第8話 私たちが殺した

「そんな・・・・」


岡部裕子の死を知り、飯島がはじめに諦めの声を漏らした。


まだ死んだと決まったわけでは、なんて慰めは誰もしなかった。


人の死に慣れてしまったのか、死体が転がっていないため現実を直視できないのか、平木の時に比べて皆が少し冷静だ。


「今回は鍵がかかってるね。」


と明知が淡々と事実確認をする。平木の時はすっかり怯えていたが、今はその様子がまるでない。


「自殺・・・」


阿々津がさらっと口にしたこの一言に飯島が怒る。


「何言ってるの?なんで、なんで岡部さんが自殺するの?誰かがなんか余計な事言ったりしたの?」


岡部が自殺したと思っているのかそうでないのかよくわからない怒り方をした。


古見はその場の空気がとても気持ち悪かった。皆明らかに変だ。

人が死んだっていうのに、どうしてこう誰も取り乱さないんだ。

扉の向こう側で人が死んでいるのに。自分はもうどうにかなってしまいそうなのに。

そんな心境なので、自分と同様にうろたえている飯島にとても共感する古見。

空森と玉井も動揺しているようであったが、恐怖というより何か別の感情を抱いているように古見には見えた。


「鍵も閉まってるし、これは自殺だろうね。やっぱりこいつが平木君を殺したんだね、自責の念に駆られて自ら命を絶ったってことかな。それなら最初から殺してんじゃねえよ。」


扉の向こうを睨むようにして明知が言った。


確かにその可能性が最も高いだろう。誰も言い返さなかった。


「まあ、おかげで残り253日。8か月分くらい開放が早くなったわけだ。」


明知は懲りずにまたこんなことを言う。

当然平木の時と同じような展開になる。


「明知君、君は懲りないね。その言い方は改めるべきだ。」


高梨がそう諭すが、当然明知は反省の素振りを見せない。


これが罪のない人間の死であるならば、皆もっと心を痛めるのだろうが、殺人犯の死ということで、多少不謹な発現も許される、そんな勝手な思い込みからか、柿原も明知に続く。


「でも前は一気に500日くらい一気に減ったけど、今回はその半分くらいだったな。もしかして2人死ねば1000日くらい減るもんかと期待したんだが。」


「そんな訳ないだろ。もう一度よく考えてみな。最初は残り1024だった。そしてここにいるのは11人。」


不謹慎にも勝手に話を続ける明知と柿原を誰も止めることは出来なかった。


そして皆が明知の言葉の意味を考えた。


「誰かが死ねば懲役期間はその時点の残り半分になる。1024を10回2で割ると1になる。初日に自分以外の10人全員殺せば、1日で脱出できる。そういうことだろ。」


「だから今日は505のはずが半分の253になったってわけか。」


明知の解説に柿原は納得する。


「じゃあつまり、次誰かが死ねば残りは4か月くらいになるわけか。」


最低の事実を柿原は述べた。


ここまで2人の会話を遮るものはいなかったが、玉井はついに我慢できなくなった。

玉井は柿原に飛び掛かった。体制を崩した柿原に乗り上げて、玉井は柿原の顔面を殴打する。

体格のいい者同士の争い。その迫力はすさまじく、他の者が入り込む余地などなった。

知念は恐れ、急いで自室に向かった。

痛ぇっなと切った口から声を出した柿原は玉井の顔面を殴り返した。

怒涛の殴り合いが始まった。周りが必死に止めようとしても頭に血が上った2人は止まらない。そんな中、空森が2人の間に入り、柿原に本気で平手打ちをした。

古見は、自分は男でありながら女の子に喧嘩を仲裁させている自分が情けなかった。

明知や高梨も傍観しているのでそこまでの罪悪感もなかったが。


「いい加減にして、ほんっとバカ。」


空森が柿原に対して言った。

まずい、とその場にいる全員が思ったことだろう。

柿原はその後容赦のない拳を空森の顔に叩き込んだ。空森は鼻から血を流し吹き飛んだ。

狭い廊下での出来事だ。頭を壁にぶつけぐったりとしている。

こうなっては柿原の味方をする者なんて誰もいない。

柿原は空森の様子を見てさすがにまずいと思ったのか、すーっと冷めたようでその後はおとなしくなった。玉井も今は柿原のことよりも空森のことを優先しようと空森をベッドに運ぼうとしていた。

