第42話 乱入のうた

 馬車に揺られながら、俺はフードの下から景色を眺めていた。向かうはバール領の街ブルード。流れる景色を見ながら俺は自分の目的を頭の中で何回も復唱した。


 領地間の争いの後の仲直りのために文化面の繋がりを作っておく。言うだけなら簡単だが、実行は困難を極める。俺は実際に具体策を一つも思い付いていなかった。


 だんだんと冷や汗が出てくる。何一つ作戦を持たないままブルードの街に着いてしまいそうだ。そもそもの目的が困難なものである上、さらには具体策を持たないという状況はそれほどにまずいのである。寝巻きで崖上りをするようなものだ。


「……どうしよう」


「まだ……何も……思いついてないの?」


 カナメが馬車の窓を開け、身を乗り出しながら呟く。彼女の言葉を否定もできず、俺はため息をついた。


「カナメは何か思いついたの?他の領地の文化人と繋がりを持つ方法」


 カナメは何も言わなかった。彼女は俺のことを無視するような性格ではない。単純に彼女も何も思いついていないのだろう。


 カナメも庭を美しくするという仕事を担っている以上文化人である。彼女が連れて行けと言うので同行させているのだ。というのは半分建前である。カナメと俺、そして諜報部隊は事実上の戦力外通告を喰らっている。俺たちを含む使用人たちは毎日訓練を行なっているが、とうとう戦に出られるような力を手に入れられなかったのだ。


 つまり戦の準備をする必要がない暇人。カナメは手持ち無沙汰だったのだ。ならばとて彼女は俺に同行している。


「あ」


 カナメが窓から乗り出した身を馬車の中へ引っ込めて呟く。俺は首を傾げた。


「どうしたんだ?」


「繋がりを……持つ方法……分かった」


「え !?何?」


「友達に……なればいい」


 俺はカナメの発言を聞いて微妙な顔をするしかなかった。そりゃあちらの文化人と友達になれれば繋がりを確立したことになる。だが、そこまでの道のりがわからないのだ。霧の中で地図もないような状況だ。


 結局俺たちはブルードの街に着くまで何も思いつかなかった。関所は案外チェックが甘く、俺たちがネスト様の使用人である事までは調べられることはなかった。フードとか被ってこなければ良かったかもしれない。


「こっから……別行動」


「ああ、知らない人についていくなよ」


 緊張を解すための発言だったが、カナメは何も反応してくれない。そのかわりに侮蔑に近い視線をお見舞いしてくれた。


「何歳だと……思ってるの……一個しか……変わらないのに」


 そう言い残してカナメはくるりと向きを変え、その場から去った。彼女はそう言うものの、彼女の小さな背中を見ると心配になってしまうのは事実だ。俺も早急にミッションに取り掛からねばならない。


 俺は大通りを歩いた。グリンの街のように喧騒が至る所にある。野菜を売るために威勢よく掛け声をあげる人。肉を値切るために交渉する人。こうして見ると戦の前だとは思えない。こんな平和がずっと続けばいい。それが理想だ。しかし理想はそうそう手に入らないから理想なのだ。俺は現実の中で出来ることを探るしかない。


 喧騒は探す必要がないぐらいどこにでもあったが、一際騒がしい場所があった。どうやら役所の前のようだ。人ごみができており、そこにいる人々は同じ方向を向いていた。


「さーさー、集まってください!俺は人形使いのベルと申します!ここに披露しますのは竜の剣士の物語!」


 人混みの中心の方から聞こえてきた快活な声。そして内容から察するに人形使いが劇を始めるところらしい。人形使いは何種類かのマリオネットを使い、劇をすることが多い。俺も師匠と旅をしていた頃に見たことがある。


 しかしベルと名乗った人形使いは俺が今まで見た人形使いとは違っていた。彼の後ろには大きな巻物のような紙が広げて立ててあったのだ。人形使いが大きな紙をパフォーマンスでどう使うのだろうか。


 俺は遠巻きに彼のパフォーマンスが始まるのを待った。彼は人が集まりきったのを確認すると何本もの糸を操り始める。それに呼応した人形たちが息を吹き込まれたかのように立ち上がる。


