●事件が終わって

第33話 雅ちゃんのこれから

「この度は孫が大変ご迷惑をおかけしました」


 あたしと御堂君に深々と頭を下げているのは、白髪頭の男性。

 雅ちゃんのおじいさんの、伊神さんだ。


 ここは病院の廊下。病室では雅ちゃんが眠っていて、彼女にはおばあさんが付き添ってくれている。


 煙鬼を封印したはいいけど、その後が大変だった。

 救急車を呼んで、雅ちゃんを病院まで運ぶと、御堂君が彼女の保護者である伊神さんの連絡先を調べて、事の次第を伝えてくれた。


 蔵に封印されていた鬼だの、雅ちゃんがそいつに操られていただの説明するのは骨だったみたいだけど、何とか理解してもらったみたいで、伊神さん夫妻は病院まですっ飛んできてくれたよ。


 で、その伊神さんはあたし達に頭を下げてるわけだけど。


「頭を上げてください。謝らなければならないのはこっちの方です。あたし達がついていながら、こんなことになってしまって」


 まだ子供なのに、危険な目に遭わせてしまったことが悔やまれる。煙鬼は封印できたけど、とても喜ぶ気にはなれないよ。

 だけど伊神さんは、首を横に振った。


「そんなことありません。あなた方がいてくれなかったら、あの子はどうなっていたことか。ところで、火村さんは祓い屋なのですよね?」

「はい。伊神さんのご先祖も祓い屋だと聞いているのですが。蔵の中にあった物について、何かご存じですか?」

「いいえ、それがさっぱり。先祖が霊や妖を祓う、祓い屋を生業にしていたことは知っていましたけど、少なくとも私の祖父の代にはもう廃業していましたから。蔵の中の物にどんな意味があるのか、全く知らないでいました。ですがそれでも先祖から受け継がれてきた品々なので、捨てるのを躊躇っていたのですが。まさかこんな事になるだなんて」


 そうは言うけど、何も知らなかったのだから仕方がない。

 だけど蔵の中の物は、一度全部目を通した方が良さそうだ。


 ちなみに煙鬼を封印した筒は、祓い屋協会に連絡して回収してもらっている。

 封印することはできたけど、煙鬼はまだ筒の中にいるのだ。今後は協会が保管することになるだろう。


 まあ蔵の中の物や煙鬼についての処置はこれで良いとして、問題は。


「火村さん。雅さんはこれから、どうなるのですか?」


 御堂君が尋ねてきて、伊神さんも神妙な顔をする。

 やっぱ、気になるのはそこだよね。


「今回の件の主犯は煙鬼で、雅ちゃんは操られていただけ。けどそれでもただ呪いの動画を配信したり、術を掛けた人形を元いた中学に送りつけたりしたんだから、当面の間は協会が監視することになると思う」

「そうですか。何もできなかった自分が、情けないです。娘夫婦が事故で亡くなって、あの子がうちに来てから、どう接すれば良いか分かりませんでした。私達とあの子では見える物が違っていましたから。だけど、もっとよく話しておけば良かった。あの子が苦しんでいるって分かっていたのに、どうして何もしてこなかったのでしょう」


 伝わってくるのは、後悔と懺悔。きっと伊神さんは伊神さんなりに、雅ちゃんの事を考えていたのだろう。


 雅ちゃんを見ていると、自分が如何に恵まれた環境にいたかが分かるよ。

 祓い屋の里で生まれ育ったあたしは、幽霊や妖怪を見ることができても、同じように見える人や理解してくれる人が周りにたくさんいて、昔はそれが当たり前だとさえ思っていた。

 だけど雅ちゃんは。誰にも理解されず、信じてもらえずに、周りから孤立してしまっていた。きっとそんな心の隙間に、煙鬼はつけ込んだのだろう。

 あの子はただ、友達が欲しかっただけ。自分の事を理解してくれて、同じモノを見ることができる友達が。


「雅ちゃんのことですけど、実は上から、祓い屋の里に連れて行ったらどうかと言われたんです」

「祓い屋の里?」

「はい。あたし達祓い屋の一族がたくさん住んでいる里で、雅ちゃんと同じ見える人が大勢います。そこなら雅ちゃんにとっても、過ごしやすいのではないでしょうか?」


 どのみち雅ちゃんは、観察処分になるだろう。やった事の重さを考えるともっと重い罰を受けてもおかしくないけど、彼女だって煙鬼に利用された被害者なのだから、これくらいが妥当のはず。

 だったらいっそ、祓い屋の里で暮らしたら様子も分かるし、雅ちゃんにとっても幸せなんじやないか。

 そう思ったけど。


「それは雅を、遠くにやれということですか?」 


 途端に、引きつった顔をする伊神さん。

 だけどすぐに何かを考えるように、腕を組んで悩みだした。


「うーん、それがあの子のためになるなら。いや、しかしそれでも……」


 良かれと思ってしてみた提案だったけど、どうにも煮えきらない様子。

 ひょっとして、雅ちゃんを手放したくはないのかな?


