第26話:クッキー屋の社長、差し伸べられた手に感謝する

 どれだけ頼み込んでも、泣きついても、土下座をしても、山尾先生はついてきてくれなかった。


 鬼だ。薄情者だ。弱虫だ。

 厳つい顔したビビりめ。


 運転しながら、思いつく限りの悪態をつく。

 絶対本人には言えないけど、空気に向かってなら言えた。


 カーナビが目的地にはもうすぐ着くと教えてくれる。


 周囲はいい感じの田舎だ。

 イメージ通り。期待を裏切らない。


 あれから日向さんについて調べたが、スゴイとしか言えない経営者だった。

 

 受け継いだ会社ではなく、自分で創業した会社を数年で上場させ、業績は売却するまでずっと右肩上がり。

 売却後も上がり続けているところ見ると、組織づくりと人材育成に力を注いでいたことが分かる。


 会社で大切なのは、結局この2つだ。

 どれだけ立派な事業を立ち上げても、組織と人を育てられない会社に先はない。


 出資を拒否られたらアドバイザーをお願いしてみよう。

 給与をいくら出せばいいか想像もつかないけど。

 

 なんてことを考えたら、目的地に到着した。

 車はお店の駐車場に停めさせてもらう。


 緊張する。ヤバイ。

 必死にプレゼン考えてきたけど、自信なくなってきた。

 山尾先生が余計なことを言うからだ。


 今度は心の中で先生の悪口を言いまくる。

 

 フゥ、ちょっと落ち着いた。ありがと先生。



 意を決して店内に入るが誰もいない。

 ショーケースの上に置いてあったベルを鳴らしてみた。


 奥から出てきたのは、オレよりも身長が高くてガタイのいい、同い年か少し上ぐらいの男性。


 極道には見えないが、堅気にも見えない。

 違う世界で、似たような修羅場をくぐり抜けていそうだ。


「はじめまして。五月雨です」

「日向です。山尾さんから話は聞いています。どうぞ」


 店舗と住居はつながっているらしく、廊下を歩いた先のリビングへ案内される。


「コーヒーは大丈夫ですか?」

「あっ、はい。ありがとうございます」


 なんだ。いい人じゃないか。

 愛想はないけど高圧的じゃない。

 もっとこう、相手を委縮させる感じの人かと思ってた。


「出資の話だと伺いましたが」


 雑談はしないタイプか。

 それなら単刀直入に申し出よう。


「おっしゃる通りです。10億の出資をお願いできないでしょうか」

「大金ですね」


 10億を大金だと思える金銭感覚。まともだ。


「出資の理由を教えてもらえますか?」


 これまでの経緯をかいつまんで話す。


「経営状況は問題ない。経歴も公表している。銀行は無理でも出資したい会社は多そうだが、なぜ私に出資の依頼を?」


 日向さんの言うとおり、出資したいという会社はたくさんいた。

 真っ当な企業から怪しい企業まで、それはもう色とりどり。


 それぞれに出資をお願いしていれば10億は集まっただろう。

 だがそれだけ会社を切り刻まれるリスクも負うことになる。


「あなたが規格外の資産家で、私の会社を乗っ取る可能性は低いと考えたからです」

 

 弱った相手に鞭打つ人間の恐ろしさをオレは知ってる。

 だからこそ、手を差し伸べてくれたあいつへの恩は一生忘れない。


「世界中に“ichigo”を広めたい。この名前を知らしめたい」


 頭を深く下げる。


「どうか、あなたの力を貸してください。お願いします」

 

 頭を下げたままでも、空気の揺れで分かる。

 

 日向さんが口を開いた。


「分かりました。出資しましょう」

「……ッ!!ありがとうございます!」


 詰めていた息を吐き出すと、緊張で固まったが体から力が抜けて、イスから転げ落ちそうになった。


 あぶないあぶない。

 しっかりしないと。


「金は出すが口も出さない」

「はい」


 助言はしないということだろう。

 知見も借りたいと思ったが、それは望みすぎだ。


 もう一度、日向さんが口を開く。


 何を言われるのかドキドキする。


「私もあなたのブランドが、世界に羽ばたく姿を見たい。応援しています」


 オレは人に恵まれすぎている。

 どうしてこう、手を差し伸べてくれる人が多いんだろう。


「ありがとうございます。必ず、実現します」


 差し伸べられた手を掴み、固く握手を交わした。



 後日、日向さんから返送された書類を山尾先生に渡す。


「本当に出資してくれるとは。それも破格の条件じゃねぇか」


 日向さんはこちらの意図を汲んでくれて、投資ではなく融資にしてくれた。

 しかも返済期間なしの金利0%で。普通ならあり得ない条件だ。


「期待には成果で応えねぇとな」

「必ず応えてみせますよ」


 オレの目標を応援してくれる人がいる。

 同じゴールを目指してくれる仲間がいる。


 その人たちがいれば、なにも怖くない。

 

 好きなだけ批判すればいい。罵倒すればいい。蔑めばいい。


 オレはみんなと前に進み続ける。

 後指すら指せないぐらい、前へ前へ進んでやる。


 その先にきっと、あいつがいるんだから。


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