古見と高梨、飯島、阿々津は玉井に協力し、空森の部屋の鍵が簡単に見つかったので、空森を空森自身の部屋に運ぶのだった。

立ち尽くす柿原とその場に突っ立っている明知に対して、サイテーとだけ阿々津は罵った。


当然医療器具があるわけではないが、玉井は自分の服の袖を破り、水で濡らし患部を冷やすといった精一杯の処置をしていた。

付いてきたはいいものの特に何かできることがあるわけでもない残りの4人はただ部屋の隅で空森の様態を眺めているだけだった。


「女に手を出す男って一番許せない・・・」


阿々津は自身の二の腕あたりをさすりながら、そう言うのだった。


その仕草から何となく察した飯島は別の話題をするべきと思い、そもそも今日起きたことについてもう一度話そうと考えた。


「岡部さん・・・どうしてだろうね。」


「やっぱり、明知君の言ってた通り、自責の念ってやつかな。」


疑問を提示する飯島に対し、古見がそう答える。

同じやりとりの繰り返しだ。


「まだ、自殺って決まったわけじゃないけどね。」


高梨が唐突にそういう。

高梨は真面目な顔をしてそんなことを言う。

物が少ないこの施設の中で密室殺人なんてそんな高度なこと出来はしない。

それに集められたのは全員が高校生。そんな技術も持ち合わせていない。

とても非現実的だ。誰も高梨の話の可能性を信じようだなんて思いもしなかった。


「特権があるからね。マスターキーくらい持ってる人がいてもおかしくはないでしょう。」


この一言で全員背筋が凍り付いた。



今までの前提条件が一気に壊された気がした。

平木の死も、岡部の部屋で起きたため岡部が犯人だと決めつけていた。鍵が開いていたのも岡部が中から開けたのだと。しかし第三者が鍵を開けることが出来たとすれば、ただ現場を岡部の部屋にして罪をなすりつけた?いやいやだとすれば発砲音が説明できない。さすがに特権は一人一つだ。マスターキーと拳銃なんてありえない。いや、待てよ。そもそも犯人が複数人の場合、マスターキーを持った人物が岡部の部屋を開け、銃を持った人物が平木をそこで射殺。不可能ではない。だがそんなことあり得るのか。なぜ平木が岡部の部屋にいたのか、犯人が複数であれば協力できたのはなぜか。なぜ、なぜ、なぜ。

マスターキーがあれば、岡部の部屋に侵入後殺害、部屋の鍵を閉める。これで自殺を装うことが出来る。でも、だったら昨日の夜悲鳴が聞こえたりするはずだ。だとすれば犯人は複数人いるのか。一人が口をふさいで、もう一人が殺人を実行したのか。


考え出すときりがなかった。気持ちが悪かった。そんな人間が真実をひた隠しにし、生活していることを想像したくなかった。わからないわからない。もう、わからない。


「いや、ごめんね。確定していない特権の話なんてしだしたらキリがないよね。どんな特権があるかなんて皆わかんないんだし。」


あまりに深刻な雰囲気になったので、高梨は自分で自分の発言を取り消すのだった。



その後空森も無事に目を覚まし、体に特に異常も内容だった。

混乱させてしまうかもしれないからマスターキーの可能性の話は空森にしないでおこうという話だったので、空森が目を覚ますと良かった良かったと多少空森と会話をした後、各自自分の部屋に帰るのだった。



阿々津は憂鬱だった。今から最低な男と顔を合わせなくてはいけないからだ。

深夜0時を過ぎ13日目が始まり、時計の示す数字が252になってしばらくすると、阿々津は自分の部屋を出た。

目的の部屋に到着し、中に入ると知念ともう一人最低な男柿原がいた。

遅かったじゃねえかという柿原を無視し、阿々津は報告をする。


「岡部のことだけど、高梨が他殺を疑っている。」


知念と柿原は驚きを隠せなかった。


「まだ気付いてないみたいだったけど。私たちが殺したってことには。」


阿々津は表情を変えることなく報告を続けるのだった。

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