第18話 心得
翌朝、俺は自宅で目を覚ました。起き上がり、布団の上で体育座りになると数分ボーッとする。そして、あの事を思い出す。
『私は楽しいという感情が存在しない』
俺はその後吹に何も言う事が出来ずに、吹は無言で風呂から出て行った。
俺はあの時どう言う言葉をかけたら……というかそれよりも感情が存在しないって、異性の同級生と風呂に入って恥ずかしがらないのは関係ないだろ!
「……とりあえず行くか」
いつまでも考えてもしょうがない。俺は考えを放棄し、外出の準備を始めた。
誰もいない1人の居間で……。
『うっ! ぐっ! 母さんやめて!!』
『もう他の子達は進化をしているのよ!? 何で貴方は進化しないのよ!!』
『……ぅ、分かんないよ』
『貴方のせいで……!!』
「寝てたのか」
俺はAPNの地下の空間で訓練をしていた。
今日は本当なら学校だったが、行く気になれなかった。昨日は学校で色々な事があったし、此処に来る途中にinfの連中に襲われた。その後は速水さんのあの話、行ける筈がなかった。
だから俺は人生初めて学校をサボって、訓練をしていた。
まず最初はランニングから始めようと思い、何周かすると5分後には息も絶え絶えになり、ぶっ倒れた。
ハッキリ言おう。
自分には近接戦闘は向いていないと。
そして、疲れ切って床で寝ていた。
自分の体力の無さ、筋肉の無さを嘆きながら。
寝ていると、扉が開く音が頭の上の方から聞こえた。
「ん、起きた?」
吹が入ってくる。吹の服装はセーラー服を着ている。学校帰りだろうか。
そして此方に近づいて来ると、すぐ横でしゃがみ込んで来る。
「……」
「? 何で何も言わない?」
吹は寝転んでいる俺を覗き込む様にして顔を近づけて来る。「何の用だ」と、いつもなら言う所だがーー昨日あんな事言われて普通でいれる筈もない。
「うなされてた」
「……」
見てたのかよ。
俺が眉間に皺を寄せたのに敏感に気付き、吹は俺の眉間を指でツンと突いた。
「嫌な夢だった?」
「……別に」
俺は徐ろに起き上がると、アイスピックを手に持ち、吹に対して半身になって構えた。
「そんな事より訓練を手伝ってくれよ」
「ん、いい心掛け」
吹はスカートをたくし上げる。太腿にはホルダーの様な物が装着されており、何本かアイスピックが装備されていた。
吹はそこから1本抜き出し、同じ様に構える。
ヒュン
俺は風を切りながらアイスピックを吹の顔に向かって突き出す。しかし、吹は顔を少しだけ横に傾けてそれを回避。俺の懐に一瞬にして飛び込んだかと思えば、顎の下から長針を突き付けられた……完敗だ。
「ん、まだ甘い」
まだ勝てるとは思ってないが、ここまで圧倒的に差が出るものなのか?
そう思っていると、吹は長針を颯太から離す。
そこで俺は、また倒れ込む様にして床に寝そべった、ら
「……俺に戦闘は向いていないのかもな」
「いきなりどうしたの?」
「こんな体力がないと、戦闘も話にならないだろ」
やっぱり『物体支配』のスキルを使わなければ俺は無力のままなのか……まだ俺が進化したとバレる訳にはいかないんだが。
俺が言った後、吹はしゃがみんこんで俺の両頬を手で引っ張る。
「貴方は勘違いをしている」
「んあ?」
「本来、戦闘は大体が一瞬で決まるものが多い。どれだけ相手の攻撃を最小限に躱し、どれだけ相手の急所を突くか、次の戦闘にどれだけ体力が温存出来るかが大事。1回の戦闘だけなら体力は必要ない」
吹は言い切ったとでも言う様に両頬から手を離して、無表情ながらも満足した雰囲気で颯太の寝そべっている隣へと座った。
1回の戦闘だけなら体力は必要ない、急所を狙って当たれば……
「戦闘は体力や筋力が全てという訳じゃない。どれだけ戦闘に勝てるか、それに尽きる」
「戦闘に、勝てるか」
俺は起き上がり、また吹に対して構えを取った。
「じゃあ、俺に勝ち方を教えてくれるって事だよな」
「……貴方にやる気があるなら」
吹は立ち上がる。しかし吹は、構えてる颯太に対して背中を向けた。
は?
俺が一瞬、呆けた瞬間。
ヒュンッッッ
「ッ!?」
俺が気付いた時には、首皮一枚の所で針先が止まっていた。
「これが戦闘に勝つって言う事」
吹の目は、いつもの無表情の顔からは考えられない程に細められている。
これが吹の本気。
ほんの、ほんの一瞬だけ吹が見せた本気に、自然と冷や汗が吹き出す。
「戦闘に勝つなら、生き残るなら、何をしてもいい、それが勝負」
さっき俺に背中を見せたのは油断させる為だったって事か。
吹は長針を引くと、いつもの無表情の顔に戻る。
「頭の中で考える事をやめてはダメ。自分の事を考えててもダメ。相手のことを考える。相手がどう動くか、相手が何を思っているかを予測する」
颯太が吹の顔を見ると、ある事に気づく。そう言った吹の口の端が少し上がっている様な気がしたのだ。
「……楽しそうだな」
口から自然と出た言葉に、颯太は口を手で覆った。
(な、何を言ってるんだ!? 昨日そんな感情ないって言ってたばかりじゃ……!!)
颯太は自分の言った言葉に、とんでもない憤慨と後悔を感じた。これじゃ彼女を傷つける、そう思った。
しかし、
「……何故?」
そう言った吹は、その後颯太と会話を交わす事なく、静かにこの訓練場から出て行った。
颯太は何と声を掛ければいいのか分からなかった。
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