依頼と魔女 第2話
びっくりしたあたしはむしろ振り返りそうになってた。「ダメだよ」と、たしなめられて、ぎこちなく視線を元の位置へ固定しなおす。
「きっと後悔するのは君の方だから」
言う声は確かに大人じゃなくて、細くてまだ高い男の子のもの。
「ご、ご依頼ありがとうございます。お受けいたしました、わたくしが何でも屋のオーキュ・ハンドレッドとそのアシスタント、ディスポロイドのロボでございます」
とにかく子供だろうとお仕事の依頼人なんだから、失礼があっては魔法使い全体の評判にかかわること。あたしは姿勢を正すと軽くヒザを折って背中の声へお辞儀する。
「えっ。ロボっ」
隣ではディスポロイドが跳ね上がっていた。
「オーキュ様、わたくしの好きに名前をつけてもよかったハズではっ……」
小声で言ってくるけど、もう時間切れ。誰だか知らない相手を一緒に連れて来るなんて、それこそ信用にかかわるってハナシだからもうこっちで勝手に名付けてしまう。
「あなたがさっさと決めないからよ」
返せばその上へ、再び背から声は投げ込まれてた。
「来てくれてありがとう。やっぱり魔法使いは信用できる人たちなんだね。安心したよ。きっと子供だから相手にしてくれないと思ってたんだ。そう、僕が依頼をお願いしたかさぶた。本当の名前はシー・アッサライクム。君と違って魔法を持たない人間だ」
その響きはとても落ち着いてる。本当二十三歳なのかしら。疑ってしまうほど。
「お褒めいただき、ありがとうございます。ですが何も特別なことではございません。わたしたち魔法使いはみなこのような者ばかりです。どうぞご安心を」
「なんて完璧なんだ!」
賞賛の声は上がって、あたしは魔法使いでよかった、と思う。ついニンマリしちゃう自分をどうにか押さえつけて、大事な話に取り掛かった。
「それではアッサライクム様」
「僕のことはシーでいいよ。シーと呼んで」
「では、シー。早速ご依頼についてお伺いしたいのですが、お顔を拝見しながらお話させていただいてもかまいませんか」
すると傍らのドアが開く。新品のアンドロイドがお茶を運んで来た。ままにあたしたちの前へ回り込んでくると、そこに小さなテーブルを広げ、匂いでわかるカモミールティーをカップへ丁寧に注いでいった。つまりやっぱり庭の植物は本物なんじゃないかしら。思うほかなく、そうしてそれた注意をシーの声は引きつけなおした。
「それは諦めてくれないかな。僕は誰にも顔を見られたくないんだ。アリョーカ、ありがとう。休んでおいで」
アンドロイドへ呼びかけもする。
「アリョーカ!……。何とセンスにあふれたお名前」
反応するロボには目もくれず、「はい」と返したアリョーカが静かに部屋をでてゆく。見えなくなったところでシーの声は様子を変えた。
「だからお願いしたいことがあって」
それは切実な思いが滲む声だった。
「僕を会場へ連れて行って欲しいんだ」
「かい、じょう?」
「僕にはどうしても会いたい人がいる。君の魔法でこの顔を隠して、連れて行ってもらいたいんだ」
もちろんロボはお茶なんて飲めないから、注がれたカモミールティーのカップはひとつきり。目の前でゆったり湯気を上げている。後に続く話をあたしは、それを口へと運びながら聞いていた。
それはまだシーが幼かった頃、遭った事故で顔に大怪我を負ってしまったことから始まって、おかげで醜くなった姿を見られたくないと、ご両親に用意してもらった月のこの家へ地球から越してきたことや、そんな家ではアリョーカとふたりきりで暮らしていることだった。おかげで時間を持て余しているからこそ、好きな事を好きなだけ学び続けている、ということもまた。特にその話には驚かされていて、庭の植物たちは酸素を出さない鑑賞物、シーの造った遺伝子操作済のクローンらしい。あたう知識と研究は次世代サイエンチスト協会が毎年開く「ジュニアサイエンス杯」にエントリーできるほどで、シーも来年、ついにエントリーするつもりなのだということだった。会いたい人というのもそこにいて、なんと今年のサイエンス杯の優勝者だと知ってあたしはまるで別世界の話だと思わされる。
「名前はジュナー・タイソン。僕より二つ年上。とにかくすばらしい才能の持ち主で、外見だって素敵で、僕の、いや協会員みんなの憧れの人なんだ。普段は地球住まいで、僕こそお目にかかれる機会はないはずだったのだけど、あさってのサイエンス杯授賞式はアルテミスシティで開かれることになっていて、彼女はここへやって来るって。だからどうしても会場に行きたいんだ。行って彼女をこの目で見てみたいんだ」
