第46話 否定のうた

「さてトルバトル。ワシらは大陸南端での上演を終えて北部へと向かわんとしておる。その途中まで、お前さんを同行させるわけだが……」


「なんでもやります!」


 俺は心からそう言った。ネスト様の元へ戻れるなら俺は使える手段は全て使い、やれることは全てやるつもりだった。失言だとかは思わない。


「そうか。じゃあまずは……」


 団長はいくつか並んだ白いテントの方を向いた。生えるように草原に建てられたテントからは複数の男女が出入りしている。彼らがアーツリングの団員たちなのだろう。彼ら一人一人の振る舞いは各々の技術の練度の高さを感じさせる。声は明瞭、動きは精密。見本のように荷運びや炊事などの仕事をこなしている。


 俺は彼らに関心していると、団長は俺に指示を飛ばしてきた。


「じゃあお前さんは詩人だから、仕事で疲れた皆に詩を聞かせてやるのじゃ」


「え?」


 俺はてっきり木箱を運べだとか、今夜のスープを作れだとか、洗濯をしろだとか言われると思っていた。しかしやることはいつもと変わらないようだ。


「わかりました!詩を歌って皆んなを……」


「ただし!」


 団長は俺の言葉を遮った。何事だろうか。


「まずは最初にお前の詩を聞かせてみろ。皆に聞かせる前にどんなものか知りたいのじゃ」


 俺はそれを聞いてニヤリと笑った。最近は七文字五文字のリズムも板についてきたのだ。言葉や比喩のバリエーションも朝練のおかげで増えた。つまり自信があるのだ。


 しかしその自身は団長の一言に打ち砕かれた。俺が複数の詩を歌い終えたあと、彼は一言に呟いたのだ。


「硬い。トルバトルの詩は硬い」


 彼は俺の詩を聞いている間、全く顔を動かさなかった。つまりはそこまで感動していないということだ。千金のレベルからしたら俺などまだまだなのだろうか。


「硬いってことは……ダメってことですか?」


「ダメとは言っておらん。基本や習った技術に忠実なのだろうな。しかしお前は一つの型に囚われている感じがしたのう」


「団長も詩人なんですか?」


「まぁの。長年の経験から言わせてもらうと、詩に正解はないだろうが……色んな表現を使えるに越したことはなかろう」


「たしかに俺は師匠の技に頼りっきりでした」


「ならば、その殻を打ち破るのも面白いかもしれんのう。殻を破るといいことづくめじゃ。新しい姿になると共に、それまでの殻は自分を強くする鎧となるのじゃ」


「では……団員の皆様を癒す詩は新しい技術で作って歌ってみます」


 俺はこの言葉を絞り出すのにかなりの勇気を要した。今までのものを打ち破り、新たな一歩を踏み出すのは怖いことだ。一歩先はいつもわからない。整備された道かもしれないし、道がないかもしれない。でも踏み出さねば変わらないのだろう。


 団長は俺の覚悟を受け取り、指を一本立てた。


「いきなり新技術と言われてもムリじゃろう。ワシから複数のアドバイスをこの旅の途中で授けてやる。それを使って皆を癒し、楽しませるのじゃ」


「はい!」


 僥倖だった。ネスト様のもとに戻る希望が見えると共に、その道中で詩のレベルアップが見込めるのだ。


 そして俺は途中まで同行してくれる彼らを楽しませることが精一杯の仕事だ。


「アドバイスじゃか……まずはトルバトルの詩には否定が少ない」


「否定ですか……」


「否定とは強い表現じゃ。うまく使えば便利じゃ。否定を使って詩を作ってみい。テーマはなんでもよろしい」


 そういうと団長はくるり振り返った。彼の視線の先には多くの団員が働いている姿があった。そして彼らに向かって団長は叫んだ。


「おいお前ら!ここにいるトルバトルを同行させるぞ!対価は毎晩の詩の歌唱じゃ!日に日にレベルアップしてくぞ!」


「おおー!」


 団員たちは歓声をあげた。一方で俺は悲鳴をあげそうだった。団長はハードルを一軒家ほどの高さにまであげてしまったのだ。毎日レベルアップだなんて相当な無茶だ。木材を手で抉る方がまだ簡単そうである。


