君の最期の探し物

後藤 悠慈

僕の猫

 僕は気づくといつもの秘密基地にいた。家からは結構離れていて、すぐには帰れない場所。

 一度お兄ちゃんと散歩で来て以来、何回も一人で通い詰めて、僕だけの秘密基地にしたところだ。周りに人も来ない絶好の場所。そして、僕の猫もここで出会った。お母さんが言うには、結構な年だろうとって言ってた僕の猫。僕の大親友だ。

 空を見上げると、今は天気がかなり悪くて、雨が降りそうだ。しかも、なぜか息苦しい。最初は気にしなかったその息苦しさは、次第に強くなり、最後には息も出来ないくらいまでに強くなって、辛くなった僕は、強く目を閉じた。


 ――


 目を覚ますとそこは僕の部屋。ベッドの上で掛け布団もかけずに横になっていた。起き上がって、大きく息を吸う。先ほどまでの光景は、夢だったんだと、少し安堵した。

 机の上、壁、なんだかすごくきれいに整理されている僕の部屋を出て、僕は1階へと降りる。僕の部屋に時計はなかったけど、今の時間は朝の3時頃だ。お母さんお父さん、お兄ちゃんはまだ寝てる時間だった。僕は少し迷ったが、起きてくるまで僕の猫と遊ぶことにした。いつもいるはずのハウスを覗いたが、そこには僕の猫はいなかった。キッチン、トイレ、他の部屋を探してもいない。今までこんなことはなかったから、ちょっと探しただけでもすごく不安が強くなり始める。

 このままずっと会えないってなるのが怖かった。不安と焦りが僕のお腹から足まで下りてきて、探す足取りも速足になる。それで口で息を吸うくらいに疲れてしまう。なので、その足でリビングのソファで休憩しようとしてドアを開けた。そこで目に飛び込んできたのは、ソファに落ちていたチラシ。僕は漢検が好きで塾でもたくさん勉強とかしたので、漢字は多分大体読めるが、僕のような小学生でもわかるようになのか、ひらがなでも書いてあるチラシに、「れんたんていじむしょ」「ぺっとさがします」「しょうがくせいのきみでもおはなしをきかせて」の文字。それを見た僕は、そのチラシの言葉通りに、お願いをしに行くことにした。そう思うくらいに不安感が強くなっていた。書いてある場所は僕も知っている駅で、乗り換えもなしで行けるところだった。駅から近いみたいだし、僕はクラスでも地図に強いとよく言われていたし、前の授業でも紙の地図で目的地に行く特別授業も率先してやったので、多分大丈夫だと思う。そう考えて、なけなしのお小遣いの入った財布を持って、家から静かに飛び出した。


 いつも遠出するときにお兄ちゃんと良く乗った駅。まだ朝も全然早いので、人はほとんどいない。僕はそのチラシに書いてある駅名までの電車賃を買い、そして、電車に乗った。朝早い時間の電車に乗るのは初めてで、ほとんど誰も乗っていない電車が新鮮だった。朝の少し冷える空気。それも相まってか、なんだか特別な空間にいるように思えた。秘密基地にいる時と似ていて、でも同じじゃない感じ。僕はとても好き。

 少しして、目的の駅に着く。その駅も人はあまりいない。僕は改札を出て、地図にある出口から出て、チラシの地図にある通り、丁寧に歩いた。車通りは少しあったけど、ちゃんと車道に出ないように気を付けた。

 そして着いたのは、海? 湖?に面したところにある大きな一軒家みたいな建物だった。普段見ないようなオシャレ? な家だったので、少しぼうっと見てしまったが、少しして、僕はその建物にのドアに歩いていく。


「雪! 子供のお客さんが来たよ! ほらほら待ってるよ!」

「ハイハイ、まだ朝早いんだから静かにしてよね。……あら、君って……はい、いらっしゃい、僕? こんな朝早くに、何か依頼をしに来たのかしら?」


 透明なドアを開けると、茶色でぼさぼさな神をしたお姉さんが、綺麗なお姉さんを呼び、その綺麗なお姉さんが迎え入れてくれた。まだ時間は5時ちょっと過ぎだったが、その探偵事務所は僕を迎え入れてくれた。受付に居た綺麗なピンク色の髪をしたお姉さんは、僕のそばまで来て、しゃがんで話を続ける。


「何かを探してほしいって顔、してるよ? そうなんでしょ? ん? お姉さんに話してみなさい!」

「あ、えっと、その」


 積極的に話しかけるお姉さんに圧されて、しどろもどろになってしまう僕。その時、奥の方からも声がした。


「やあ、おはよう雪。そこの小さな依頼人は僕のお客さんだよ。だから、冷蔵庫から特性ジュースでも持ってきてほしいな」

「あら、そうだと思った。しょうがないな。もっとお話ししたかったけど、分かったわ。用意して持ってく」


 その人は多分20歳くらいの男性で、すごく爽やかな声をしていた。黒と金が混ざった髪がすごく目立っていて、少し気を取られていたが、錬と呼ばれたその人が、僕の手を優しく握って、「部屋まで行こうか」と言って、ゆっくりと、1階の部屋まで連れて行ってくれた。