それは月へ来て、初めて外へ出たいと思えた出来事なんだ、ってシーは言う。しかも授賞式に参加すれば握手できる可能性だってあるようで、そんなことが起きたら来年は僕が優勝できるような気さえしてる、とか興奮気味に話していた。
確かに顔を見られたくないシーが地球へ出向くのは大変だとして、憧れの人が月も、アルテミスシティの数ブロック先までやって来るというなら黙って見過ごせやしない。その一念発起はあたしにだって、お屋敷でアンドロイド相手に勉強ばかりしているよりも、ずっとシーにはいいことのように思えてならなかった。魔法は人を助けるためにあるの。おばあちゃんが何度も繰り返し言っていた言葉すら思い出して、がぜん腕が鳴るわ、なんてヤル気をメラメラ燃え上がらせる。
「おお、オーキュ様。アリョーカはアフトワズ社の最新式のようでございますよ」
授賞式があるあさっての朝、シーの家で魔法仕立ての仮面をかぶせて一緒に会場へと向かう。あたしはシーと約束をかわしてお屋敷を後にした。
「永久保証が付いた一生モノの高価なアンドロイドでございます。あのお屋敷といい、ご用意できるご両親様はよほどのお金持ちなのでございますねぇ」
帰り道、耳をくるくる回しながらレンズ目のピントをしきりに合わせなおすロボは、ネットサーフィンに懸命だ。
「あたしは魔法を。シーは明晰な頭脳と裕福なご両親を。違う誰かは素敵な声に器用な指先を。人は何かひとつくらい秀でたものを持っているものよ」
魔法使いが走らせるバスとすれ違いながら、あたしはロボの横顔へ「あなたはどうなの」と問いかけた。
「もちろんわたくしにはオーキュ様をお世話する、という飛びぬけて熱い思いがございます」
つっかえるどころか得意げに言うロボへ、あたしは肩をすくめて返す。
さあ、これで十万ユーダラは取り付けたけれど、そのぶんあさってまで船をレンタルしたうえオービタルステーションも延長利用しちゃうから、やっぱり贅沢は敵。あたしはシャトルステーション近くでタコスでも買って、持ち帰った船で食べることを考える。
「それにしてもそんなに酷い傷なのかしら。結局、顔を見ることはできなかったわ」
無理強いはできなかったし、それさえ飲み込めばシーはとてもいい子だった。
「でしたらわたくしのように鉄兜でもおかぶりになればよろしいのに」
耳から手を下ろしたロボも言う。
「まさか。憧れの人に会いに行くのに、そんな不細工な恰好、出来やしないじゃない」
「ブ、ブサイクっ……」
カタカタ震えだしたロボはどこか調子が悪そう。
「ともかく久しぶりの空間の造り込みだわ。どんな顔に仕立てようかしら。サイズも手頃だからうんと完成度を高めたいところよね」
あたしはただ、昨日眺めた先輩のビーチを思い出して胸ときめかせた。訪れた閃きにそうだ、と次の瞬間、目を見開く。
「ロボ。ジュナー女史のことを片っ端から調べてちょうだい」
「は。わたくしがオーキュ様のために調べる、のでございますか? ブサイクとおっしゃったオーキュ様のために?」
なによ、世話するとか言っていたくせに。
「そうよ。女史はどんな顔が好みなのか突き止めて、シーの仮面の参考にするの」
とたん伸び上がったロボも、シーを応援したい気持ちだけは同じみたい。
「おおっ、それは好感度抜群でございます。きっかけに恋の花が咲くやもしれませんぞ。さすが、オーキュ様っ」
それきり恋のメロディーなんかを口ずさみながら耳を回すロボは、今日一番に張り切りだす。かと思えばビクリ震えて、あたしへ恐る恐ると振り返ってみせていた。
「オーキュ様……」
「あら、どうしたの」
「今しがた入金の確認が取れたのでございますが」
「シーね。早いこと」
「はい。ですが三十万ユーダラ、入金されてございます」
「さっ、三十万っ?」
それって約束の三倍じゃない。
あたしは思わず繰り返して、道端だったなら叫んだ口を両手で覆った。ままに目をさらにして周りを見渡すけれど、誰もこちらを見てる人はいない。なら放つ咳払いで魔法使いらしさを取り戻す。ひとたびそこからロボへ鋭い視線を投げた。
「この依頼を引き受けたあなた、偉いわ。今日のベッドはホテルに決定よっ」
もちろんそのあと「ひゃっほー」なんて飛び跳ねたりなんかはしてないはずだけど、定かじゃない。
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