第3話 咲かせるうた

 師匠は風のように俺の人生を通り過ぎていった。そして多くのものを俺にもたらしてくれた。またどこかで会う時は絶対に成長した姿を見せてやろう。


 さて、師匠が西の方に向かったのだから同じ方向に行くわけにはいかない。そして早いところ余所者である俺はこの村から手出たほうがいいだろう。定住民ではないものが街にずっといると不都合なことが起こりかねない。


 いくばくかの収入も得たところで俺が再び街の出口へと行くと、先程の門番がぎろりと目線を向けてきた。何かまずいことでもしでかしただろうか。いやそんな筈はない。俺は師匠に半ば無理やり歌わせられただけなはずだ。


「トルバトルだな?先ほどお前の師匠という女からこれを預かっていた」


 そういうと門番はおもむろにに懐からかぼちゃほどの袋を取り出した。中からはジャラジャラと金属音が響いている。門番は落とすように俺の手にそれを置いた。かなりの重さだ。力を入れてなかったら重力に任せて袋は落下していたことだろう。


「門番さん、これが師匠から?」


「そうだ。女から預かったナイフも入れてある……」


 巾着のようになっている袋の紐を緩めて口を開けてみる。中にはカバーに入ったナイフが一つ。そして袋とナイフの隙間を埋め尽くさんとするように銀貨や金貨が敷き詰められていた。俺は目を見開いた。


「師匠……」


 師匠が先程の儲けと貯金を譲ってくれたのだろう。そうでなければこの金額は説明がつかない。師匠が送ってくれた最後の贈り物。銀貨金貨もそうだが、ナイフを贈ってくれたということは師匠の身の危険が高まるということだ。それを覚悟して師匠は俺の身を守るためのナイフを譲ってくれたのだ。俺は込み上げるものをグッと堪えた。どれだけ俺に残せば気が済むんだ。


「師匠、ありがとうございます」


 ポツリと誰にも聞こえないようなら声で呟く。そして門番にも挨拶をして、俺は師匠の向かったであろう方向と逆に、村を回り込むようにして向かった。


 これからどうしようか、歩きながら考える。俺の目標は詩人として大成することだ。そのためには名を上げなければならないだろう。そうなるとどこかに従軍でもするべきだろうか。いや、それは無謀というものだ。戦で名を上げるためには俺は弱すぎる。師匠のように剣を使うこともできないし、俺はすぐにバテる。戦に行こうものならすぐに足手纏いだ。

 

 貴族や王様など偉い人のお城で働くのが1番いいだろう。宮廷や城に仕える詩人になれば賎民を見るような目線を向けられることも少なくなるはずだ。


「よし、デカめの都市を目指そう」


 俺は人知れず決心した。大きな都市には領主の城がある。もしかしたらそこで働けるかも知れない。甘い考えだとは思うが何もしないよりはいいかもしれない。


 先ほど出た村から1番近い都市はグリンという街だ。湖を越えた先にあり、魔法技術が発達している。


 湖までの道のりはそこまで険しいものもなく、幸いにもナイフの出番はなかった。


「おっ、アレが湖を越えるための船の列か」


 大柄な男が2人、華美なドレスを着た女の人が数人その列に並んでいる。俺は最後尾の大柄な男の後ろに並んだ。


 しばらくすると船がやってくる。しっかりとした地面からぐらつく船の上へと他の乗客と共に乗り込むと、オールの動かし手は威勢よくかけ声をかける。やたらとでかい声と共に動かされたオールによって船はゆっくり、ゆっくりと進み始めた。どんどん岸が離れていき、あっという間に周囲は水の世界となった。


 見惚れるほどキラキラとした水面に心穏やかになる。お茶でも飲みたい気分だ。

 