 ふかふかのソファに座って、部屋を見渡す。そこはシンプルな部屋で、僕の今日の部屋みたいに整理されていた。向かい側に錬お兄さんが座り、笑顔のまま、話しを始めた。


「さて、小さな依頼人さん。どんな依頼をしたくて来たのかな。とても早起きをして、とても偉いと思うけど、でも、ここに来たと言うことは何か、大事な探し物が会あってきたのかな」

「う、うん。そうなんだ。あのね。僕の、僕の猫を探してほしいんだ。大切な親友だから、見つけたいんだ」

「なるほど、飼い猫探しだね。そっか、君にとって、とても大切な猫さんなんだね。分かった、一緒に探そう。どんな猫なんだい?」

「えっと、あ、写真とか、持ってきてない……ごめんなさい」

「ううん、謝らないで大丈夫。それじゃあ、申し訳ないけど、君も一緒に探しに行こう。僕たちが色んな猫さんを見つけるから、君の猫か、教えてくれるかい」

「うん、分かったよ。そうしよう」

「よし、それじゃあ、強力な助っ人も用意しよう。おいで、猫」


 錬お兄さんがそう呼びかけると、するりと僕の足元に猫がやってきた。茶色の毛が目立つその猫は、僕の脚に頭を擦り付けていた。ゆっくりと手を伸ばすと、猫の方から頭を近づけ、猫の方から頭を動かして、撫でまわす。


「か、かわいい……」

「その子はうちの事務所の猫だよ。とても頭が良くてね。同族の猫探しの時はいつも一緒に行動するんだ。仲良くしてあげてね」


 錬お兄さんがそういい、ソファから立ち上がる。それと同時に、ドアからコンコンと叩く音が聞こえ、先ほどの雪お姉さんが顔を出した。手にはオレンジジュースを持っていた。


「錬。お客さん。朝から大変ね」

「大丈夫。想定内だよ。――さあ、君はこのジュースを持って、隣の部屋で、猫と一緒に少し待っていてくれないかな。このジュースが飲み終わったら、探しに行こう。良いかい?」

「うん、分かったよ。待ってる」


 僕はそのジュースを受け取り、錬お兄さんが開けてくれた隣の部屋に移動した。足元には常に錬お兄さんの猫がぴったりとついてくれている。まるで、僕の猫を思い出してしまう。

 部屋のソファに座り、錬お兄さんの猫が隣に飛び乗って僕の方を見る。僕はジュースを飲みながら、不意に、その錬お兄さんの猫に向けて話し始める。


「僕の猫はな。大親友なんだ。僕の秘密基地に来た奴だったんだよ。ニャーニャーって、腹をすかしてたのか、今の君のようにすり寄ってきてね。お菓子をあげたんだ。半分こしたんだよ。そしたら、さっきの君のように、僕の脚にすり寄ってきた。撫でてやったら、そのまま寝たんだ。それから、僕と、僕の猫は大親友になったんだ。最初はお母さんとお父さんは起こってたけど、兄ちゃんも話してくれて、家で飼うことになったんだ。お母さんは、年寄猫さんって言ってたな」


 錬お兄さんの猫は静かに僕の言うことを聞いてくれていた。その時、ジュースを飲もうとしたら、隣の話し声が少し、聞こえて、その声が聞き覚えのある声に気づいた。


「あれ、もしかして、お母さん? なんでここに来たんだろう。まさか、勝手に家を出た僕を探しに来たのかな……もし見つかったら怒られちゃうかも……でも、僕の猫もいないし、もしかしたら、僕の猫を探してほしいって、言ってくれてるのかな」


 また錬お兄さんの猫に向かってそんなことを言う。今までは似たようなことで家を勝手に出て、探してきたことはあったけど、今日は絶対に僕の猫を探すまでは帰らないぞ。そんな気持ちを強くもって、隣の話し声を聞くのが怖くなり、ジュースをぐいぐいと飲み干した。味は100パーセントオレンジジュースで、僕の大好きなジュースだったので、お代わりが欲しいくらいにおいしかった。


「やあ、待たせたね。よし、それじゃあ、行こうか」

「う、うん。でも、さっき、お母さんの声が聞こえて……」

「ああ、そっか、そうだね。うん、お母さん来たんだよ。それで、君と同じで、飼い猫を探してほしいって言ってたんだ。だから、任せてくださいって言っておいたんだよ。だから安心してね。お母さんたちは一緒には来ないから」


 飲み干してから少しして、錬お兄さんがドアから出てきた。背中にはリュックを背負い、手には大きめのタオルが何枚か持っていた。そして、そのうちに1枚を、錬お兄さんの猫に羽織らせる。


「なんで、お兄さんの猫に着せるの?」

「それはね。この子は寒がりだからさ。もう9月も後半、夏は終わりで少し気温も低くなっていくし、それに今日は昨日より気温は低めで、歩いて汗もかくだろうからね」


 そう言って、白い着物に着替えた錬お兄さんの猫と、リュックを背負った錬お兄さんと僕とで、僕の猫探しが始まった。

 

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