 どう接して良いかは分からなかったけど、可愛い孫なんだもの、仕方がないか。

 だけどあたしは悪い手段だとは思わないし、伊神さんだってそれがわかっているから、こうして悩んでいるんだ。

 でも。


「待ってください。祓い屋の里に連れて行くのが、本当に雅さんのためになるでしょうか?」


 突然そんなことを言い出したのは、御堂君だった。


「どうして? 君は反対なの?」

「反対と言うか。本当にそれが雅さんにとって幸せなのか、よくわからなくて。確かに同じモノを見ることができて、同じ景色を共有する事ができる人が周りにいるのは、良いことなのでしょう。けど……」


 御堂君はそこまで言うと、視線をあたしから伊神さんへと移す。


「こんなことになって、知らない場所に連れて行かれたら、彼女はどう思うでしょう? 今の雅さんに必要なのは見えるかどうかなんて関係なしに、彼女のことをちゃんと想ってくれる人なんじゃないですか。そんな人が本当は近くにいるのに、わざわざ引き離すのが正解とは、僕にはどうしても思えません」


 そこまで言うと、彼は伊神さんに視線を向ける。

 愛する孫のことを想い、悩んでいる伊神さんへと。


「伊神さん、貴方は本当は、どうしたいんですか?」

「わ、私は……あの子が幸せになってくれるなら、それが一番いい。けど雅の見ているものを見えない私では、力になれないんです」

「そんなこと、やってみないと分からないじゃないですか。逆に見ることができたら、それだけで雅さんを幸せにできるんですか? 何が見えるかは確かに大事ですけど、それだけじゃないはずです。同じものを見ることができなきゃ、相容れないのですか? 側にいては、ダメなのでしょうか?」


 御堂君はそう言うと、何故か伊神さんからあたしに視線を移す。

 そして。


「火村さん、僕はあなたと違って霊感がなく、サポート無しでは幽霊も妖も見る事ができません。こんな僕が側にいるのは、迷惑ですか?」

「えっ……ええっ?」


 なんだそのプロポーズみたいな質問は? 雅ちゃん今後について話していたはずだけど、ちょっぴり私情が入ってやしないかい?

 けど驚きはしたけど、答えは考える間もなかった。


「迷惑なわけないでしょ。今回の件では、何度も君に助けられたしね」

「どれくらい力になれたかは分かりませんけど、そういうことです。見えなくたって良いじゃありませんか。雅さんのことを大切に思うのなら、人任せにしてはいけませんよ。しっかりと彼女と、向き合ってみてはいかがですか?」

「む、むう」


 伊神さんは黙りこんで、あたしも色々と考えてしまう。


 雅ちゃんを里にやったら良くなるって思っていたけど、それはただの思い上がり。

 見える見えないに関わらず、一番大事なのは周りにいる人達の気持ちだってことを、分かっていなかったかも。


 前の学校で虐められて、塞ぎこんでしまった雅ちゃんだけど、伊神さんなら。

 今までは距離感を掴みかねていたみたいだけど、ちゃんと雅ちゃんと向き合ってくれるのなら、もしかしたらあの子の心の壁を取り払ってくれるかもしれない。

 もちろん上手くいく保証なんてないけど、つい期待してしまう。いや、期待じゃなくて、希望かな。そうなってほしいって、あたしも思うよ。


 そんなことを考えていると、廊下の向こうから白い頭をしたご婦人が、足早にこっちに向かってくるのが見えた。

 雅ちゃんのおばあちゃんだ。


「あなた、雅が目を覚ましましたよ」

「本当か? それで、様子は?」

「それが、ショックが強いみたいで泣き出しちゃって。あなたも早く来てあげてください」

「分かった。火村さん、そういうわけですから、今は……」

「ええ、構いません。さっきの件は落ち着いたら、家族でゆっくり話し合ってください。それと、どうか雅ちゃんのことを、愛してあげてください」

「はい、必ず」


 伊神さんはペコリとお辞儀をすると病室へと足早に向かい、後にはあたしと御堂君が残された。


「里に行くか家に残るか。雅さん達はどっちを選ぶでしょうね?」

「さあ、ここからは家族で考えなきゃいけないからねえ。けど行かないなら行かないで、サポートはしてあげなきゃね」


 そうだ、例えば祓い屋の誰かがカウンセラーになって、定期的に話を聞いてあげるのも良いかも。

 祓い屋協会は万年人手不足で大忙しだけど、これだってあたし達にしかできない事なのだ。


 昨日行った事務所に相談して、所長の首を絞めてでも「うん」と言わせてやる。あ、あと風音を相談役にするのも良いかも。あいつなら歳も近くて人懐っこいから、上手く行くかもしれない。

 けどまあ、とりあえずは。


「あたし達は、そろそろ帰ろうか。今日はさすがに疲れたわ」


 早いとこホテルに戻って、シャワーを浴びたいよ。

 だけど御堂君は、意外そうな顔をする。


「帰るのですか? 火村さんのことですから、てっきりどこかで飲むものだと思っていました。ここでしか飲めない、美味しい地酒もありますし」

「なに、お酒!?」


 そうだった。あたしとしたことが、大事なことを忘れてしまっていた。火村悟里一生の不覚。やっぱり事件解決の打ち上げは必要でしょう。

 だけどそうと分かった以上、こうしちゃいられない。


「御堂君、近くに良いお店がないか、すぐに調べよう」

「え、でも疲れているんじゃ?」

「飲んだら回復するって。すぐにお店探そう」

「はいはい。どうやら帰るのは、だいぶ遅くなりそうですね」


 まだ見ぬお酒に胸を踊らせながら、あたし達は病院を後にするのだった。



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