第6話 彼女は将来の話をする



 7月下旬、俺たちは県営球場のスタンド席にいた。



「浩二、あんたプロ野球選手になりなさいよ。」



 隣に座るすみれは唐突に切り出した。なにがどうしてその結論になったのか俺には分からない。



「あたしは今のあんたならワンチャンあると思うのよ。」

「勉強じゃない話をするときは一人称戻るよなお前。どういう意味だ?」

「元の才能がどうかは知らないけどプロを十分狙える環境だと思うのよねぇ。」



 高校に入ってから雰囲気が少しだけ大人びたはずが時々元に戻る。俺もそうだけど段々と子供じゃなくなっていく環境に適応するのは時間がかかる。すみれはペットボトルのスポーツ飲料を飲みながら一息入れた。



「元プロでコーチ経験もあって、現役プロコーチ復帰を目指す監督。勉学に練習にお弁当にと支えてくれる美少女の幼馴染。壊れない範囲で限界まで鍛えられる環境。そして限界まで集中して長時間鍛えられる練習実行能力。ここまで揃っていてプロになれなかったら嘘じゃない?」

「プロ野球選手なぁ…」



 恵まれた環境だと思ってはいたが、言われてみればプロを目指せる環境…チート監督が居る上で練習しまくれてサポーター付き環境は強すぎる。まあ、プロを本気で目指すならプロ野球を知る監督に相談してみるのが一番だと思うが…プロかぁ…



「プロ野球って見る物であって目指そうとしたこと無い…ってかまだ高1の夏でちゃんと進路考えたこと無いんだよなぁ…高校進学は地元で野球強いからここでいいやって感じだったし。」

「プロ野球選手への夢や憧れならあんた昔あったけど、中学でどこの高校からも声がかからなかったから無くなったものね。やっぱり本気で職業にしようって考えたことは無かったのか。環境は最高だし今のあんたならプロ目指せると思うのよ。ぶちゃけ中学まではまともな指導者がいなかったから伸びなかっただけだと思うわ。」

「ほんと今の環境良いよな。チート監督、支えてくれる幼馴染、どこまでも練習できる人間。だもんな。」

「美少女の幼馴染ね。美少女の彼女でも可。」

「はいはい。」



 ジト目で訂正された。美少女か…美、少女…か…?顔に出たのか肘で脇腹をノックされる。痛い、ごめんって。



「まあ明確にプロを目指さないって判断をしないなら8月からは私と監督で作った地獄メニュー改になるだけだから気にしないで。頭もすっごく使うメニュー。でもプロを目指すなら来年の夏前までには決断してもらえると助かるわ。」



 どこの高校からもスカウトが来なくてその時点で俺の中からプロ野球選手ってぼんやりした夢は無くなった。『すみれの分まで頑張って高校で活躍するぞー。俺達が手を組んだらどこまで行けるのか』くらいしか考えていなかったし。もちろんプロ野球選手になれるなら嬉しいことだと思う、今は突然出てきた選択肢に驚いて決断ができないけれどたぶん目指すと思うんだ。でもそうならせめて1度は甲子園へ行ってアピールしなきゃだよなぁ…


 そんなことを考えながら応援していたら大蛇高校は県ベスト4で敗退した。試合終了後、3年生が泣きながら俺達にバトンを託した。当たり前だけど甲子園へ行くのは難しい。いくら頑張ってもプロスカウトにアピールすることなく高校野球が終わってしまうかもしれない厳しい世界だ…







「母さん、俺プロ野球選手目指すわ。」



 家に帰ったらその言葉は自分でも驚くほど自然に出た。うん、やるぞ。







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