第6話 忘れたくなかった

 俺は色んなことを考えた。俺と蒼哉が幼なじみだった可能性があるという事。俺が蒼哉からけいちゃんと呼ばれていた事。記憶を失っている俺が蒼哉の事を好きでいて良いのかという事。


 俺は確かに蒼哉と幼なじみだった時の記憶はない。俺は高校で恩師に出会えるまでの記憶が一切ないから。蒼哉の事も忘れてしまった俺に蒼哉に恋愛感情を抱いても良いのか…。


 それでも俺は…。


 蒼哉のことが大好きだから。


 俺は色んなことを考えた。けいちゃんが本当に俺の事を忘れてしまっている事。俺があの日、けいちゃんを助けた事。けいちゃんは記憶を失ってもけいちゃんなんだという事。


 俺はけいちゃんに忘れられてしまう位の存在なのかもしれない。でも俺は、いつまでもけいちゃんのことを忘れたくない。いつか俺もけいちゃんを忘れてしまう時が来るのかもしれない。

 それでも俺は…。


 けいちゃんのことが大好きだから。


「蒼哉」


 俺は意を決して言った。


「…何すか?」


「…手、繋いでも良い?」


 忘れたくなかった。いつまでも蒼哉のことを覚えていたい。

 だから俺は蒼哉に触れようとした。

 二度と蒼哉のことを忘れない様に。


「…良いっすよ」


 蒼哉は笑ってそう言ってくれた。そして俺の手をぎゅっと握ってくれた。蒼哉の手は、とても温かかった。


 そして俺達は、手を繋ぎながら映画館へ向かった。


 映画館に着くと、中には沢山人が居た。

「沢山人がいるっすね~」


「だね。俺達も早くチケットを買って入ろうか」


 俺達は発券機の場所まで向かい、操作を進めた。座席は空いているだろうか…。その時、奇跡が起こった。真ん中の1番見やすい座席が、2つ空いていたのだ。


「…ここ、めちゃくちゃ良い場所じゃん」


「…こんな奇跡、あるもんっすね…」


 お互い驚いて、言葉が出なかった。お金は俺が払って、早速劇場へ向かった。ポップコーンとドリンクも買って、準備万端だ。


 ~3時間後~


「いや~映画面白かったっすね!ラストが衝撃的だったっすね!」


 蒼哉が目をキラキラさせながら言った。


「だね。また一緒に見に来ようか」


 外はまだ明るかった。


「この後どうする?」


「ん~…あ、俺。行ってみたいゲーセンがあるんすよ!一緒に行きませんか?」


 マジか、ゲーセンなんていつぶりだ…?もう暫くやってないなぁ…。


「お、良いね。案内宜しく」


「了解っす!」


 俺達はまた、手を繋ぎながら歩いた。




「あ、ここっす!」


 数分歩いて、ゲーセンに着いた。


「へぇ~。こんな所にゲーセンなんてあったんだ」


 俺たちは中へ入った。


「蒼哉は何のゲームやるの?」


「俺は湾岸レーシングナイトって言う、所謂レースゲーの類のゲームをやってるっす!」意外だ、蒼哉って車好きだったんだな。


「あ、ひょっとしてこれ?」


 俺はハンドルが付いた筐体を指差す。


「そうそうこれっす!」


 俺達は筐体に100円玉を突っ込んだ。後は蒼哉に指示されるがまま操作を覚えた。


「んで、ここでマニュアルかオートマチックかを選ぶっす」


 え、俺免許持ってるけどAT(オートマチック)限定なんですけど…。俺は意地を張ってMT(マニュアル)を選んだ。


「お、MTっすか~。俺もMT操作っすよ~」


 ハードル上がった…。

 そしてレースが始まった。結果から言おう、俺の惨敗です。畜生、俺が一般車の処理に戸惑わなければこんな事には…。その後も5回ほどリベンジしたが、全部大差をつけられて負けた。


 …今度1人で練習しに来よう。蒼哉をびっくりさせてやるんだから。


 その後も俺達は、UFOキャッチャーや音ゲー等をやって、店から出てきた。

 外はもう暗くなっていた。蒼哉の多趣味性には驚かされたもんだ。


「いや~楽しかったっすね~!」


 すぐ尻尾振っちゃう蒼哉、ほんと可愛い。


「蒼哉って色んなゲームやるんだね。びっくりしたよ」


「そうっすかね?というかけいちゃんが尻尾振ってるの珍しいっすね」


 うぐっ…。

 恥ずかしい所を見られてしまった…。


「いやこれは…その…」


 俺は顔を赤くして言った。


「あはは、俺もよく尻尾振る時あるんで恥ずかしがる事ないっすよ」


「う、うん」


 蒼哉の尻尾は自由人なんだな…。


「あ、あのさ、けいちゃん」


 蒼哉が口を開いた。


「ど、どうしたの?」


「そ、その…後輩の喋り方じゃなくて、普通の喋り方で話しても良い?」


 確かに蒼哉は「ッス」系の喋り方だ。あれ癖とかじゃなくて自分でそういう風に言ってただけだったのか。


「勿論、普通の喋り方で良いよ」


「ありがとう、けいちゃん」


 なんだか、より一層仲が深まったような気がした。


「あ、あのさ、蒼哉」


「どうしたの?」


「よ、良かったらさ、今日も…家、泊まっていかない?」


 なんだか、今日は別れたくなかった。ずっと一緒に居たかった。


「あ、俺も泊まりたいと思ってた!」


 俺はその一言が聞けて、とても嬉しかった。

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