3.吹雪

 身を焦がす程の想いよ。少女は笑った。

 吹雪のあなたには、わからないでしょうけど。


 氷の棺が発掘されたことは、その日のうちに村中に知れ渡った。

 いつもは近寄らない村人たちも、この日ばかりはエミル(とミュラッカ)の作業の場に顔を出し、半年前と変わらない姿をした氷の中のエイミアを目にしては、感嘆のため息を漏らした。


 実際、その眠っただけのような姿を見、更に蘇生治療自体が可能であることを理解すると、死んだ少女の復活は現実味を帯びた。村の誰も、もう彼女の蘇生に反対する者はいなかった。


 訪問者である《吹雪ミュラッカ》は、その様子を冷めた目で見ていた。

 彼らの反応が馬鹿馬鹿しい訳ではない。

 寧ろエイミアの蘇生に関しては、科学が産み出したネオテロメア蘇生治療たるものが、果たして本物の力を持つものなのかと興味があるくらいだ。


 ミュラッカが考えているのは、まだ言及されていない、しかし何れ彼らが考えるだろう、自分の処遇についてだ。

 どうせこの村人たちは、そのうち自分を追い出そうと画策するに決まっている。

 ミュラッカが村に来たからエイミアが死んだ訳ではないことは、証明できない。

 けれどエイミアが甦れば、今度はミュラッカがエイミアに暖かき場所を返すべきだと、そう考えるのは自明だった。


「困ったな……」


 誰に言うでもなく呟く。

 この村に未練があるとか、居場所がなくなるとか、そういう話ではない。

 そりゃエミルをからかって過ごす日々は楽しいし、エイミアが復活すれば、話し相手がまた増える。だから村をあっさり去れるかと言えば嘘になるが、問題はそこではなく、ミュラッカがこの村に訪問した理由のためだった。


「本当に困った」


 偉そうにエミルに語った『理由』とやらを、ミュラッカ自身はまだ何であるかわかっていないのである。

 とりあえず村で一番若いエミルと絡んでみたり、近くの町からお菓子を風に乗せて拐って村にばらまいたり、軽く吹雪を起こしてみたり……とそれっぽく振る舞ってはいたが、どれも気休めにしかならなかった。


 ボクがここに来た理由って、何?


 口に出しても誰も答えられないのだから、心の中で自問自答する頻度が増えた。

 そしてどうしてか、その答えを唯一答えられそうな人物は、今氷の棺の中で眠っている。

 どうしてか、そんな気がするのだ。  

 だから、まとわりつくふりをして、エミルの作業をひそかに手伝った。

 吹雪で彼の周りの雪を流したし、近くで雪崩が起きそうな時は、行き先を村に被害がない場所に誘導した。彼に渡した透明な飴だって、疲労回復効果があるハーブが使われていると知ったから取ってきたのである。

 そのかいがあってか、エイミアの身体は、透明な壁を隔ててすごそこまで来ていた。


「もうすぐだね、エミル」

「ああ」


 ただひとつわからないのは、自分が付きまとっていた彼、棺の少女の恋人、エミルの表情だった。意外なことに、村人に同調するでもなく、一人感極まるでもなく、彼もまた自分と同じように彼らを観察していることに、ミュラッカは気がついた。


 エミルが杭を打ち付ける力は、氷を突き破り彼女の体に刺さってしまいそうなほど、力強い。

 はじめは、人間は非力だから、最大の力をだしそうしているものなのかと思っていた。

 けれど、どこか違う。

 氷が削られていくにつれ、日に日にエミルの表情は固くなる。



「こちらが、ネオテロメア蘇生治療に使用するアンプルです」


 ある時、エイミアの蘇生が近いことを知った研究施設の使者が、再び村を訪れた。ミュラッカはそれを、白い雪の中から見ていた。

 使者は、透明な注射器のようなガラス容器をエミルに手渡す。これには同席した村人も、エミル自身も混乱した。


「あの、これは……?」

「ネオテロメアが入った溶剤です。欠損のないご遺体に注入し、肉体をヒトの体温に近づけると活性化します。体が暖まる頃にはネオテロメア自身の活動が進んでいるため、復活の前に肉体が腐敗することはありません」


 わかるような、わからないような説明に、エミルははぁ、と頷く。


「それで、どうしてこれを俺に?」

「それはもちろん、貴方がこれを被験体。いえ、エイミア様に注入するためです」

「ちょっと待ってください! それじゃ、俺が、彼女を蘇生させるのだと」

「そうです」


 エミルの言葉を遮り、使者は頷く。


「我々は本人または代理人の許可無ければ、我々自身の手ではそれを執行できません。そして今回は、あなたがそうするようにと、指示を受けました」


 代理人――? 

 視線がエイミアの両親に集まる。が彼らは何も知らないようだ。



――ざわめく村人を遠目で見ながら、ミュラッカはエイミアと話した日のことを思い出していた。



「身を焦がす程の想いよ。恋って、そういうものなの」


 そう笑ったエイミア。

 何の話をしていてそうなったのか、細かくは覚えていないが、多分その場にいない恋人エミルの話をしていたのだろう。

 パートナー。訪問者たる己には、存在しない存在だ。

 或いは、無条件で自分を受け入れざるを得ない、村人たちがパートナーと言えなくもないが、エイミアとエミルが結んでいるのはそういった掟によるものではないらしい。


「ミュラッカには、わからないでしょう」

「ああ、わからないね。それに対して悔しいとか寂しいとかそういうのは無いから、君も哀れむのは不要だよ、エイミア」


 でも、とミュラッカは続ける。


「でも、興味はあるかな。もしかしてこんな一歩間違えば凍死するような寒冷地域で君たちが暮らしているのって、その熱い想いがあるからなの?」

「あら、詩的なことを言うわね」


 何がおかしいのか、ひとしきり笑ったあと、エイミアは言った。


「身を焦がして、焼けてしまいそう……だから、冷たい氷で身を冷やすの」

「そう。それは利にかなってるね」

「そうよ、これが私の理由のひとつ」


……ああ、あの時はわからなかった。今はわかる。

そういう意味だったのか、とミュラッカは納得する。


それから、彼女は何て言ったっけ。



 もう少しで思い出す、そんなとき、ざわめき声に、意識が戻ってくる。

 自然と、目を見開いたエミルが目に入る。

 彼はまるでそこにいる彼女が生きているかのような、そんな視線をエイミアの体に送っている。


 使者が口を開く。


「被験者エイミア様より、エミル様の手で処置されますよう、指示を承っております」


 ああ、そうだ、彼女は。


「ミュラッカ、あなたには見届けてほしいの」


 彼女は最後に、自分が訪問した理由、その答えを指し示す言葉を、言ってくれたはずだ。

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