ヒーローの資格はどこで受講できますか

 子供の頃からヒーローに憧れていた。

 

 きっかけは朝のテレビ番組だったと思う。細かい部分はいまとなっては忘れてしまったが、よくある勧善懲悪物だったはずだ。悪役がいて、正義の味方がいて、そしてハッピーエンド。誰かが困っていたらいつだって助けてくれて、みんなを笑顔にする。そんなヒーローが登場するよくあるテレビ番組の主人公に憧れていた。

 特に珍しい話でもないだろう。ヒーローは存在すると信じていたし、いつかそうなれると本気で思っていた。

 別にそれ自体は僕だけに限った話ではなく、ごくごくありふれたものだと思う。

 でも、大きくなるにつれてみんなヒーローの存在を疑いだす。

 当然ながらこの世の中に怪物はいなく、正義の引き立て役となる完全な悪役もいなく、困っていたら助けてくれる人もあんまりいない。あくまで物語に沿った役割の一つなんだと成長するに従い学んでいく。

 つまりは、みんな「大人」になっていく。


 そんな「大人」になってしまった人たちを見ながらも、どうしてもヒーローというものに対する憧れを捨てきれずにいる者だっている。

 まぁ僕なんだけど。

 もちろんこの世の中にヒーローなんてものは存在しないと理解もしていたし、憧れも、小さな頃に思い描いていた理想からははるかに色褪せた、純粋とは程遠いものであったが。それでも心の中では諦めが付かず悶々とした日々を過ごしていた。



 人生の転機が3回あった。


 1度目の転機はヒーローがいないのなら自分がそれになればよいと考え、真似事を始めたことだ。

 子供の頃の純粋な気持ちが裏切られた結果、子供ながらに考え出した単純明快な答え。

 困ってる人がいれば話を聞き、助け、感謝される。

 まったく難しい話ではなかった。困ってる人なんて世の中にたくさんいるし、それを解決すればその人にとっては、まるでヒーローが現れたかのようなものだろう。

 問題があるとしたならばそれは自分自身だ。

 なんというか、自分が求めていたものとは違うと感じてしまったんだ。

 その時はどうしてそう感じるか分からなかったが、活動を続けていくうちに段々と気づいてしまった。

 結局のところ僕は正義の立場になりたかったんだって。

 人を助けることを目的としているわけではなく、悪役という明確な敵をやっつけかっこよくポーズを決めたいという、ただただ自己中心的な正義のヒーローに。

 その淀んだ欲望に気づいてしまってからはいままでの自身の活動が全て穢れたものに思えてしまって、徐々に人助けを自主的にすることがなくなってしまった。

 いまであれば別にそんな気にすることでもなく「助けられた人が感謝してるんだしいいんじゃない?」と軽く流すこともできるだろうが、その時は子供だったし仕方のない話だろう。理想に完璧でありたかったという純粋で無知な時代は誰にだってあるだろう。あるはずだ・・・。

 まぁ、そんなこんなで自身の思い描くヒーロー像が実はろくでもないものだと自覚した少年は、気持ちに折り合いをつけることができず、機会が訪れるまで心の片隅に封印してしまったとさ。


 2度目の転機はそこから十数年後、小学校も中学校も高校も卒業し、大人としての歩みを少しずつ進めていた時だった。

 これといって目指している将来がなく、学びたいと思えるものもなく、近所のコンビニで細々とアルバイトをしながら人生を無為に過ごしていた僕はとあるニュースを目にする。


 街中に怪物が現れたと。


 曰く、その怪物は真っ黒な塊であり赤い眼のようなものがついている

 曰く、その怪物はこれまでに複数確認されており建造物をすり抜けながら徘徊している

 曰く、その怪物の近くだと気分が悪くなる。触れられると正気を失う


 はじめは何をいっているかわからなかったし、バラエティ番組でも間違えて流してしまったかもしれないとあまり正気にとらえることはなく色々とチャンネルを回していた。しかしどの番組でも怪物のことで持ち切りになっているのを見て、もしかしたらという期待と不安が押し寄せてきた。

 そして、それらの報道が本当のことだと分かったときの興奮はいまでも言葉では伝えきれないだろう。

 不謹慎にも僕は歓喜してしまったのだ。

 ニュースのキャスターが被害を報告し、その怪物に対しての様々な試みが報道される中、僕はこの降って湧いてきた非日常のこれからに胸を膨らませていた。

 悪役が現れた。

 誰もが明確な敵だと認識できるような完全な悪役が。

 子供の頃に描いていた世界が今になって現実へと飛び足してきたようで、その日はしばらく寝付くことができずに色々と妄想をしてしまった。

 怪物が出てきたなら次はヒーローの登場だ。

 

 常人では太刀打ちすることのできない強大な敵。

 何もできず助けを求める民衆。

 そしてその声に応えて邪悪を打ち滅ぼすヒーロー。

 

 こんなお膳立てされた舞台に上がりたくない人間なんているだろうか、いやいない。

 もしヒーローになれたなら・・・いや、自分のような自己中心的なヒーローではだめだろう。せめて他の誰かがヒーローとして現れたなら、僕は喜んでその人の助けになることをしたい。

