第1話 幽閉されたゴブリン文学少女

「……………」


 ……夢を見ていた。

 わたしが、大ハーンとして君臨する夢。

 大陸各地のゴブリンたちに推戴され、祝福される姿。

 大好きな本に描かれた物語の様に、活躍する姿。

 だが、それは……現実のわたしが今置かれている状況とは、まったく異なるものだった。


 改めて、周りを、自分がいる部屋を見渡す。

 目の前の玉座……族長の椅子だけは、夢で見た物と同じだけれど。それ以外は、全てが違っている。


 夢の中では、自分に従う多くの部族に囲まれていたけれど。

 現実には……目の前には、誰もいない。

 わたしの周りにあるのは、人ではなく……たくさんの歴史や物語が書かれた、本たちだけだ。

 そして、この部屋を囲んでいるのは……鉄格子。

 わたしを閉じ込めている、鉄格子。

 わたしは、この族長の間に幽閉されているのだ。


 夢の中では、わたしは幾つもの部族を率いている大ハーンだったけれど。

 現実のわたしは、ハーンどころか、自分自身の部族すら、まとめられていない。


 今のわたしは、ゴブリンの小部族、ヘルシラント族の……名目だけの族長。

 あくまでも名目上だけの存在で、族長の部屋に幽閉されている、ちっぽけなゴブリン令嬢、ゴブリン文学少女だ。


 夢の中では、夜明けの景色の中、地平線の先まで、部下や仲間達に埋め尽くされていたけれど。

 現実の自分には、そんなものは誰もいない。

 それだけでなく……わたしは「夜明けの景色」を見たことがない。いや、それ以前に、そもそも「空」というもの自体を見たことがない。

 生まれてからずっと、外に出されず、このゴブリン洞の族長部屋の中で幽閉されているのだ。


 ……………


 わたしの名は、リリ。

 ゴブリンの世界で、およそ百年に一度生まれてくると言われている、女王個体「ゴブリリ」として生まれて来た。

 普通のゴブリンよりも一回り小さく、肌の緑は薄めで、白い髪に小さめの耳。普通のゴブリンとは異なり、まるで人間の少女の様な姿で生まれてくる、ゴブリリ。

 それは、ゴブリンにとっては、特別な存在。ゴブリン令嬢……いや、ゴブリンの女王となる筈の存在なのだ。

 ……本来なら。


 しかし現実のわたしは、女王や令嬢どころか、この様な扱いしかされていない。

 わたしの名前も、凝った名前、思いを込めた名前が付けられる事もなく、「ゴブリリ」だから、「リリ」。そのままだ。

 一応は女王として生まれて来たので、名目上は族長として扱われているが、部族としては邪魔な存在。だから、この部屋に閉じ込められているのだ。



 わたしがこんな扱いなのは、本来は女王として誕生する存在であり、ゴブリン全ての頂点として君臨し、繁栄に導く筈の存在であった「ゴブリリ」が、今や、全く期待されていない存在だからに他ならない。


 女王として、約百年に一度しか出現しないとされている「ゴブリリ」。

 「ゴブリリ」は、ゴブリンの頂点として君臨し、その勢力を拡大し、繁栄に導くべく、特別な力が与えられる。

 それが、成長した際に発現する、不思議な能力……「スキル」。

 ゴブリンの神とやらに与えられる「スキル」を駆使して、過去歴代の「ゴブリリ」…ゴブリン女王たちは、ゴブリンの諸部族を統合し、勢力を拡大し……時には、歴史に残る様な活躍をしてきた。


 先ほどの夢で見たような、ゴブリン諸部族を束ねるハーンとなって、大陸に大きな勢力を築いた者。

 そこまでは行かないまでも、強力な魔力を駆使して、圧迫されていたゴブリンを救い、敵対種族との戦いを勝利に導いた女王。

 伝説によれば、はるか昔には、数多の魔物を統べて「魔王」と名乗った者もいるらしい。


 だけど、この現代に「ゴブリリ」として生まれて来た筈のわたしは……。

 自分の置かれている状態は、そんな歴代の偉大な「ゴブリリ」女王たちとは、ほど遠いものだった。

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