 何本もの糸を操ることもまた驚きなのだが、俺は彼の後ろに立つ大きな紙を見た時、口をポカンと開いてしまった。


「何だあれ……景色が……映ってる?」


 彼の後ろにそびえる紙には先ほどまでは雪のような白いブランクがあるのみだった。しかし今となってはそこには荒れた大地の景色が広がっていた。魔法の一種だろうが、背景を作り出す技術なんて聞いたこともない。


 彼は背景を映し出すと聴衆を前にニヤリと笑った。いい度胸だ。パフォーマンスの途中で笑えるものは強い。俺の経験がそう言っている。


 彼は流れるような指さばきで糸を操り始めた。それに応じて精巧なつくりの人形はまるで本当の人間であるかのように動き始めた。一際目立つ人形は操作主の語り口に合わせて剣を振りかざした。


 精巧な人形の滑らかな動きとリアルに映し出された背景。これらは観客の心を鷲掴みにしていた。人形が剣を振るえば人々が目を見開き、人形が軽やかなステップを見せれば人々はどよめいた。


 驚嘆に値するパフォーマンスだ。人形の扱いで言えば人形使いの中でもかなりの上位に入ると思う。だが、それだけに残念だった。たった一つ、ベルに足りないものがあるような気がした。それは話し、伝える能力だ。彼は竜の剣士の伝承をそのまま話しているだけだ。声の高さや大きさも不自然に震えたりしている。おそらく人形の扱いに手一杯で話すことに気が回っていない。


 俺も人のことをとやかく言えるほど詩のレベルが高いわけではない。しかし俺には今できることがある。ベルをサポートできる。


 物語がいよいよドラゴンと剣士の戦いのシーンに入った時、俺は喉元のチョーカーに魔力を流した。


 俺は今から乱入する。路上のパフォーマンスに乱入は少なくない。だから多分怒られないだろう。ドラゴンと剣士が相対した時、俺は詩を紡いだ。


 竜の剣士の物語ならば飽きるほど詩にして歌っている。それほど定番なのだ。


「剣の軌道は  銀の川

 剣士は瞳に  空映し

 波打つ四肢で 大地踏み

 隙無き出立ち その剣士

 荒れる双璧  竜と剣士

 削られ削り  剣振るう

 削られ削り  牙を剥く」


 俺は詩を聴衆の真後ろから歌った。魔法のチョーカーで大きくなった俺の声に気づく聴衆。驚きの目線をが俺に浴びせられた。ベルも人形を動かしてはいるが、目を丸くしていた。そりゃそうだ。乱入は少なくはないが、珍しい。


 しかしベルもプロであるようだ。ニヤリと笑い、すぐに人形の操作に集中し始めた。観客は興奮した様子で俺とベル双方に目線を送っていた。


「すげえぞ!吟遊詩人が乱入してきやがった!」


 俺は詩の表現を一層加速させた。より比喩を、より身振りを、より声を強く大きくした。それに呼応するようにベルのパフォーマンスも加速した。人形の動きはよりダイナミックにかつ細かくなっていった。


 だんだんと楽しくなってきた。これほどまでに昂ったことはない。いつも詩を歌う時や作る時は楽しいが、それとは違った楽しさだ。単純に俺は目の前の初対面の少年との共同パフォーマンスを楽しんでいた。


 竜の剣士のパフォーマンスが終わった時、俺は深い新緑を抜けたような爽快感があった。この時ばかりは俺は文化面での繋がりを作るという目的を忘れていた。


 汗が目の横を流れたのを感じた。ベルも肩で息をしていた。パフォーマンスが終わった瞬間きら俺たちは互いに目線をぶつけていた。しばらく観客も俺たちのことを無言で見つめていた。


 俺は少し息を整えてから彼に聞こえるように声を張った。


「……人形使いのベル……パフォーマンスの後にやることを何か忘れてないか?」


「礼儀のことを乱入して来た奴に言われたくないな」


 俺たちはしばらく見つめあった後、目の前に頭突きするかのような勢いで頭を下げた。そしてパフォーマンスを見届けてくれた観客への感謝を述べた。


「ありがとうございました!!」


 

 


 


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