第2話 狂った王家の実態

「ひぃ……!?」


 僕が牢屋の中に手を伸ばしたのに驚いた少女は、それ以上後ろに下がれないのに下がろうとしているのか、さらに身体を縮こまらせていた。


 僕とした事が、流石に迂闊だった。怯えている所に急に手を伸ばされたら、驚いてしまうのは当然だろう。まずは僕に敵意がない事を示して、彼女に安心してもらおう。


「大丈夫、僕は君を虐めたりしない」

「…………」


 ……駄目だな、震えが止まる気配がない。どうすれば安心してもらえるか……そうだ、こんな牢屋に入っていたら落ち着かないだろう。まずはここから出してあげよう。


「開けるのは良いが……鍵がないな。さっきのメイドが持っているのか? それとも父上が持っていらっしゃるか……? 君、ちょっと待っててくれ」


 そう言い残した僕は、部屋を後にすると、外で待っていたサルヴィに声をかけられた。


「マルク様、もうよろしいのですか?」

「いや、とりあえず牢屋から出そうと思ったんだが、鍵が無いから開けられなくてな」

「左様でしたか。恐らく鍵なら国王陛下がお持ちかと」

「ああ、僕もそう思っていた。だからこれから伺おうと思ってる」

「かしこまりました。お供いたします」

「ありがとう」


 僕はサルヴィを連れて、父上の部屋の前まで行くと、部屋に入る前に、近くのガラスに映る自分を見た。短く揃えたサラサラの銀髪に青い瞳の男性が映っている。


 服装の乱れも無いし、髪も乱れていない。よし、これなら問題ないだろう。


「父上、マルクです」

「入りたまえ」

「失礼します」


 父上の自室にノックをしてから入ると、父上は何か書き物をしていたのか、机に向かっていた。


 こんな夜更けだというのに、父は今日も忙しいお方だ……って、今はそんな話をしに来たんじゃない。鍵を貰うのと……彼女についてしっかり聞かないといけない。


「どうだったかね、ワシのプレゼントは」

「……大変嬉しゅうございます」


 嘘だ。こんな心にも無い事を言いに来たわけじゃない。だが、ここで逆らって話をこじらせるわけにはいかない。


「父上、彼女をオークションで購入されたと聞きましたが」

「うむ。久しぶりに上玉の奴隷が売られていて、つい財布の紐が緩んでしまってな。年に一度の誕生日のプレゼントなんだから、奮発しても損はなかろう?」

「奴隷の売買は法で禁止されているのに、よろしいのですか?」

「なんだ、そんな些細な事を気にしておったのか。この国の民は王族と貴族のために働き、税を納めるために存在している。それが出来ない民は、身体を売って国に貢献しなければならん」


 ……なんだよそれ。そんな事がまかり通るなら、法は何のために存在するんだ。


「法は民を守るためのものじゃないんですか!?」

「違うな。法は国のためにある。それ即ち、我々のためだ」

「っ……!」

「何を苛立っておる。おかしな奴じゃ」

「いえ……出過ぎた発言、お許しください」

「許そう。ワシは寛大だからな」


 何が寛大だ……実の父に対する言葉として不適切なのはわかっている。わかっているが……気持ちが悪いとしか形容のしようがない。


 民は国の宝だ。民がいるからこそ、国は成り立っている。なのに……この国の王族や貴族達は、民を蔑ろにしている。そんなふざけた話があっていいのか?


「そんな話をするために来たのか?」

「いえ。あの牢屋の鍵をお持ちかを伺いに参りました」

「そういえば渡していなかったな」

「ありがとうございます。では私はこれで……おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 僕は父上から三つの鍵を受け取ると、再度部屋に戻り、牢屋の前に立った。すると、少女はまたしても震えだしてしまった。


 こんなに怯えて……可哀想に。すぐに出してあげるから。


「えーっと……これか」


 三つの鍵を順番に鍵穴に刺して捻ると、二つ目の鍵を刺したところで、牢屋の扉は鈍い音をたてながら、ゆっくりと開いた。


「出ておいで。大丈夫、さっきも言ったけど、僕は君を虐めない」

「…………」


 なるべくゆっくりと、そして優しく語り掛けたが、彼女は牢屋から出てくる気配は無い。


 まだ怯えているのか……そう思った矢先、彼女の右足首に何かはめられているのが目に入った。


 それには鎖のようなものが繋げられている。その先を見てみると、重そうな鉄球が鎮座していた。どうやら彼女の身体の陰に隠れていて、さっきは見落としてしまっていたようだ。


