第29話 和解のうた

 扉の向こうの大広間では家令をはじめとした館の使用人たちが並んでいることだろう。そして扉のこちら側、つまりは大広間の外側では俺とベルアさん、ネスト様、そして怪盗たち。俺は深く息を吸った。そして体から全て空気を抜くように吐く。緊張しているときは深く呼吸をするに限る。


 怪盗たちを皆に紹介する手筈は整っている。まずはネスト様が怪盗を仲間に引き入れる旨を皆に伝える。そしてそこで俺とベルアさんが和解の詩をうたうことになっている。


 言葉にしてしまうのは簡単だが、いざやるとなると難しいだろう。まず詩で心を動かすという行為は絶対的な物ではない。失敗してうまく言葉が聴衆へと伝わらないことだってある。それに詩を上手く歌えていても聴衆の受け取り方はさまざまなので心が動くかどうかはわからない。


 俺とベルアさんは今、無謀とも言える賭けに出ようとしている。すなわち先日館に入った怪盗とその館の使用人を和解させようとしている。スカーレッドウルフの群れから逃げ切る方がまだ確率が高いだろう。


 そんな賭けを前に俺は唇を噛み締めた。


「そろそろ行こうか」


 ネスト様は一言呟くと、大広間への扉を開け放った。一斉に使用人たちの視線が俺たちに向けられる。


 ネスト様は悠々と大広間の奥にある壇上へと向かう。怪盗と俺とベルアさんもそれに続く。


 使用人たちからの視線は困惑の色を含んだものが多かった。そんな訝しげな視線を向けられて怪盗たちは少しバツが悪そうだった。皆視線を怪盗たちに集めており、俺とベルアさんの方には見向きもしていない。


「みんな、この館を守ってくれたことを改めて感謝する。今日ここでは怪盗たちの処遇について俺の決定を話したいと思う」


 ネスト様はにこりと笑う。この方はいつも悠然としている。辛そうな顔や困った顔が全く想像できない。


「結論から言う。俺は怪盗たちをウチの諜報部隊として受け入れたいと思っている」


 使用人たちからどよめきが起こった。そんなざわつきの中で家令が一人、手を挙げた。


「ネスト様のご決定に質問することをお許しください」


「構わない。言ってくれ」


「ネスト様、彼らを引き入れるとネスト様やこのグリンの街にどのような良いことがあるのでしょう?」


「情報が手に入る。俺がかねてより諜報部隊が欲しかったのは知っているな?」


「存じております」


「最近の情勢の変化にいち早く対応するには情報が必要だ。怪盗たちはそれに適していると考える」


 怪盗たちに向けられる訝しげな視線は変わらない。ネスト様はそれに気づきつつも話を続けた。


「館の簡易結界を破り侵入する魔法技術。館の警備の薄いところを見抜いた洞察力。そして何より侵入能力。これらを満たしている彼らを引き入れない理由がなかった」


「恐れながらネスト様。彼らが裏切らないと言う保証はあるのですか?現に彼らは貴方様に仇をなしておりますゆえ」


 家令の意見は真っ当な物だった。一度牙を剥いてきた相手と仲良くできるか。そう言う問題なのだ。どれだけ仲間にした時のメリットがあっても、もともと敵であると言うことに変わりはない。

 

「彼らが裏切らないという証明はできない。だが約束はできる。俺は怪盗たちに毎日の満腹を約束した」


「ま、満腹⁈」


 家令の声が裏返った。


「そ、それはどう言うことでしょうか⁉︎」


「彼らはお腹が空いたから食料を奪いに来たんだ。だから俺は彼らの胃袋を掴む!そして食事と引き換えに俺は彼らに諜報部隊の活動をしてもらう」  


 理論上はどちらにも利点がある。俺だって衣食住と給料と引き換えに詩人としてここで働いている。それとドルカたちの契約は同じ物だろう。


 家令は顎に手を当てて考え込む。そしてしばらくすると口を開いた。


「なるほど……ウィンウィンの関係でございますね。ならば私は賛成します」


 家令は満足そうに頷く。


 しかし皆がネスト様の考えに賛成かと言えばそれは違うだろう。その証拠としてカナメやキールなど一部の使用人がドルカたちに向ける目線が変わっていないのだ。


「じゃあ挨拶を、ドルカ」


「お、お……うん」


 ドルカは唇を真一文字に結んで一歩前に進み出た。ドルカや怪盗たちに様々な目線が向けられる。相変わらず訝しげな目線、単純な興味の目線。それを一身に受けてドルカは言葉を吐き出していく。


