柊二の決心

 病院に着くとすぐに真琴さんが駆け寄ってきた。


「香澄、、今、手術中なの」


 すでに電気も消えた待合室に僕らはただ座って待っているしかなかった。

非常口を示す緑の明かりが無性にこの部屋を冷たく感じさせる。

この建物全てに、僕の大事なものを奪い去る魔物が漂っているように感じるのだ。


 婦長さんに聞いたところ、香澄の状態は運ばれてきた時からずっと予断を許さない状況であるということだった。僕は、まだ冷や汗が引かない。そして、両腕がかすかに震えていた。


「井吹香澄さんの関係者の方はこちらにどうぞ」


 約三時間程経った後、先ほどの婦長さんが僕らを呼びに来た。

 入った部屋には、今手術を終えてきたであろう医師が椅子に座っていた。


「単刀直入に言います。手術はなんとか成功しました。刃物は心臓と肺をずれてささっていました。そこは本当に運がいい。ただ、出血が多かったことによる出血性ショックにより、今も意識は戻っていません。そう、、もう少し早く発見されていれば、まだ打つ手はあったと思うのですが、、、。だから、しばらく様子をみるしかない状況なんです。しかし、このまま意識不明のままとなる可能性が高いことは覚悟しておいてください」


 僕らは、言葉無く部屋を出た。そして、集中治療室に移された香澄を硝子越しに見る。なんだか嘘みたいだ。もしかして、悪い夢をみているだけなのではないか?


「柊二君、、、しっかりして、、。君が諦めたら香澄は絶対に助からないよ」


 真琴さんは、我慢していた涙を止めることなく流している。

 そうだ、僕が必ず香澄を助けてみせる。そして、二人で幸せに生きて行くんだ。




 それからどれくらい時間が経っただろうか。

「香澄ちゃんは?」と女性が近づいて来た。それは、僕と香澄の同級生の坂田美穂だった。香澄と坂田はいつの頃からか意気投合したらしく、ここ数ヶ月、買い物に行ったり、ランチを食べたりと仲良くしていたようだ。


「坂田じゃないか、、」


「真琴ちゃんから連絡貰って、、。居ても立っても居られなくなって、、。で、香澄ちゃんはどうなの!?」


「香澄?うん、、、かなり厳しい状態だそうだ。だが、僕は諦めない。諦めないよ…」


「そうだよ。香澄ちゃん、柊二君と付き合うことになったって凄く喜んでいたもの。きっと彼女自身の力で頑張ってくれると思う」



 僕らは暗い廊下のベンチに力なく座っている。最悪の事態を考えてしまい、誰も言葉を発することが出来ない。それくらい酷い状況なのだと改めて認識していた。


「あのさ、、今日は、もう僕らはここにいてもやれることはないと思うんだ。だけど、僕はまだ香澄のそばにいたいからもうしばらくいるつもりだ。君らは家に戻ってくれ。なにかあればすぐに知らせるから」


 真琴さんと坂田は、「私もまだいる」と言っていたが、僕の気持ちに気づいたのか、何度もこちらを振り返っては出口に向かって歩いて行った。


 そして、一人になった僕は両手で顔を塞ぎ思いっきり号泣した。

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