6.信じて奥に進む者、失望し怒る者

 『北端魔境』で初めて遭遇した魔物は、特殊な鹿の魔物で、かなりレベルが高かったらしく、危ないところだった。


 ギリギリのところで、俺に加護を授けてくれている『日曜にちよう神テラス』様の天啓を受け、スキルを授けてもらった。

 そのお陰で、何とか生き残ることができた。


 そんな余韻の残る頭で……次の行動について考える。


 無理にでも行動を起こさないと、このままここで呆然とし続けてしまいそうなのだ。


 まずは……この鹿魔物の『魔芯核』を取り出さないと。


 一日に最低二つの『魔芯核』を納めなければならないので、死ぬ思いで鹿魔物を倒したものの、まだノルマには一つ足りない。

 もう一体は倒さないと……。


 『魔芯核』とは別に、鹿魔物の角や牙は武具の素材として良い金額になるだろう。

 また肉も大量なので、まともに換金できれば、かなりの金額になるはずだ。


 だが勇者候補パーティーだった時と違い、魔法カバンもなければ、サポート部隊もいない。


 実際問題、この大きな鹿魔物を一人で持ち帰るのは、骨が折れる。


 全量は無理でも、角や牙など高く売れそうなパーツだけは持ち帰りたい。


 そのためには解体しないといけないが、そもそも俺は解体は得意ではない。

 もちろん魔物の解体をやったことはあるが、数回程度だ。


 勇者候補パーティーにいた時は、サポート部隊がいて、倒した魔物の処理や運搬を引き受けてくれていたのだ。


 当時も思っていたが、改めて今考えても、あの頃はほんとに助かっていた。


 だが今の俺にとっては、そんな回想も愚痴をこぼしているのと同義だ。

 無い物ねだりしてもしょうがないし、意味がない。


 ……考えるより行動だ。

 持てるパーツだけ持って、一旦戻り、再度来るか……。


 ————私の愛し子よ、このまま森の奥を目指しなさい。


 え、また声が!


「……テラス様ですか?」


 ————そうです。

 ————恐れることはありません。あなたが行くべき場所があります。あなたを待つ場所です。

 ————このまま奥に進むのです。


「……奥と言っても、どこまでいけば……?」


 ————大丈夫です。行けば、導かれます。


 また俺を導いてくれるようだ。

 ……このままテラス様を信じて進むことにしよう。






 ◇





「あのバカ勇者……」


 私はラッシュ。

 はっきり言って、今まで生きてきた中で、一番頭にきている。



 私の尊敬するヤマト先輩を、あのバカ勇者がクビにした。

 しかも、すぐさま『北端魔境』に追放したなんて。

 初めは耳を疑ったし、とても信じられなかった。


 私は、『勇者選定機構』にスカウトされて、勇者候補チームの一つであるジャスティス率いるチームのサポート部隊に組み入れられた。


 私が望んだわけじゃない。

 私の持っているスキルが役立つからと目をつけられて、王命で召集されたのだ。


 しかも、配属されたサポート部隊の他のメンバーは、ろくに仕事をしない。

 一番年下の私に、ほとんどの仕事を押し付けている。


 サポート部隊の仕事は……勇者候補チームのサポート業務全般。

 魔法薬など必要な資材の調達や、移動の際の宿の手配、迷宮に挑む場合には、野営の準備や倒した魔物の解体や運搬など多岐に渡る。


 過酷な日々に疲れきって、何度もやめようと思った。

 もちろん王命で組み込まれてるから、勝手に止めることなんてできないけど。

 でもそんな中でも頑張ってこれたのは、ヤマト先輩がいたから。


 勇者候補チームの中で、ヤマト先輩だけが唯一私の名前を覚えて、ちゃんと名前で呼んでくれた。

 他のメンバーは、名前を覚えようとすらしない。


 おまけに迷宮で魔物の不意打ちに会ったときには、怪我をした私をみんな簡単に見捨てようとした。


 ヤマト先輩だけが、助けてくれて回復までしてくれた。

 先輩がいなかったら、私は今生きていないだろう。


 あの人のために、今まで頑張ってきたようなものだ。


 だから……勇者ジャスティスや他のメンバーは好きじゃなかったけど、正式な勇者パーティーと認定されたときには、嬉しかった。


 それなのに……その途端に、あのバカ勇者は、ヤマト先輩をクビにして追放した。


 本当に許せない。


 あの人たちは……ヤマト先輩がいたおかげで、『勇者選抜レース』を勝ち残れたということがわかってないみたい。


 私は、サポートチームだったから戦いに参加する事はなかったけど、戦いの様子はつぶさに観察していた。


 勇者ジャスティスたちが多少無茶な戦い方でも、魔物を倒せたのは、ヤマト先輩がダメージを半分肩代わりしていたからだ。

 そうでなければ、あの人たちは……何回か死んでいたはず。


 それなのに……。


 確かにあの人たちは、普段からヤマト先輩を軽んじている感じはあった。

 でもここまで愚かだったなんて……。


「もう耐えられない! このまま黙ってサポートチームなんて続けられない。言いたいことを言ってやる!」


 思わずで叫んでしまった。

 独り言というか……一人叫びが出てしまった。


「全く同感よね。その気持ち、よーくわかるわ。でもどうせなら、頭を使いましょう」


「え、……クラウディアさん?」


 いつの間にか『勇者選定機構』のエリートスカウターのクラウディアさんが、現れた。

 こんな備品倉庫に彼女が来るなんて……どうしたのだろう?


 ヤマト先輩をスカウトしたのも彼女だし、私をスカウトしたのも彼女だ。


 だからなのか……私と同じ気持ちってこと……?

 “頭を使う”って、いったい……?


「あなたの気持ちは、よくわかるわ。私も全く同じ気持ちよ。もう国に対して、見切りをつけるくらい怒ってる」


「クラウディアさん、何とかならないんですか!? ヤマト先輩をクビにして、追放するなんて、ありえないですよ!」


「……残念だけど……何ともならないわね。ジャスティスが、正式な勇者として認定されちゃったからね。選抜レースでのポイントに、不正があったわけではないし。そもそも選抜レースを突破できたのが、ヤマトくんの力が大きかったってことを、知ってる人自体が少ないもの……」


「そんな……『勇者選定機構』の長官や国王まで、わかっていないというんですか?」


「ええ、優劣を決めたポイント以外にも、活躍ぶりの報告が上がる。だけど、報告官がジャスティスと通じていて、手柄をほとんど勇者ジャスティスのものとして報告をしているのよ」


「だったらどうすれば……」


「あのジャスティスが正式な勇者になった以上、長官も宰相も国王も、その意向を尊重せざるをえない。私たちが何を言ったところで、尊重されるのは勇者の意見よ。残念ながら長官も宰相も国王も、真実を見る目を持っているとは言い難いからね。まぁ今後、時間が経てば勇者パーティーの不甲斐なさが出て、気づく人がいるかもしれないけど……」


「でもそんなんじゃ……。ヤマト先輩は『北端魔境』で……命を落とすかもしれないのに……」


「ラッシュ、あなた……ヤマトくんのために、命をかけるつもりはある?」


「え、……もちろんです! ヤマト先輩のおかげで、助かった命ですから」


「そう、じゃあ……私と二人でヤマトくんのところに行こう」


「え、でもどうやって……?」


「私に作戦があるの。まぁ任せて」


 なんだろう……クラウディアさんの作戦って。

 ……でもクラウディアさんだけは信用できる。

 それにヤマト先輩のところに行けるなら、それにかける!


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