 主人公じゃなくてもいい。ただその近くで活躍を見ていたい。

 1度目の転機によって封印されていた思いは2度目の転機によって形を変え、心の中でまた叶う日を待ち侘びることになった。


 世間を大いに騒がせ、今もなお脅威をふるい続けている謎の怪物。その被害は留まることを知らず、またどのような対処を試みても効果的なものは見つからず、新たな災害として名が浸透し始めていた。

 

 『ワンダラー』


 いつ現れるかもわからず、いつの間にかいなくなる。何を目的としているのかもわからず生物と定義してよいのかも曖昧なこの存在は、誰が言い始めたのか、いつからかそう呼ばれることとなった。

 その存在は日本だけに限った話ではなく、世界中のあちこちで目撃され毎日のように話題にされることとなり、全人類にとっての大きな壁となって君臨することとなった。


 三度目の転機は、そんな怪物が現れてしばらくしてから訪れた。

 被害者が増える一方で収まる気配をまったく見せない怪物の目撃報告。人類の未来に暗雲が立ち込めたそんな中、とうとう『ワンダラー』を倒すことができる存在が次々と現れたのだ。

 人類が待ち侘びたその存在は、今までに試されたどのような武器でも痛痒に感じさせることすらできなかった怪物をものの数分で消滅させ、襲われていた人々を救ったという。

 それは間違いなく、人類の味方であり待望されていたヒーローの登場だ。

 歓喜のあまりそれがデマであるかどうかなど疑うこともなく一目散に様々な媒体を使い調べれば、僕と同じような行動をしている人が大勢いるのか、目撃情報から役に立たなさそうな伝聞までもがたくさん集まってきた。あまりの情報過多にどれが本当のことでどれが間違ったものか正確なところはわからなかったが、なんとかヒーローに助けられた人たちからの情報であろうものを抜粋し、共通しているものをまとめあげた。


 曰く、そのヒーロー達はまるで魔法のようなものを操り怪物を退治した

 曰く、そのヒーロー達はカラフルでファンシーな服装をしていた

 曰く、そのヒーロー達は共通して女性であった

 曰く、曰く、曰く、、、、、


 情報を整理しているうちに途中からおかしいなと思い始めていた。

 なんというか、これは僕の先入観の問題でもあるのだろうが、ヒーローと聞いて真っ先に思い浮かべたのは変身してバイクにのって駆け付けたり、カラーリングの様々なスーツを着て戦ういわゆる特撮系を考えていた。

 魔法のようなものを操る。まぁ魔法が攻撃手段のメインとなる作品もあるし分かる。

 カラフルでファンシーな服装。カラフルはわかるがファンシー・・・?どちらかといえばピチッとしていたりもしくはゴツゴツとしたいかにも戦闘服といった感じではないのか。

 共通して女性である。おかしい、ヒーロー物に男性も女性も関係はないがそれでも女性のみなんてことあるのか・・・?というかそれはもうヒロインでは・・・?

 突きつけられていく現実に薄々とヒーローがどんな存在なのか察しがついてきてしまったが、それでも諦めきれずにネットの海を泳いでいると一つの写真を見つけた。

 どうやらヒーローに助けられた人が撮影したものらしく、賛否がありながらもどんどんと拡散されていっているものだ。

 良心からかもしくは別の原因からかは不明だがその写真に写る少女の顔はモザイクがかかっており、どういった表情をしているか判別ができないが、自身の数倍ある怪物へと対峙しながら魔法らしきものを発している姿が撮影されていた。ピンクと白を基調としたフリルまみれの服。同じく派手なピンクで染まった髪の毛。動くときに邪魔じゃない?と聞きたくなるほど長いリボンが巻かれたスカート。どういった用途があるか見た目からは判断のつかない謎のステッキ。

 写真を見た人々はその少女をこう呼んだ。


 『魔法少女』と。


 まぁ・・・うん。そうなんじゃないかなーとは思った。

 そもそも確認されているのが女性のみという時点でそんな感じはしてた。

 この振り上げた歓喜の拳はどうすればいいのだろうか。

 魔法少女だって同じようなものなんだから何がいけないんだって?

 その言い分は概ね正しい。

 強大な悪に立ち向かう姿に感動もしたし、困っている人を助ける志はまさにヒーローと言えるだろう。

 僕ですらそう思えたのだから怪物に恐怖している人々にとってはなおさらだろう。

 でも、違うんだ。

 僕の理想のヒーローは魔法少女じゃダメなんだ。

 だって、だって・・・。


「それじゃ僕がヒーローになれないじゃないか・・・」

 

 結局のところ僕は理想を捨てきれないでいる自己中心的な人物でしかなかったわけだ。




 まぁ、そういった様々な経験をして僕が成長した事柄を『転機』と表現――本当に成長できているかは怪しいところではあるのだが、してきた。

 『魔法少女』が現れたのならば他のヒーローだって現れたっておかしくないじゃないか、と探してまわったりもしたが、結局それで辿り着いたのはデマだったり詐欺だったりロクでもないものだったので、心の中の闇が深まるような気がして積極的に探すようなことがなくなってしまった。

 自分はこれから先もヒーローになれることも、会うこともできず生涯を終えてしまうのだろうか。

 まだまだ先は長いはずの人生に絶望してしまうくらいには視野が狭くなっていた時に、4度目の転機とでもいうべき事件が起きた。

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