 こんなものを女性の足につけるなんて……これじゃ動く事なんて出来るはずがない。


「この鍵で外せるかわからないが……やってみる価値はあるか。隣、失礼するよ」

「っ……!!」


 僕が牢屋の中に入ったせいで、何かされると思ったのだろう。少女は潰れてしまうんじゃないかと思ってしまうくらい、強く目を瞑った。そんな彼女の足にそっと手を伸ばした僕は、鉄球の鎖を外してあげた。


「これで動けるよ。とりあえず外に出ておいで」

「…………」


 困った。これでもまだ怖がられているな……どうすれば信用してもらえるか……効果があるかはわからないが、とにかく虐める気がない事をもっとアピールしてみよう。


「ほら、見てごらん。君を虐める事に使えそうな道具は何も持っていない」

「…………」


 僕は彼女にポケットの中や服の中を見せて、何も持っていないと証明すると、小さく頷いた少女は、僕と一緒に牢屋から出てきた。そこで初めて全身を見て、僕は驚いてしまった。


 今までまともに食事をしていなかったのか……身体中の肉という肉が無いんじゃないかと思ってしまうくらいに痩せ細っている。顔色も良くないし、無数の切り傷や、ムチで叩かれたような跡も残っている。


 一体彼女はどんな生活をしてきたのだろう。想像をするだけで胸が締め付けられるように痛み……同時に怒りが込み上げてきた。


 それは、こんな少女が苦しむような事をしている国に……自分の力の無さに。そして、力が無いのを言い訳に、何もしてこなかった自分に腹が立って仕方がなかった。


「こんなに痩せ細って……立っているのもつらいだろう。この椅子に座って」

「…………」


 奴隷の立場で主人の椅子に座る事は出来ないと言いたいのだろうか。少女は首を横に振った。


「気にする事は無い。さあ」

「…………」

「さて、とりあえず君の事について話を聞きたい所だけど……」


 少女を少し強引に椅子に座らせてから、僕も対面に椅子を持ってきて腰を下ろした。


 ボロボロな布を纏っているとはいえ、目の前の少女は殆ど裸に近い状態だ。このままでは気恥ずかしさでまともに話せる気がしない。それに、彼女に食事を取らせたい。


「まずは食事と……服を用意しよう。少し待っててくれ」

「…………」


 僕の言葉を拒絶するように、少女は首を小さく横に振った。


 どうして彼女は嫌がるのだろう? こんなに痩せ細っているという事は、きっとお腹をすかせているに違いない。


 それに少し気になったんだが、彼女は一言も言葉を発していない。流石に喋れないという事はないだろうが……。


「君、喋る事は出来るかい?」

「…………」


 少女はコクンと頷いた。よかった、それなら意思疎通をする事は可能だな。


「なら、どうして喋らないんだ?」

「……喋っても、いいんですか?」


 鈴が鳴るような声を恐怖で震わせながら、ぽつりと少女は呟いた。


「もちろん。どうしてそんな事を聞くんだ?」

「あた……私、許可を貰わずに喋ると……叩かれるんです」

「……え?」

「ここに来る前、商人の人にそうされました……数日前にここに来た時も、奴隷の癖に人間の真似事をして言葉を喋るなって……ムチで叩かれました」

「…………」


 言葉が……出なかった。彼女は物じゃない、人間だ。人間なのだから、喋るのは当然の事だ。それをしただけで、体罰を与えられるなんて。


 そんなの絶対におかしい。どうしてこんな非道がまかり通っているんだ……! しかも、それが奴隷商人だけじゃなくて、城でも同じ事をされていたなんて……!


「君は奴隷でもないし、物でもない……人間だ。人間は言葉を喋るのに許可なんていらない」

「え……」

「わかった?」

「は……はい」

「よし。それじゃ、ちょっとだけ待っててくれ」


 僕は一度部屋の外に出ると、再度サルヴィに話しかけて食事と服の準備をお願いしてから、彼女の元に戻ってきた。


「君について話してくれるかい?」


 僕の言葉で少しは信用してくれたのか、少女は僅かに頷くとぽつぽつと自分の事について話し出した――

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