「ぼ、ボクはドルカだ。今回は……ごめんなさい」


 ドルカたちは頭を下げた。つむじを見せて謝る彼らを見た使用人たちは目を丸くした。ここで馬鹿正直に謝ると思っていなかったのだろう。そして何人かの訝しげな目線を向けていた使用人たちの目の色が変わるのを俺は見た。


「ネスト……様にこれから仕えられたらと思ってる。よろしくお願いします」


 ドルカはギュッと目を瞑った。靴を投げられても文句は言えないような状況だろう。しかし幸いにも靴は飛んでこなかった。冷たい視線が二箇所から浴びせられる。言わずもがなカナメとキールである。


 ネスト様もそれは織り込み済みだろう。カナメとキールはネスト様への忠誠心もさることながらちょっと頑固なのだ。表には出さないが、彼女らはドルカたちを迎え入れることに悶々とした物を胸に秘めているに違いない。


 だから俺たちの出番だ。


「ここでウチの芸術担当にお願いしてみんなに和解してもらおうなかな」


 ネスト様がこちらにウィンクをよこした。俺とベルアさんは詩の発表の準備に取り掛かる。俺は銀のチョーカーを首にはめ込み、ベルアさんはリュートを構えた。


 カナメやキールは首を傾げた。おそらく和解の詩なぞ聞いたことがないのだろう。というより俺もない。詩で人の仲を繋ぐなんてことは前代未聞だろう。だから俺たちがやるのだ。ドルカたちとカナメやキールが気持ちよく働けるように。


「竜巻の詩人トルバトルでございます。幾多の山を越え勇者を見、幾多の谷を越えて魔法使いを見たもの……ここに歌うのは東の地から流れ着いた怪盗たちの詩です」


 ベルアさんの美しい旋律が空間に流れ始める。俺は銀のチョーカーに魔力を込めて言葉を紡ぐ。


「吹き荒れる  冷の風

 侵して進む  不毛の地

 草木枯れゆき 人は飢え

 実るものは  飢えばかり」


 ここはドルカたちの境遇を歌ったものだ。同情を誘うわけではないが、彼らの事情を知ることはともに働く上で重要だろう。


「まなざし虚   見るものは

 西の豊かな   緑の地

 実る豊穣    彼誘う

 乾いた腕    のばしゆく

 空をかく手   悲しくて

 闇に手伸ばし  闇色に

 カラカラカラと 回る飢え

 その手取るのは 我が主君

 海のごとき   懐に

 迎え入れんと  かの館

 実るグリンに  身を置けば

 飢えなど彼方  後方へ

 共に働け    主のために

 共に構えて   主を守れ」


 自然に着目することで庭師のカナメの気を惹き、人を救うことを是とするキールの気を惹くために腕というワードを入れ込む。彼女らを操らんとしているわけではない。ただわかって欲しいのだ。ドルカたちの境遇を。


 ベルアさんの美しい演奏。音が響き、窓ガラスが震える。願わくば彼女らの心も震えていて欲しいものだ。


 詩が終わり、俺たちが頭を下げた。

 あたりからは拍手が巻き起こる。たまにネスト様の不在時たまに食事の席でも歌っていたので俺たちに体する信頼はあるだろう。しかしここで重要なのはドルカに対する評価の変容だ。


 俺はドキドキしながら頭を上げた。すると視界にキールとカナメがうつる。彼女らの気持ちがどう変わったのか。俺は怖くもあり、楽しみでもあった。俺たちの和解の詩がどれほどに実を結んだのか気になった。




 


 

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