真実

「ちょっといいかな」


 そう言いながら、カフェ光芒のマスターが僕らに近づいて来た。白いヒゲと綿の白エプロンがとても似合っている。


「はい。これは僕からのサービスだよ。うちは珈琲も力をいれているけど、このココアも人気なんだ」


「「えっ、、いいんですか!? ありがとうございます!」」


僕らは、声を揃えてマスターにお礼を言う。

一口飲んでみると、絶妙な甘さの中にしっかりと芯が通ったカカオの香りが体中を駆け巡る。


「「美味しい!!!」」


またもや二人揃って同じ言葉を叫んでしまうとマスターは、ちょっと照れた笑顔を僕らに向けた。


「悪かったね。話の途中で入り込んで。カウンターにいたら君たちの話がちょっと聞こえてね。いつもならこんなお節介なことは絶対にしないのだけど。実は、さっき二人が話していた事に、思い当たる節があるんだよ」


 僕たちはマスターの顔を見つめている。


「えっと、君の名前は・・・」

「僕は、妹尾 といいます。こちらは、神田さんです」

「そうか、妹尾君のカメラにはもしかしてY.Sとイニシャルが刻印されていないかい?」


 僕は、驚愕の余り顔が強ばっていく。


「やはり、そうなんだね」


 僕は、ゆっくりと頷く。


「そうか、やはりね。あのライカが君の手にね・・・」

「あの、このライカに何かあるんでしょうか?まさか、祟られているとか?」


 マスターは、隣のテーブルの椅子を引き寄せるとゆっくりと座った。


「いや、僕も全てを知っているわけではないんだよ。ほら、僕の店には、カメラや写真愛好家が多く訪れるしね。実は、その常連の一人から大昔聞いたことがあるんだ。”未来を告げるライカがある”という話をね・・・。但し、手にできるのはイニシャルがY.Sの人にだけ、それも数億分の一の確率でないとこの世に出現しないということだったな・・・」


「そ、、そんなカメラが今、僕の手に!?」


 改めてカメラを見つめる。本当にこのカメラがその噂のカメラなのだろうか?まだ半信半疑の僕の様子をみて、マスターがさらに話し出す。


「妹尾君は、このカメラを何処で手に入れたんだい?」

「はい。新宿西口のヨドハシカメラの向かいにある泊師堂という小さな中古カメラショップです」

「ん?泊師堂?そんなカメラ屋あったかい?僕はもう新宿界隈に四十年はいるけど聞いたことないな」

「確かに、僕もいままでその中古カメラショップのことは聞いたこともなかったです。でも、小さい店でしたけど中古品が所狭しと置いてあって、、。とにかく圧倒されるくらいの展示量でした」


 マスターは天井を見ながらその店の場所を考えているようだ。


「そうか、まあ、僕も知らない店はあるかもしれないからね。では、話を戻そう。その常連さんが言うには、未来の写真を受け取ったものは、過去を大きく変えては駄目だというルールがあるらしい。それはどういうことか?説明するのは難しいんだけど、こういうことだと思って欲しい。例えば、バス停でバスを待っていた男性に車が突っ込んで来て、その男性が大怪我をするというケースだ。もし、その男性が、事前に車が突っ込んで来る日時が分かっていたとしても、その日その時間に絶対にバス停には行かねばならない。その上で、最悪の事態を避けるように行動する。それが出来た人だけが、結果的に未来を変えることになるということなんだ。わかるかい!?」




 カフェ光芒を後にした僕と彼女は、新宿駅に向かって歩いていた。時折吹いてくる冷たい風が僕を少し冷静にさせてくれる。


 マスターが話してくれたことは、にわかに信じられないものだった。だが、僕はすでにこのカメラで撮られた二枚の写真を実際に見ている。きっと真実なんだろう。

 神田美依由、彼女に危険が迫っているのは事実なんだ。そして、その彼女と僕は、将来なにか関わっているのかもしれない。だから、彼女を助けるようにとこのカメラが僕に伝えているのだろう。


「これから、君の家まで送っていくけど少しだけ寄り道してもいいかな?」

「え、、いいんですか?こんなにご迷惑をお掛けしているのに、、」

「ここまで事情を知っていながら、一人で帰すことは出来ないよ。それに、ほら、君が利用している駅と僕のアパートの最寄り駅は同じ路線だと分かったから苦でもないしね。だから気にしないで」


「ありがとう」彼女は僕の袖の端を握ると俯きながら呟いた。


 きっと、怖くてたまらないのだろう。もしも自分が、近い未来に死にますよと言われたらどれだけ怖いか・・・。今も冷静に会話が出来ている彼女の精神力を褒めなければならないと僕は思っていた。


「実は、このカメラを買った泊師堂に行って、店主に聞いてみようと思って」

「そうですね。行きましょう。私も色々とお聞きしたいです」


 僕らは、新宿西口に向かう地下通路を歩く。制服ではない彼女は少しだけ大人びて見える。さっきもそうだが、そんな彼女に熱い視線を送る男達が多い事に僕は辟易していた。僕も歩いている時、知らず知らずにこんな視線を女性に送っているのだろうか?注意しないといけないな。


「そこの角を曲がるとすぐにあるから・・・。えっ!!!!」


 昨日、確かにあった場所に泊師堂という店はなかった。

泊師堂があったそのビルの一階は、煮干しスープのラーメン屋になっていた。


「まさか、、、、。あの店は幻だったというのか?あの店主は?」


 僕は立ちすくんでしまった。


「あの、、大丈夫ですか?」


 彼女の言葉でハッと我に返る。


「ご、、ごめん。店が、ないんだよ。店が・・・。昨日は確かにここに合ったんだ」


 彼女は、さらに力を入れ僕の袖を握ってくる。


「これで、決まりましたよね。このお話しは全て真実だと」

「そうだね。ならば、僕がやる事は一つ。絶対に君を守ってみせる」


彼女は僕の顔を見上げ、目を真っ赤にしながら「ありがとうございます」と呟いた。




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