第2話 黙祷

 約1時間後、再びノックが鳴り響き、患者様のご遺体と先輩技師、看護師が入室した。


 最初に患者様のご遺体をストレッチャーから解剖台に移動する作業は、実習生である私達も、お手伝いした。


 「いち、にぃの、さん!」…と、声を掛け合って患者様を解剖台に移動する。


 40代半ばの患者様……ご遺体は想像以上の重さだった。 その上、冷たい。 ふと見ると、背中側の皮膚の色が紫色に変色している。


 ……既に『死斑』が出始めているのだ……。



 準備が出来たタイミングで、看護師が退室し、先輩技師が内線電話で執刀医を呼んだ。


 実習生の私達は、ご遺体の足元に移動した。



 執刀医の先生は、若い女医さんだった。


 「実習生さん? 時間かかっちゃってごめんね……。 娘さんが離してくれなくてね……」


 

 私達はかしこまって、無言で深謝した。


 

 先生の合図で、全員で黙祷する。


 私は『しっかり勉強させて頂きますから、どうか家族を連れて行かないで下さい!』……などと、今考えると、随分と罰当ばちあたりな事を、真剣に願っていた。



 「では、始めましょう」……先生が仰った。



 先輩技師が「じゃあ、これから『正中切開』するから、患者様の腕を開いて」……と言った。



 患者様は、胸の上で指を組んだ状態だったので、私と川崎君は患者様の両脇に移動して、腕を掴んで開こうとした。


 ……が!


 固くて腕が上がらない!


 指を組んでいるせい? ……かと思ったが、そうでは無い……。


 死後硬直していたんだ。


 川崎君も必死で腕を離そうと頑張っている!



 『ボギッ』……っと音がして、私は思わず声にならない悲鳴を上げて後退あとずさりした。



 先輩が「患者様は痛くないから大丈夫!」と、真面目に言った。


 ……多分、先輩も同じ思いをしたのだろう。


 今でも、あの時の患者様の冷たさと、腕に伝わった感触は忘れられない……。

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