話すべきことを

 入院前日、家で父さんと母さん3人で過ごす最後の1日。


「治るらしいの。ネットに書いてたのよ。もしかしたら!」


 リビングに母さんの声が響く。俺の病気を治す方法があるとネットの掲示板で見つけたのだと言う。そんな物は存在しないのに。


「その話はもうしただろう。分かっているだろ?本当に効果があるならお医者様が教えてくれるし保険だって効くはずだ。でも言ってるのは違ったんだよな?」


 父さんは母さんを優しく抱きしめて、静かに訴えかける。この歳になって親同士の抱擁なんて見れたもんじゃない。でもこんな状況だと必要なことだと思う。

 母さんは俺がもう21歳だって言うのに、病気の原因が育て方にあったんじゃないかと自分を責めるようになっていた。

 子育てノートや母子手帳まで引っ張り出してきて、何度も何度も、何か分かるはずもないのに見返して。そんな隙に漬け込まれてたみたいだ。


「でも、もしかしたら効果があるかもしれない。健が助かるならいくら掛かってもいい。貴方だってそうでしょ」


「母さん、絶対そんなの俺やらないから。効果があるならいいよ。でもないんだ。そんな事の為にお金を使っちゃダメだ。それにちゃんと考えて?」


「そんなこと、どうでもいい。健が助かる可能性があるなら!」


「どうでもよくなんてないよ。父さんも母さんも俺がいなくなった後を生きなくちゃいけない。俺は2人のことを見てあげられないんだ。だから老後のお金を残して欲しいんだ。悪徳療法なんかに使っていいお金はない」


 俺は父さんと話し合ったことを確認するように言う。父さんには母さんを守るように言ってある。


「自分がいなくなった後だなんて言わないで!健が由香さんと一緒になって、私はいやな姑になって、それをパパが諫めるのよ。それでお正月とかにはラインのビデオ通話とかをするの。それで健に手を握られながら死ぬのよ」


「母さん頼むよ。お願いだからさ。今日は俺の好きなハンバーグ作ってくれたんでしょ。3人で食べよ」




ごめんなさい。お母さん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る