第23話
その三者のやり取りに、人狼が口をはさむ。
「そういう話は後回しだ。あれを見ろ!」
狼が喋ったという事実にパルミナスが一瞬ぎょっとした顔を見せたが、真に驚くべきはここから先であった。いつの間にか彼らは、死せる兵士たちにぐるりと取り囲まれていたのだ。それだけではなく、彼らは一行の見ている前で次々に勝手に形を失って砂塵に戻っていったかと思うと、それぞれが一つの大きな土くれの塊へと寄り集まっていくのだった。あれよあれよという間に、その大きな塊は今度は骨でできた巨大な火吹き竜をかたどって、彼らの前に対峙するのだった。
怪異がある、と噂に聞いた。事実足を踏み入れれば屍のような兵隊どもが出迎えてくれた。行きすがった狼が人語を解した――そこまでの事実があれば、タイタス・パルミナスとしては不思議なものを見聞きしたといずれ人に自慢話をするには充分だった。言ってしまえばそれ以上はもう勘弁、というのが彼の偽らざる思いであった。
「え……ちょっと、これは流石にどういうことなのかな……?」
「とにかく! タイタス卿、ここから逃げましょう!」
そんな折だった。ふいに中庭の真ん中に、一人の少女が姿を見せた。
「……エナーシャ?」
ハリエッタは一瞬そう思ったが、よく見るとそうではなかった。身にまとっている装束が眠っていたエナーシャのそれとは違っていた。
それはおのが妹、エヴァンジェリンだったのだ。
彼女は唐突に姿をみせたかと思うと、さっと右手をかざす。地面に散らばる骨や土くれが、さらさらとした砂のようなものに形を変え、それが彼女の目の前で細長い棒のような形に今度は寄り集まって、形を作っていくのだった。
やがてそれは錫杖のような形になる。
エヴァンジェリンは手にしたその錫杖で、足元の石畳を強く穿った。
一瞬、光がはじけた気がした。
死せる兵士たちはおろか、巨大な骸骨の火吹き竜までもが、一様に動きをぴたりと止めた。
そんな連中を相手にする人間の兵士たちも、一体何事が起きたのかとうろたえながら様子を見守るばかりだった。そんな彼らが見守る中、エヴァンジェリンは旅装の外套を風になびかせて、悠然とした足取りで静止した火吹き竜たちの前に進み出てくるのだった。
一体何をするつもりなのか、と皆が息を潜めて見守る中……彼女が今一度錫杖で石畳を穿つと、次の瞬間には火吹き竜も兵士たちも、その場でぼろぼろと崩れ落ち始めるのだった。
何もかもが、それこそ文字通りに砂塵に……砂となり塵となり、風に流されて形を失い、消えていくのだった。
やがて、その場にはすっかりと静寂が訪れた。
先程まで、ひどい混乱の中剣を振るっていた兵士たちも、気の抜けたような表情でお互い顔を見合わせていた。落ち着かない馬をなだめ、お互いの無事を確かめ合う。
パルミナスは周囲を見回し、状況が落ち着いたと判断すると、ひとつわざとらしく咳ばらいをして、懐から一通の書状をすっと取り出した。
改めてその場で書面の文面にさらっと目を通したのち……皆と同様に呆然とした表情のガレオンの前につかつかと歩み寄り、彼の正面に立って、勿体をつけた口調で告げるのだった。
「こんな時に何ですけど、ガレオン・ラガン殿。僕らはあなたを逮捕します」
「逮捕……!?」
その一言で、ガレオンは茫然自失から急に現実へと意識を引き戻されたようだった。泡を食ったような表情の彼を尻目に、パルミナスはやけに得意げな態度で、話の先を続けた。
「つまり、この場で身柄を拘束させていただくということです。理由はご自身でも分かってますよね? 先ほど言いかけたあの言葉……」
「……くッ」
「ハリエッタ嬢とそのご家族、クリム侯爵家の皆々様を、本物と分かったうえで偽者と断罪し、身柄を取り押さえようとわざわざリヒト山を越えてまで追いかけ回すなどという茶番を繰り広げてしまった」
憤怒の形相で、無言のままパルミナスをにらみつけるガレオンだが、パルミナスはべつだん怯むでもなく、むしろ何がおかしいのか何とも意地の悪い笑みをにやにやと浮かべて、そんなガレオンを見返すばかりだった。
そこにハリエッタが疑問を差し挟む。
「そもそも、この人は何でそこまでして私たちを捕まえようとしたの。その理由が知りたいわね」
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