第37話 決意を固めて


「竜族の反乱……!? そんな!! まだお兄様を魔王として認めないって言うのッ?!」


 ファルルが驚愕の声を上げた。

 ボクにとっても初耳ではあるけど……それに至る経緯はシャドルトからざっくりだけど聞いていた内容ではある。先代魔王とその仲間達が人間達に敗北し、その後継者として堕天使族のエノディア様と、竜族の若者が雌雄を決する戦いの末に、エノディア様が魔王となったのだと……

 ボクは周りに居る魔族の反応を見渡し、状況を把握する。ウルフィですら……流石にその話に驚きを隠せてはいない。つまりはおそらく彼も初耳なのだろう。そうでなければ事前にボクと一緒の際に少しくらいはそんな会話になったはずだから。


 そしてウェドガーさんが淡々と話を続ける。


「そうですな。敗北を認めぬ中で……彼ら以外の魔族がエノディア様を魔王と認めたことに、プライドの高い竜族は我慢ならなかったと見受けられますな。

 それに反乱、戦線布告においてはつい最近のことではありましたからな……竜族曰く、『脆弱なエノディアに魔王を名乗る資格なし』と」


「何よ! お兄様に負けたくせに……そんなの負け惜しみじゃない!!」


「ふむ……その通りですな。さらに付け加えるならば、『竜族こそ魔王に相応しき一族』だと息巻いておるようですな、エノディア様に組みする者達を力で捻じ伏せ、従わせ始めている」


 それは反乱と言うよりも、内乱と言っても過言ではない。魔族同士のいざこざ……権力争いの域に足を突っ込んでいる。


「竜族ってのは不屈の戦士なんだワンねえ……」

「うむ、良く言えばそうであろう。悪く言うなら諦めの悪いわからずやどもとも言える。

 ……とは言え、彼ら竜族を魔王軍に引き入れるのはこれから人間達との戦いにおいて不可欠ではあるのだが……もはや争っている場合ではないのですがな」


 ウェドガーさんの言葉に、ウルフィが反応する。

 まさしく言葉通りの理由、エノディア様による魔王政権への不満だ。


「……ウェドガーの言う通りだ」


 魔王様が言葉を発する。


「余がロクスに謁見を許した理由の二つ目を言っておこう。つまり新生魔王軍の最高戦力として──『闇の精霊を従えし者』を余の使者として竜族に向かわせようと考えている」



 竜族と聞いてボクが想像するのは、いつぞやのレッドドラゴン。巨躯の身体を持ち、鋭い爪と刃も通さぬ鱗に覆われて口からはブレスを吐く──そんな世界で最強の魔物が意志を持ち反乱を起こすとなれば、世界が崩壊するほどの大問題だ。


 その一大事を解決し、竜族を従わせて魔王軍に引き入れることは魔王としては当然の思惑、理に叶っている。

 加えて、ボクからしたらこれは魔王軍の一員として功績を挙げる機会でもある。


 ──と、ボクが大人なら、武者振るいすることなのだと思う。

 だがボクは正直なところ戸惑っていた。魔王様の配下として認められたのも束の間で、唐突に魔王様から発せらた『使者』として任命されて、その上『最高戦力』だなんて……過大評価もいいところな気がするのだけど……

 すると──その思惑を察したかのように、ファルルが口を開いた。



「ロクスを使者に? 竜族のことを何も知らないで……危険だと思うんだけど……」


「……何も知らないのは竜族も同じことだ、ロクスが闇の精霊を従えていることも、な」


 声をあげたファルルに魔王様が続ける。


「余が魔王として各地へ結界を張る為にこの地を選んだのは、ここが大地の気が集まる力の中心地であるからだ。余の結界力も増幅されるが、余がこの地を離れ動けば当然結界を弱めてしまう。ただでさえ聖騎士により余の結界を破られたのはファルルも知っておることだろう? 余はこの地を離れる訳にはいかん。

 ……ならば、聖騎士を打ち倒し、そしてまた聖剣を折った者が余の配下として、使者として竜族の元へと向かわせたならば奴らも少しは話を聞く気になるのではないか? もっとも──」


 そして、一片の曇りもない眼を向けられ。



「──ロクスが竜族と対話する勇気があるならだが、な」



「……勇気、ですか」


 試されている気がする。

 これを受ければ失敗は許されない。

 かと言って断るという選択をするつもりもない。


 ……いや。

 そもそも、魔王軍に入るということは戦いの世界に身を置くことである訳だし、ボクにとって都合の良い世界が待っているわけでもない。


 ……それに。


 もう後へは引けないし、前に進むしかないんだ。戸惑いはいつしか消えて──不思議とボクは落ちついていた。


 そう、それこそ運命を受け入れるかのように。

 シャドルトが言った『魔王軍は弱い』の言葉を真逆のものとする為にも、ボク自身が強くなる為にも──立ちはだかる壁を乗り越えていくしかないんだ。たとえ竜族が強大な力を持つ魔族だとしても、彼らと接触するのは遅いか早いか、それだけだ。


「さすが魔王様だワンねえ、それは良いアイデアだワン」


 恐ろしく無謀な提案、それに賛同を示す能天気な魔族が一人。白狼……ウルフィが割って入る。


「オレ達どの魔族が竜族と話そうともワンよ? たぶん話し合いにすらならないワン。それどころか反発が起こって収集つかなくなる可能性もあるワンし……。

 となると、聖剣をぶち折った勇敢な戦士が竜族と対談するのが一番彼らの波を立たせないワン」


 すると、ふむ……と続けてウェドガーさんがボクを見据え、口を開く。


「竜族がロクスの言葉に耳を傾けるなら、という前提ですがな……もし彼らの闘争心の炎に油を注ぐようならば、同族同士の争いも再び避けては通れませぬな」

「……!」

「……」


 諭すような物言いの後、俯き加減の周囲にいる魔族たちを他所に、魔王様が口を開いた。


「……最優先すべきは、『竜族を味方にできるかどうか』だ。これ以上人間たちに好き放題されぬ為にも、な」


 そうして、魔王エノディア様はボクに問いかける。見定めるように──そして同時に、期待を込めるような目を向けられると。


「故に、其方に問う。……頼めるか、ロクス」


 魔王軍一員として、魔族として魔王エノディアの片腕たる者を目指すならば見事に成してみせよ、そんなメッセージを込めた問いかけに、ボクは決意を込めた瞳で魔王様を見つめる。


 そうして、ボクは頷いた。ボク自身の能力に自信は無い、それでも……魔剣ソウルイーター、闇の精霊シャドルトが『やりなよロクス、私がついてる』と言ってくれたし──ならば迷う必要などあろうはずがないんだ。


 頷き返し、魔王様へと顔を上げボクは告げる。


「──その御命令、しかと承りました」



 と。


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