 俺にはテントの一角の机と、羊皮紙とペンが支給された。殺風景なテント内で俺は詩作をさせられている状況だ。否、させられているなどとは考えてはいけない。させてもらえるチャンスを貰ったのだ。これは絶対に逃せない魚だ。


 俺は必死にペンを走らせた。団長は確実に詩人として俺の先輩である。つまりは経験が俺とは山の麓と頂上ぐらいに差があるのだ。だから彼の指摘はおそらく俺のタメになるものだ。


 言われてみれば俺の詩には否定表現というものが少ない。明るい詩を中心にしていたので、使う言葉も前向きな肯定的なものを選択していた。


 今までと同じことをやっていては、地力は上がるだろうが、偏った実力になってしまいかもしれない。否定表現という新たな力を得られれば俺は新たな剣を得、芸術という捉えるのが難しい世界を切り開くことができる。


 ペンが擦り切れるほど書いた頃、白いテントの中からも外が薄暗くなっているのがわかった。闇が白い壁を透かしていた。


「トルバトル。飯の時間じゃ、詩の歌唱を頼むぞ」


「はい!」


 俺はインクで汚れた手で羊皮紙を握って立ち上がった。言ってしまえば自信はない。だがやる気はある。否定表現という新たな道に挑戦し、初めての発表だ。これが上手くいくかはわからない。だが、終わった後に何かを得られそうな気がするのだ。


 アーツリングの団員たちは鍋を囲み、円を描いて地べたに座っていた。そして全ての視線が前に立った俺に向けられていた。彼らは夕食を食べる手を止めてまで俺に注目していた。


 視線には慣れている。余所者を見る目線にも慣れている。俺は挨拶をする。


「どうもこんばんは。竜巻の詩人トルバトルです。これからしばらくお世話になる代わりに、詩の歌唱を行わせていただきます」


 「いいぞ」だとか「期待してるわ」だとかの声を聞きながら俺は目をつむる。銀のチョーカーに魔力を込めて、俺は声を届ける準備をした。そして目を開けると同時に言葉を紡いだ。


 今日の詩は草原をテーマとしたものだ。草原を旅する彼らに寄り添った詩だ。


「凍らず靡く   緑色

 その身風受け  傾ける

 空と出会う   先の草

 一歩も一歩に  なりはしない

 見渡し見回し  緑色

 空を駆けずに  地を駆ける

 ここ吹く風は  何処へと

 石の町にも   この風は

 向かい吹き抜け 彼を見る

 深い森にも   あの風は

 向かい吹き抜け 木が騒ぐ

 風が生まれた  この場所に

 駆ける我らは  どこ向かう」


 詩の歌唱が終わる。俺はやりきったはずだ。詩の歌唱が終わった瞬間というのはどうも好きになれない。貶されるのが怖いからだ。しかし俺は逃げるわけにはいかない。目を瞑ったり、テントにそさくさと戻るわけにはいかないのだ。堂々と観客の評価を受け、彼らの感想を聞かねばならないのだ。


「いいねぇ。草原という語を全く使ってないのに草原がイメージされたね」


「否定が効いている気がするわ。これは団長の技を習ったのかしら?」


 俺は面食らった。褒める褒めないのレベルではなかった。ここにいるものたちは皆芸術を生業としているのだから、それもそうだろう。まさか分析されるとは思っても見なかった。


 分析や批評が次々と飛んでくる。この感じはかなり新鮮だ。しかし皆楽しそうに詩の分析を語っている。衣を剥がれたような恥ずかしさはあるが面白い。


 俺はこの夕ご飯のかなりの時間を他の団員と詩を語り合うのに要した。


 

 




 

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