夏こい

木村 まい

第1話 出会い

 それはまだ、わたしが小学校五年生かそのくらいの頃だったと思う。

太陽がバカみたいにジリジリと照りつけていて、わたしはうだるように毎日を怠けて過ごしていた。

「せっかくの夏休みなんだから、家でごろごろしてないで、プールへ行くとかすればいいのに」

 わたしが「あーーー」だの「うーーー」だの唸りながら冷房代ばかり食っているので、母もいいかげん呆れて小言を言いだした。

 プールは嫌じゃなかった。このクソ暑い湯気の立ちのぼる中、ひんやりした水につかるのは至福のひと時だ。それに体育の中で唯一水泳だけはまともにできる種目だったので、友達にも堂々と「プール行こうよ」と声をかけられた。

 ただ、学校へ行くまでの道のりと、プールから上がったあと、服に着替える時のあの気だるさが嫌だった。しかも学校のプールには更衣室はあっても肝心な個室がない。巻きタオルをかぶって着替えなくてはならない。更衣室は夏の湿気でうじうじ蒸していて、どうしても好きにはなれなかった。何より、誰かもわからない下級生や、塩辛そうな子たちも混ざって、更衣室を共用するということ自体に抵抗があった。

「あーー、うーー」

 相変わらず唸っていると、突然母がブチンと冷房を切ってしまった。

「あ」

「ほぅら、プール行ってきなさいよ。帰ったらスイカ切ってあげるから。あんた、去年だってプールのシールたったの五枚だったんだから。他の子なんか、もう何十枚もシールもらってるのよ」

「あぁ、そっか。わたし、そんなに行ってなかったんだねぇ」

「まったく、他人ごとみたいにぃ」

 母がため息混じりにぼやく。

 そういえば、去年の夏休みも同じようにうだうだと過ごしていたら、自分では結構な頻度でプールに行っていたつもりだったのに、「行きましたシール」が思いのほか少なくて、新学期友達同士で見せっこして恥ずかしい思いをした気がする。

 仕方がない。わたしはだらけた体をけだるそうに持ち上げて、のったりのそのそ学校へ向かった。


 その学校へ行くまでの通りである。いつもは素通りする花屋の前で、わたしは立ち止まった。

「うわぁ」

 わたしは小さく声をあげた。珍しい、背丈の小さなひまわりがたくさん並んでいたのである。なんてかわいいんだろう。

 わたしんちにも学校の宿題で育てていたひまわりがあったが、そいつはぐんぐん太く育ち、太陽の顔くらいはありそうな、とても大きな花をつけた。毎晩父がビールのつまみにカリカリ齧っている。だいたいよそのおうちもそういうでかくて強そうなひまわりだ。

 けれどもここに置いてあるひまわりは、なんだかすごく可愛らしい。ちょっと部屋にふたつ、みっつ欲しくなるようなこじんまりしたやさしいひまわりだ。

「それ、欲しいの?」

「えっ」

 急に話しかけられ、わたしはびっくりしてしまった。声のほうを見上げると、そこには肌の白い、黒髪のさらさらとした、まるで絵に描いたようなきれいなお姉さんが立っていた。私は少し照れながら、頭をポリポリかいた。


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