第19話 大作戦の結果

 全てのブロックを周りきった頃には、既に夜も更けてしまっていた。今にも寝落ちしてしまいそうだが、恐らくこの後に最大の山場が待っているだろう。気を抜いている場合じゃないな。


「サルヴィ、今回は……いや、今まで本当にありがとう。そして……巻き込んでしまって申し訳ない」

「マルク様、頭をお上げください。あなたの行った事はとても立派な事です。私はそんなあなたにお力添えが出来て、大変光栄なのです」

「サルヴィ……」

「あの小さかった赤ん坊が……立派になられて……私めは大変嬉しゅうございます」


 普段あまり自分の感情を表に出さず、仕事優先のサルヴィの目からは、一筋の涙が流れ落ちた。


 彼には本当に世話になった。僕が生まれた時から専属の使用人として面倒を見てくれて……実は今回の作戦の話しをした時、サルヴィに迷惑をかけないように、専属から降りるように伝えたのだが、頑なに首を縦に振らなかったんだ。


 その頑固さに呆れつつも、僕のために一緒にいてくれるその心がとても嬉しくて……嬉しくて。いくらお礼を言っても言い足りないくらいだ。


 これから僕はどうなるかはわからないが、極力僕以外の犠牲を出さないように、細心の注意を払わなければ……そう思いながら、僕は城に帰ってきた。


「マルク様! 今までどこに行かれてたんですか!」

「まあちょっとね」

「国王陛下が大変お怒りになっております! 至急国王陛下の自室に来いと!」

「だろうな。すぐに向かう」


 城に帰って早々に、父上専属のメイドに連れられて父上の自室に行くと、怒りで顔を染めた父上と、兄上達に出迎えられた。


「マルク! 門限を破ってどこに行っていた!」

「ちょっと散歩に」

「ふざけるな! いや、今はそんな事は後回しだ! 貴様、シェリール家の令嬢を長きに渡って虐めていたとは何事だ! 王家とシェリール家の友好関係を粉々にする気か!!」


 やはりその事か。想像以上に父上の耳に入るのが早かったな……僕の見立てでは数日はかかると思っていたんだが、とりあえず、ここまでは僕とアミィの作戦通りだな。


「シェリール家との関係なんか、私には興味はありません。ただ彼女が嫌いだったから弱みを握り、虐めていたにすぎません」

「この馬鹿息子が! しかもこれだけに留まらず、街で大量の食材を買いこんでスラムの方に向かったと、目撃した兵士から報告も受けている! これはどういう事だ!」

「民を助けるのは王族として当然でしょう? 別に誰にも迷惑はかけておりません。金も私のものを使いましたし」

「それが王族の威信に関わる事だと何故わからない!」


 随分とお怒りの父上とロイ兄上。そして呆れ顔のジョイ兄上とフォリー兄上に囲まれても、僕は一切怯まない。むしろ口角が無意識に上がろうとしているのを必死に耐えているくらいだ。


「いやね~完全に反省の色なしって感じ~? 父上、これはもうどうしようもないんじゃないかしら~? 多分このままだと更に酷くなるわよ~?」

「この……貴様がそこまで馬鹿だとは思わんかった! いくら愛する息子とはいえ、王家の面汚しになるような人間はこの国に不要! よって国外追放を言い渡す!」

「な、なんですって!?」

「当然の結果だ! 殺されないだけ父上に感謝するのだな!」


 口では驚いて反発の意を示してみせるが、僕は内心ではここまで上手くいった事を喜んでいた。


 今回の一件は、全てアミィが考えたでっちあげ作戦だ。元々父上の中で、僕は真面目過ぎる所はあるが、自分達に反発をしない人間だったのに、レナによって少し変わってしまったと思われていた。


 そこに、本当は仲の良いアミィを虐めていたという事と、僕はレナがいなくても貧民達の事を考えていると思わせる事で、王家に相応しくない人間は不要だから追放だと言わせるように仕向けていた。


 ただこの作戦、色々と不安要素があるものだから、まだ油断はできない……とりあえずはここまでは満点だから、あとは詰め方を間違えなければ……!


「……わかりました。明日には荷物をまとめて出ていきます。馬車の用意だけはお願いできますか」

「ふん、最後の慈悲としてそれくらいはしてやろう。その代わり、一秒でも早く出ていくのだな」

「勿論でございます。すぐに荷物の整理をしますので、地下牢の鍵を開けてもらえますでしょうか?」


 僕の要望が理解できなかったのか、父上はこいつ何言ってんだと言いたげな表情を浮かべながら、小首を傾げた。


「父上も兄上達も、常日頃から奴隷は人間ではなく、物のように扱っていました。私もそれにあやかり、レナを私の物にしようと思いまして。なので、追放の際に彼女を持っていこうかと。それにレナを投獄した目的は、私が王族としてあるまじき思想に染まらないようにするためでしょう? なら王族ではなくなる以上、レナを投獄しておく必要はありません」

「……断ったら、どうするつもりだ」

「そんなの簡単ですよ、ロイ兄上。持っていく私物の整理が出来なければ、いつまで経っても城を出る事が出来ないだけです。そうなったら……私は今度は何をしでかしますかね?」


 ニヤリと、まるで悪役の様に笑ってみせると、ロイ兄上は何かを納得したように頷いていた。


「父上、あの奴隷を持っていたら、愚弟はなにをするかわかりません。さっさと渡して追放した方が国のためかと」

「うむ。貴様の願いに応えるのは腹立たしいが、我々の今後のために、特例であの奴隷を開放しよう。その代わり、明日の早朝には国外に出ていってもらう!」

「はい。ではこれ以上私がここにいたら父上と兄上の機嫌を損ねてしまうでしょうし、私は失礼します」


 よし……よしっ! 完璧にうまくいった! これでレナを助けることが出来る! 不安要素でもあった、既にレナは処分されていたという事もなく、僕が処刑される事もなく、レナを連れていく事を許可されないという事も起こらなかった!


 僕は心の中で歓喜の声を上げながらも、深々と頭を下げてから、僕は父上の自室を後にした。部屋を出ると、待機していたサルヴィが、心配そうに眉尻を下げながら僕の元にやって来た。


 全く、サルヴィにはいつも心配をかけてしまっているな……主として情けない限りだ。


「マルク様、いかがでしたか!?」

「国外追放だ。作戦は……うまくいった。レナを開放してもらえる」

「……左様ですか」


 心配そうな顔から一転、なんとも複雑そうな笑みを浮かべるサルヴィ。それも仕方のない事だろう……いくら作戦が上手くいったという事は、それは主が追放されるという事。それをいくら僕が望んだ事とはいえ、手放しで喜ぶのは酷な話だ。


「サルヴィ、色々と迷惑をかけて本当にすまなかった。僕は明日出ていくから……これからはもっと良い主の元で幸せになってくれ」

「お気遣い、真に痛み入ります。さあ、私の事はいいですから、レナ嬢を迎えに行きましょう」

「ああ。早くあんなところから出してやらないとな」


 日数にしたら、たかが数日だが……それでも牢屋にいるのはとても不安だっただろう……今すぐに出してやるからな! 待っててくれ!

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