第6話  殺人犯と一緒にいるなんて

平木の死から一日が経ち、9日目の腕時計の示す数字は508となった。

人が殺された、そのショック。次は自分が危ないかもしれない、その不安。

十分な睡眠をとれた者などいるはずもなかった。日が落ちる頃の時間まで誰も自室から出ることはなかった。

日が落ちる頃、この日はじめて自室を出たのは岡部だ。

信用を完全に失ってしまった岡部はただ自室で泣き続けて、一睡もしていない。

岡部は一晩中泣き続け、涙が枯れた頃に信用を取り戻すべく策を考えていた。


岡部は自室を出て、他の9人の個室を回ろうとした。一人一人に話を聞いてもらおうと思った。一対一で落ち着いて話を聞いてもらえればわかってくれる人が現れるかもしれないという期待だ。もちろん現実はそんなに甘くないと岡部もわかってはいるようだが。


岡部は個室の扉の前に立つと、中にいるであろう人間にとっては聞き飽きたであろう弁明をするのだった。自分は犯人ではない、信じてほしいと。


岡部の期待もむなしく、そもそも話を聞いてもらえない。

居留守のふりをする者、罵声を浴びせて追い返す者、岡部を恐れ喚き散らし話にならない者。


こうなることは予想していたので、岡部はそれほど落ち込む様子でもなかったが、次に部屋を訪れる予定の高梨は、一度岡部を庇っている。岡部は高梨ならばと少し期待をして高梨の部屋に向かう。


扉をたたき、中にいるであろう岡部に聞こえるよう大きい声で岡部が話す。


「すいません、岡部です。どうしても話しておきたいことがあるんです。」


返事がない。高梨も自分を見捨てるのか、それは少し残念だなと思っていると、扉が内側から開かれた。


「どうしたの、岡部さん。良かったら中で話す?」


久しぶりに自分が殺人犯でなく普通の人間として接してもらえただけで岡部はとてもうれしかった。なぜ殺人犯かもしれない自分に対して、無警戒で扉を開けて部屋に招き入れてくれるのか、そんなことはどうでもよかった。ただただ嬉しかった岡部は高梨の部屋に入り、再度自分が犯人ではないと熱く語った。決して証拠があるわけではない。結局は信じてくれ、の一点張り。だが、何かが高梨の心を動かしたのだろうか。


「わかった。完全に君を信用するってわけにはいかないけど、今から僕が皆に声をかけてくるよ。でも君がいると安心できない人もいるから君はいったん自分の部屋に帰ってくれるかな。」


自分を庇ってくれる高梨の指示だ、岡部が聞かないはずもない。

まだ個室を訪れていない者もいるのが少し心残りであったが、岡部はその後自室に帰るのだった。


その後高梨は古見、飯島を呼び出し、3人で空森、玉井、知念、阿々津、柿原の個室に訪れ、外に出てきてもらい、最後に8人集まって明知の部屋を訪れた。


「岡部さん以外全員そろっている。もう一度皆で話し合いをしよう。」


高梨が明知の部屋の前でそう言う。

話し合いを拒否するってことは何か後ろめたいことがあるのかという高梨の安い挑発に明知は渋々乗っかり、扉を開け7人を招き入れた。

昨日と同じ9人での再集合ということになった。


「話っていったい何なんだ。」


柿原が高梨に尋ねる。何の話をするのか誰も聞かされていない。

皆の視線が高梨に集まると、高梨は答えた。


「平木君が死んで、正直犯人として一番可能性が高いのは岡部さん。当然彼女を恐れる気持ちはわかる。」


慎重に言葉を選びながら話をする高梨を明知が遮る。


「だからといって殺すな、そう言いたいのか?言いたいことはわかるがそういう訳にもいかない。僕たちだって不安なんだ、殺人犯と一緒にいるなんてな。」


結局高梨がしたい話はそのことだった。


「そう、なんだけど。そこで話があって。彼女が殺人犯と決まったわけじゃない。もし彼女が亡くなった後冤罪だとわかったりでもしたら、それはどう責任をとるんだい。」


可能性がある以上その指摘をされることはわかってはいたものの実際に指摘されると明知としては言葉が詰まる。高梨はそのまま話を続ける。


「もちろん彼女を完全に信用することもできない、だけど殺すなんてありえない。だったら殺しを不可能にする何かしらの制約を彼女につけたらいい。」


そんな制約があるのかと柿原が皆の心の声を代弁する。


「うん。彼女にはずっと僕の部屋を使ってもらうっていうのはどうかな。」


高梨の提案の意味をすぐに理解できるものはいなかったため、反応が薄い。

どういうことだと言われる前にその空気を察した高梨が話を続ける。


「まず彼女を身体検査する。危険な物を持っていないとわかったら、その後彼女の部屋の鍵と僕の部屋の鍵を交換する。その後はそれぞれ互いの部屋で生活をする。彼女の特権は彼女の金庫の中、僕の特権も僕の金庫の中。お互い金庫の番号は知らないんだ。お互い特権を使うことは出来ない。じゃあ僕たちは人を殺すなんてできないって寸法さ。」


なるほど、悪くない案だと思われた。高梨の言う通りならば、岡部だけでなく高梨も特権を使えなくなる。

後は他の人間が賛成するかどうかだが、飯島と古見は元から岡部を庇っている様子があったので、高梨のこの案にすぐ賛成した。それはすごい良い考えだと。

少し考える時間を取った後、プライドの高そうな明知も意外と賛成の意を表明し、それを見て知念もすぐさま賛成した。

そんな中、阿々津が高梨の案に関する問題点を指摘するのだった。


「悪くはないと思うけど、いくつか問題があるよね。」


その指摘に対し、高梨が問題点を尋ねると阿々津は続けた。


「まず、その身体検査って誰がやるの。金庫につながった拳銃とか、ただの憶測だし、ただの拳銃だって可能性がある。そんなのを隠し持たれていたらどうするの。身体検査で近づいた瞬間やられる。それに武器をすでにどこかに隠してある可能性だってある。」


