第14話 すれ違う家族と四男

「おかえりなさいませ、マルク様。申し訳ありませんが、至急謁見の間へ向かってもらえますでしょうか。国王陛下とロイ様達がお待ちです」


 昼過ぎに城に戻って来て早々、僕達は父上専属のメイドにそう言われながら、謁見の間の前へと連れていかれた。


 一体どうしたというのだろうか。ただ事ではないような気はするが……なんだろう、嫌な予感がする。


「あの、あたしも連れて来られましたけど……来てよかったんですか?」

「どうなんだ?」

「はい。奴隷にも用があるという事でしたので」


 レナの事を何の躊躇いもなく奴隷と呼んだのは引っかかったが、それ以上に父上がレナにも用があるという事の方が引っかかった。


 とはいえここで考えていても仕方がない。ご本人に直接伺った方が早いだろう。


「国王陛下、マルク様がおかえりになられました」

「通せ」

「かしこまりました」

「父上、失礼いたします」


 謁見の間に通された僕達を、父上と三人の兄上……そして、この場にはふさわしくない薄汚れた男性に出迎えられた。


 この男は誰だ……? 格好からして、スラムに住む民だとは思うんだが……どうしてここに?


「マルク、お前に聞きたい事があって呼んだ。単刀直入に聞く。最近休日に出かけるが、どこに行っている?」

「どこって……彼女とサルヴィを連れて散歩です。最近良い散歩コースを見つけたので」

「誤魔化しても無駄よ~。このきったない男が、マルクの行ってた事を教えてくれたわ~なんでも裸で逆立ちしてたんですって?」


 この男性が? なぜこんな場所にいるのかと思ってたけど、まさか密告者だったなんて……!


「どうしてこんな事をしたんですか?」

「どうして? ペコペコ頭を下げたり、もっともらしい事を言って善人気取りのお前がムカついたからさ! それに、国に逆らう奴を告発すれば、褒美として大金がもらえるって寸法よ!」


 全く悪びれる様子もない男性は、おかしそうに高笑いをしながら説明をしてくれた。


 ……迂闊だった。城の人間にはバレない事に集中しすぎていたせいで、民が告発するのは意識が向いてなかった……!


「マルク、この男からいきさつは聞いている。スラムの北ブロックで王族としてあるまじき行為をしたのは間違いないな」

「ロイ兄上。あなたにとって、あるまじき行為という定義は、私にはわかりかねます。私のしたことは、レナの怪我を診てもらった事と、上半身裸で逆立ちをしたのと、民に謝罪をしてその怒りを肌で感じた事くらいです」

「いやいや~どう考えてもおかしいでしょ~おもに中間くらいから~」


 やや呆れ気味のフォリー兄上の言う事ももっともだが、結果として僕は人間として間違った事はしていないと思っている。きっとそれを言ったところで、理解はしてもらえないだろうが。


「ふむ。我が息子ながら、王族として恥ずかしい」

「おいおい王様よぉ。あんたらの親子喧嘩はどうでもいいから、さっさと褒美をくれよ!」

「うむ、そうだな。まずはそれを片付けてからゆっくりマルクと話をしよう」

「へっへっへ……これであんな貧乏暮らしからオサラバできるぜ!」


 父君はそう言いながら、小さく右手を上げる。すると、謁見の間を警備していた兵士のうちの数人が、男の身柄を拘束した。


「な、なんの真似だ!!」

「身内の愚かな行為を伝えてくれた事は感謝しておる。だが、たかが一般市民の分際で、私欲のために王族を陥れようとした罪は裁かねばならん」

「なっ……!?」

「殺せ」


 兵士の持つ剣が降り上がった瞬間、僕はこの非道な光景をレナに見せないように、咄嗟にレナを抱きしめる事で、レナの視界を遮った。


「ま、マルク様……!」

「見るな。僕から絶対に離れるな」

「う~ん良い血しぶきだねぇ! 死んだ時の絶望的な顔もグッド! 今の殺す役、やりたかったな~」

「なにがグッドよ! ほんとあんたの趣味は理解できないわ! あ~あ~ただでさえこの綺麗な謁見の間に汚い男がいて嫌だったのに、更に汚れちゃったじゃな~い。早く掃除しておいてよ~」


 こんな身勝手で惨い事が行われているというのに、どうして父上も兄上達もなにも変わらないんだ? 今、目の前で一人の民が殺されたんだぞ?


 おかしい。やっぱりこんなのおかしい!


「父上! どうして彼を殺したんですか!!」

「言っただろう。奴のした事は、王族を陥れる行為だと。それ即ち、国家への反逆。反逆者は死刑なのは当然だろう?」

「確かに彼は私を陥れようとしました! ですがその根本にあるのは、貧困から抜け出したいという願いだ! それを招いたのは、僕達王族や貴族なのに!!」

「貧困なのは、労働が少ないだけだろう。俺達のように裕福に暮らしたければ、それ相応の労働をすればいいだけの事だ。それが出来ないなら、その女のように身体を売るか、潔く自害するしかない」


 ロイ兄上の言っている事は全てがおかしい。いくら働いたところで税で持っていかれるし、そもそも奴隷の売買は法で禁止されている。挙句の果てに自害をしろだなんて……!


「いくら働いても税金のせいで、民は永遠に豊かにならず、幸せにならない! そうしていくつの命が絶望の中で消えていったと思っているんですか!?」

「国のためになってるなら~それでいいんじゃないの~? ていうかさ〜嫌なら国を出ていけばよくない〜?」


 ふざけた事を……! 他国が難民を受け入れる余裕なんてありやしない! それに、そもそも今の民には、国外逃亡をする気力も力も無い!


「まあ、国にお金が入ればアタシ達は更に豊かになる。それが民の幸せなんだし、出て行くわけないわよね〜」

「なんですかそれ……! 民の幸せを勝手に決めて! 自分達の私腹が肥やせればいいのか! あなた達は自分の目でスラムの街を、そこに住む民を見ても同じ事が言えるのか!!」


 いくら言っても、この人達にはきっと届かない。そう思えば思うほど、怒りが際限なく湧いてくる。


 こんな身勝手な人達のせいで、我が国の民は……レナは……!


「マルク、お前は民の思考に毒されすぎだ。少し頭を冷やせ。そうすれば、自分の考えが間違っている事がわかる」

「私は間違っていない!」

「マルク! 父上に向かって何て口の利き方だ!」


 物凄い剣幕で僕に怒鳴ってくるロイ兄上。だが、そんな事で僕は怯まない。僕は絶対に間違っていない!


「あ~わかったちゃったかも~。マルク、その女に洗脳されちゃったんだ~」

「え……あた、し?」

「フォリー兄上、一体何を仰っているんですか! レナは関係ない!」

「いや……フォリーの言う通りだ。たかが奴隷にきちんと食事を与え、そのような服まで着せて……気づかぬうちに洗脳されていたのだろう。父上」

「うむ。息子を正気に戻すためだ。プレゼントをした身としてはやや心苦しいが……致し方ない。マルク、その奴隷は地下牢に幽閉する。そして、二度と会う事は許さん」

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