二名も検査する事にした。

 やはり二人とも、軽度ではあったが脚気であった。

 焦った小官は、急いで中将閣下へ報告に向かう。

 小官の慌てた様子に中将もただ事では無いと悟ったようだ。

「どうした、益田君、そんなに慌てる姿はまさに九つの子供が失敗した時のようだぞ?」

「失礼ながら、小官は駐屯地の食事事情の改善を進言いたします。」

「どう言う事かね?」

「現在、政府では主食として白米を推奨しておりますが、白米ではダメなのです、玄米もしくは、麦飯でないとならないのです。」

「それは?」

「井上軍曹以下2名の体調が優れない様なので少々素人ながら検査した所、全員脚気であると判明いたしました。」

「脚気と、ふむ、麦飯にしたら改善するのかね?」

「はい、脚気とはビタミンB1が不足して起こる不全症です、糖質等の吸収がうまくいかなくなり、疲労しやすくなったり、心不全で命を落とすことも有るものであります、ビタミンB1は玄米の胚芽部分に多く含まれるため、精米して白米になってしまうとそのほぼ全てが廃棄される事になってしまいます。

 麦はビタミンB1が豊富なので白米に二割から三割混ぜる事で解消する事が可能になると思われます。」

「そうか、判った、直ぐに改善するよう報告しておく。」

「よろしくお願いします。」

 執務室を後にする。

「待たせたな、貴官らをこれより飯屋に連れて行こうと思う。 好きな物を食えと言いたい所だが、小官の注文するものを全員食って貰う。」

 陸軍省からすぐの場所にある定食屋に入る、ここは名古屋出身の店主が美味い物が好きで始めたと言うだけの事はあって味も良く、豚や鳥等、肉料理が得意のようでガッツリ食べるには持って来いで軍部の連中にも人気のある飯屋だ、しかも先日小官が大量に購入して来た八丁味噌を欲しいと言うので二樽程差し上げたら大喜びで土手鍋を振舞ってくれた気の良い亭主である。

「お、いらっしゃい、益田准尉殿、どうしましたか?今日は大勢で。」

「ああ、おやっさん、ちょっと聞きたいんだけど、名古屋出身だったよね? 八丁味噌もお気に入りだったみたいだし。」

「おお、こないだの八丁味噌は懐かしくて涙が出たよ、ありがとうな~、今日はどうしたんだい?何人も引き連れて」

「胡麻和えに使ってるから黒ゴマも有るよね?」

「ああ、ある。」

「じゃあ一つ作って欲しい料理が有るんだけど。」

 と言ってレシピを教える。

 この店主はほぼ毎日通って居る小官をとても良くしてくれるのでちょっと位のわがままが通るのだ。

 黒ゴマのすりごま、八丁味噌、味醂、醤油、砂糖少々、本当はもっと色々入れたい所であるが本格的になりすぎては材料が揃わなくなってしまう可能性が増える。

 配合は店主の完成に任せる事にして、蒸し豚の付けタレとしてそれを乗せて欲しいと進言して、注文を終える。

 豚肉はビタミンB1が豊富、味噌の材料である大豆にも多く含まれている。

 黒ゴマはビタミンB1の吸収を助ける為にこんな味噌タレになった訳だ。

「はいお待ちどう、准尉殿、思いの外美味いもんが出来たんだが、これうちの名物にしても良いか?」

「勿論、おやっさんが気に入ったのならどうぞ。」

 あっさりと許可を出すが、これが味噌カツの基になるとは思っても居なかった。

 佐藤君以下全員、この料理に対する反応は上々、お代わりまでする始末であったが、ここは小官が驕ると言った建前上、三人前づつ食われても文句は言えなかった、まぁ当時の大手の課長の給料の倍程貰っている高給取りではあるから良いけどね。

 ちなみにおやっさんはと言うとこの兵士達の食いっぷりを見て手応えを感じていたようだ。

 就業時間になる頃には、佐藤上等兵も顔色が多少マシになって居たので、白米より麦飯か玄米を食うように指導して全員で営舎に帰る事にした。

 これ以降麦飯や玄米が営内の厨房で使われるようになり、数か月後に食事による脚気の改善を推奨した功で少尉に昇進する事になった、ちなみに市ヶ谷近衛兵舎でも、いつの間にかこの料理が人気メニューになって居た…あれ?ついやっちゃったかな・・・。

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