「いや、岡部さんが犯人で拳銃を持っているなら、それをどこか別の場所に隠すなんてしないんじゃないかな。他の誰かに見つかった場合丸腰になってしまうからね。」


玉井がそう言ってフォローする。


「身体検査に関しては、できれば女子。協力してくれるかな。」


と高梨が言うと飯島が挙手した。もう一人女子の手を借りたがったが、空森と阿々津が拒否をしたので仕方なく男の古見も協力をすることに決まった。


「それともしこの作戦をするなら今すぐやる。この話が岡部さんの耳に入ったらそれこそ武器をどこかに隠されてしまうかもしれないからね。」


高梨はそう付け加えて説明した。よくできた案だなと飯島や古見が感心していると、やはりまだ問題があると阿々津は指摘をした。


「いや、まだ問題がある。高梨、あんたはお互いの金庫の番号を知らないからお互いに特権を使えない、なんて言っていたけど。もしあんたの特権が『他の部屋の金庫の番号を知る』とかだったら、あんたは岡部の部屋に残された特権を使える。この計画自体最初から岡部の特権が目当てだとも考えられる。」


可能性の低い仮定での話だが、ありえない話ではない。

確かにそれもありえるな、と疑いの目が高梨に向けられる。


「いや、参ったな。そんな見当違いのことを言われるなんて。じゃあこうしよう。僕は岡部さんに僕の部屋の鍵を渡す。そして岡部さんの部屋の鍵は全員で処分しよう。個室にある鉄格子目がけて外に捨てれば、誰もそれを回収できない。つまり誰も岡部さんの部屋には入れなくなる。これでどうかな。」


こうも完璧な返答をするようでは、まるで阿々津と高梨は事前に口裏を合わせていたのではないかと思われるほどであった。

これ以上指摘をする点も無くなり、野次を飛ばしたことを少し恥じらっている阿々津もそれならばと賛成した。


「あれ、でも高梨君がすでに特権を別の場所に隠してある場合、高梨君は普通に特権を使えるよね。」


と空森が言った。確かにそうだが特権を使えること自体は他の全員も同じなので、そこは特に問題とならなかった。最優先で解決する課題は岡部の動きを制限することだからだ。

高梨が岡部の部屋で寝泊まりが出来ないなら、誰の部屋で生活をするかという話にもなったが、本人の希望により古見の部屋で相部屋生活をするということで話はついた。


高梨の案に全員が賛成する結果となったので早速行動に移そうと全員で明知の部屋を出て、

岡部の部屋の近くに着くと高梨は、一人で訪れたように振舞うように、残りの8人を少し離れたところに待機させ、岡部を部屋の外に出すことに成功した。

高梨はさりげなく岡部の部屋の扉側に回り込み、岡部の退路を断った。

何の用かと尋ねる岡部に対し、高梨は身体検査をしてもらうとだけ告げると同時に飯島と古見を手で招いた。岡部は最初こそ戸惑っていたが、高梨は自分のためにしてくれているということが分かっていたので、騒がずに身体検査に応じた。


身体検査の結果、危険な物を所持していないことが分かると、高梨は扉を抑えたまま、部屋の鍵を取ってくるように指示をし、その間妙な行動をしないように飯島、古見を含めた3人で見張っていた。

鍵を取ってきた岡部に自分の部屋の鍵を閉めさせ、一度飯島が鍵を預かった。高梨が預からなかったのは、今回の策が岡部の特権狙いだと再度疑われても高梨としては困るからだ。


こうして岡部の安全性が担保された後、待機させていた集団も手で招き、結果全員で話し合うことになった。廊下で話すのも音が響いてやかましいので、一度場を移しロビーで話をすることにした。


ロビーに移ると、岡部が弁明を始めようとしたが、必要ないと高梨が遮り、高梨が本題について話し始めた。


「岡部さん。残念ながら君を信用できない人も多くいる。腹が立つだろうけど、それはわかってくれ。それで、だ。こらから僕の鍵を君に渡すから、君は僕の部屋を使ってくれ。君の部屋の鍵は全員で処分する。」


一度聞いただけでは理解できない岡部であったが、先ほどと同じ説明を高梨がすると、それで信用してくれるならと岡部は快く賛同した。


その後高梨は自室の鍵を岡部に渡し、譲渡が終わると全員で飯島の部屋に行き、飯島の部屋の鉄格子目がけて柿原が岡部の部屋の鍵を放り投げ、処分された現場を全員がその目で確認した。

鉄格子の向こうに映る空が暗いことを認識すると、皆はその後解散し、それぞれの部屋に帰った。当然岡部は元高梨の部屋へ、高梨は古見と同じ部屋へ。


これで岡部の特権は誰も使えないであろう。

岡部が犯人であることを自白しないことには腹が立つが、何より岡部が人を殺すことが不可能になったことがとても安心できる。一人が殺され、犯人が名乗り出ないこの状況。平和とはかけ離れたこの状況だが、これでもう大丈夫だと、少し気を緩めてしまうのは仕方のないことだろう。




高梨のこの案は、ある者にとって都合のいいものだった。

天は自分の味方をしてくれる、そんな気がした。

この案のおかげで、標的が殺しやすくなったのだから。


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