 しかしそんな雰囲気をぶち壊すような怒号が俺の耳に飛び込んできた。思わずそちらへと顔を向けると大柄な2人の男が何やら言い合いをしているのが目に入る。


「俺の服の方がオシャレじゃ!!」


「ンだと?!ワイの服の方がカッコよかろう!!」


 えっ、なにその喧嘩。喧嘩の理由はともかく2人の喧嘩は取っ組み合いにも発展していた。どうやったらファッションで喧嘩になるのかわからないが、これは由々しき事態だ。渡し船は魔法使い以外にとっては貴重な湖を渡る手段だ。その上での争いはご法度である。そんな当たり前のこともわからないぐらい2人は激昂しているようだ。オールの動かし手も、ドレスを着た婦人達も迷惑そうに彼らに視線を向けている。


 2人のうち1人が怒号を上げながらついに拳を振り上げた。幸いその拳は空を切ったが、もう1人の男は殴られかけたことにさらに激昂し、ダンダンと地団駄を踏み始めた。その影響により船がグラグラと揺れる。


「ちょ、お客さん、落ち着いて!」


 オールの動かし手が慌てて静止しようとするも彼らは止まらない。拳を浴びせあって周りが全く見えていないようだ。


 俺は周囲を見渡した。彼らをどうにかしないと船自体が危ない。すると1人の婦人がリュートを持っているのが目に入った。俺は彼女にこっそり近づいて、耳打ちした。


「失礼します。ソレの心得は?」


「え?……あ、ありますわよ」


「では適当に一曲お願いします。俺の言葉に合わせていただけると嬉しいです」


 俺はグラグラする船の上で立ち上がった。すると婦人がぽろんと音を一つ鳴らした。2人の男はいきなり鳴らされた優美な音の方を口を開けて見つめていた。


 師匠が言うに、詩人とは言葉を操り、人の心を和ませ、悲しませ、楽しませる職業らしい。俺にはまだよくわからないが、師匠が歌った後はいつも笑顔が咲き乱れていた。ならば彼女の弟子たる俺も笑顔をつくれなくてどうする。怒りと不安にまみれたこの船に笑顔の花を咲かせてみようじゃないか。


「俺は竜巻の詩人トルバトルと申します。船からの景色を見ることにも飽きてきたでしょう。ならば歌いましょう、このトルバトル。さぁそこのお方!お題を一つ!」


 師匠流の詩のうたいかたである。観客をも巻き込むのだ。そうすることで歌い手との一体感が生まれる。俺の指差した婦人はポツリと「炎」と呟いた。水の上で炎をお題に出すとはこの婦人はなかなかである。


 俺はリュートを持つ婦人に目配せをした。彼女も腹を決めたようでコクリと頷いた。息を吸って言葉と共に吐き出す。


「揺らめく赤が ともされて

ゆらゆらゆらと 揺れる風

黒を纏って   揺れる赤

上へ上へと   上ろうと

紅の腕     伸ばしてる

まどろむ瞳   蜃気楼」


 流れるようなリュートの音と共に歌う中、俺はチラリと喧嘩をしていた2人を見た。まだ笑顔は咲いていない。しかし2人とも殴りかかろうとしていた手を引っ込めて、こちらを呆然と見つめている。まだそれでいい、喧嘩を止められただけで万々歳である。笑顔の花を咲かすためにはもう一押しだ。


「青い湖   黒い影

 黄色の砂に 白い雪

 一つぶ火花 灯したら

 温もり波動 伝わって

 橙色の   その波動

 人の心に  火を灯す」


 気がつけば2人の喧嘩をしていた2人の男は随分と落ち着いていた。武勇を語る詩ではないからワクワクさせたり笑顔にさせたりするのは難しかったかもしれない。だが喧嘩は止められたようだ。


「竜巻の詩人トルバトル……まだまだ未熟でございますが、ご静聴ありがとうございました!」


 俺がペコリと腰を折ると婦人達から拍手が巻き起こった。そして喧嘩をしていた2人、オールの動かし手までも拍手を俺に向けた。


「やるじゃねぇか兄ちゃん……なんか騒いで悪かったな」


「おお、俺も悪かった」


 無事2人の喧嘩も収まったようだ。俺は息を深く吐いてその場に座り込んだ。師匠にはまだ及ばない。彼女の咲かせる笑顔の花畑にはまだまだ及ばない。しかし喧嘩を収めることはできた。俺は遠くで何をやっているかも知らない師匠に想いを馳せた。




 

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