第5話 うごかすうた

 リュートの音が響く。買い物や会話の喧騒にいきなり可憐な楽器の音が響いたので街いく人々は俺と少女の方へと目線を向ける。その機を逃さず俺は叫んだ。声がでかいのが俺の取り柄だ。


「お忙しいところ失礼します!竜巻の詩人トルバトルでございます!」


 いきなりの吟遊詩人の登場に街の人々が興味の視線を向けてくる。中には程住民ではないものに侮蔑に近い目線を向けてくるものもいるが、毎度のことだ。俺はただ彼らを楽しませ、魔法宝玉の採取に参加してもらえるように訴えかけるだけだ。


「魔法宝玉採取への参加を呼びかけるための詩を歌わせていただきます」


 少女のリュートが奏でられ始めた。俺は人前だというのに声を出して驚きそうになった。師匠並みに上手いのだ。素人でもわかるぐらいにその演奏は優美であった。このままずっと聴いていたいが、俺は俺は歌わねばならない。


「輝く紫苑    地を駆ける

 煌めく紫苑   水を撒く

 一粒一瞬    喜びつくる

 二粒ニ瞬    笑顔を生んだ

 皆を支える   かの宝玉

 切れたとなれば 干潟のよう

 笑顔干上がり  皆涙

 涙も垂れども  すぐ消える

 消える宝玉   喜び消える

 ならば宝玉   採りにゆけ

 笑顔喜び    取り戻せ

 自らの刃    岩にたて

 輝く紫苑を   掘り起こせ

 君の一手が   笑顔生む」


 魔法宝玉は見た目が紫で、魔法道具の動力源になる、そして岩の中から取り出すということしか俺は知らない。だがそれが枯渇すれば一大事だということを皆に知ってもらえたり、再認識してもらえればいいのだ。そうすれば自ずと人は集まるはずである。


 俺の詩を聞いた人々は互いに顔を見合わせていた。そして口々に不安をこぼし始める。彼らは不安そうな顔をしている。笑顔をうまない詩であったがやった価値はある。リュートを弾いてくれた少女と共に人々の反応を俺は固唾を飲んで見守っていた。


 そしてひとりの男が手を挙げた。


「竜巻の詩人トルバトルよ。本当に魔法宝玉のピンチなのか?」


「ええそうです!掲示板にあった通りなのです。今発掘組は20人ほどしか集まっておらず、人手不足です。どうか参加をお願いします」


 俺は頭を下げた。同時に歯を食いしばった。今の俺は俺の求める詩人像とは程遠い。本来ならばそこでこんな質問も来ず、俺が頭を下げることもなく、人々がやる気を出してくれるのが理想だ。しかし俺の力不足なようで頭を下げることになってしまった。


 そんなことを考えているとふと視界の端にもうひとり頭を下げた人間を捉えた。リュートを弾いてくれた少女だ。彼女は俺と一時的な協力関係にも関わらず同じように頭を下げてくれているのだ。俺は頭を下げながら隣の彼女に小声で尋ねた。


「君、なんで……」


「この街の魔法道具がピンチなんだろう。人々の笑顔が私の望みだ」


 彼女はさも当たり前かのように言い放つ。俺は何か込み上げるものを感じた。


「よし!竜巻の詩人と美しいリュート弾きに心動かされた!俺は行く!」


 先ほど質問を向けてきた男はのしのしとこちらに近づいてきて、俺の肩を強く叩いた。俺は顔を上げて彼の手を取った。


「ありがとうございます!」


 彼を皮切りに続々と手を挙げるものが現れ始めた。彼らは市役所前の階段を登り、俺のところまで来て俺の肩をポン、と叩いて採掘組の集合場所へと向かっていった。肩を叩かれるたびに俺は涙が溢れた。いつのまにか俺に侮蔑や軽視の視線を向けるものはいなくなっていた。皆それぞれに魔法宝玉が枯渇しそうな今自分にできることを考え、話し合っていた。俺は笑顔を作ることは出来ずとも、心を動かすことには成功していたのだ。


 人々が市役所の階段の前から完全にいなくなる頃には、もう100人以上が俺に参加の意思を伝えてくれていた。彼らは先に採掘隊の集合場所に向かっているはずだ。


 俺は誰もいなくなった市役所の階段でリュート弾いてくれた少女に頭を下げた。


「ありがとう。君のおかげだ」


「……礼を言うのはまだ早い」


「え?」


「採掘が成功してからにしろ」


 少女はリュートを背中にくくりつけ、腰につけた剣を抜いた。そして刃先をマジマジと見つめてから俺に視線を移した。


「道中盗賊や魔獣に襲われたらどうするつもりだ。私も同行する」


「な、なんでそこまで……」


「さっきも言った。人々の笑顔が私の望むものだ」


 勇者のようなことを言う少女だ。彼女が何を考えているのかは実際のところ全くわからない。しかし確実に言えることはこの子はいい奴だ。俺は彼女に手を差し出した。


「わかった。俺はトルバトル。吟遊詩人だ」


「私はキール。まだ何者でもない、旅の者だ」


 なんだ、この子も放浪の旅をしているのか。俺は少女に親近感を覚えた。


 二人で採掘隊の集合場所へと向かうと採掘隊の呼びかけをはじめに行った男が俺の元へとすっ飛んできた。その速さときたら猛禽類や猪に襲われたのかと思ったほどだ。彼は俺の肩を掴んでブンブンと俺を揺らした。おかげで俺の視界はグラグラと揺れて気分が悪くなってしまいそうだ。そんなこともお構いなしに彼は興奮気味に唾を飛ばして話し始めた。


「すごいじゃないか君!本当に多くの参加者を集めてくるなんて!君は何者なんだい?」


「俺は竜巻の詩人トルバトルです!」


 俺は胸を張って答えた。だんだんとこの師匠からもらった二つ名も馴染んできた。


「詩人?なるほど……人を動かす力があるわけだ。君のおかげで採掘も捗るだろう!ありがとう」


 集合場所には俺と少女のかき集めた人々が手を振って俺たちを待っていた。彼らの数はもうすでに100人を超えていた。これだけいればグリンの街を支える魔法宝玉を採取してくることができるだろう。俺は大満足だった。しかしここで満足し切ってはいけない。本番はここからである。


 募集をかけた男が集まった人々を前にして大声で話始めた。


「皆さま集まってくれてどうもありがとう!聞いての通りこの街の魔法道具の動力源である魔法宝玉が今在庫がピンチです!そのためロークの崖まで行って採取を行おうと思います」


 ロークの崖は行ったことはないが師匠からの話で聞いたことがある、魔力が溢れ出る不思議な断崖であり、岩が魔力と反応して魔力宝玉になりやすいのだと言う。


 男の呼びかけに呼応するように集まった人々は大きな声を上げた。みんなやる気満々だ。それもそのはず魔力宝玉が切れればこの街の利便さがなくなるのだから無理もない。


 しばらくすると馬がつながれていないのにもかかわらず走る馬車が俺たちの前に数十台やってきた。


 ここでキールが最もなことを思い出しように言い出した。


「こんなに多くの魔法馬車をチャーターできるなら人も集められたのでは?」


「たしかに……というか公的に募集かけてないのはなんでだろう」


 魔法宝玉の在庫は街の運営に関わる重要な問題である。なのに公的に人が集められていないということは、領主が動いてないのいうことなのではないのだろうか。俺たちは首を傾げながら馬車へと乗り込んだ。


 

 

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