第7話 旦那様の清潔具合を確認します。

「お父様ー! おかえりなさいですわー!」

「ん? ココラルか。ワシは疲れているのだ。用があるなら、クーリアにでも頼め」


 旦那様の私室へとやって来た、私とココラルお嬢様。

 部屋に入るや否や、お嬢様は父上である旦那様へと笑顔で駆けよる。

 だがそんなお嬢様に対して、旦那様は冷たくあしらうだけであった。


「わたくし、お父様がいなくて寂しかったですの! 今日は久しぶりに、甘えたいですの!」

「……いい加減にするんだ、ココラル。ワシには重大な仕事がある。お前に構って、無駄な体力を使いたくない」

「そ、そんな……。わたくし、悲しいですの……」


 旦那様は眉間にしわを寄せ、鼻元の黒いカイゼル髭を歪ませながら、ココラルお嬢様を拒絶した。

 ――最初にお会いした時からは想像もできない、娘に対する冷たい態度。

 奥方様が亡くなってから、旦那様はココラルお嬢様のことも省みずに、仕事一辺倒になってしまった。

 しかもその仕事の内容は、あまり公にできないブラックな内容。

 そんな心労が祟ったのか、最近の旦那様は白髪が増えてきた。


「うう~……。お父様はこんなに冷たい人じゃなかったのですわ……」


 ココラルお嬢様もひどく悲しんでおられる。

 "汚れ"が落ちたことで元に戻った綺麗なお嬢様にとって、今の旦那様の姿は精神的にきついのだろう。


 ――だが、ここでこそ私の出番だ。

 元より私は旦那様を元に戻すために、こうしてココラルお嬢様に呼ばれてきたのだ。


「旦那様。少しこのクーリアからお話がございます」

「なんだ? お前はさっさとココラルを連れて、部屋から出ろ。話すことなど何もない」


 旦那様の態度は私に対しても冷たいままだ。

 それでも、ここで大人しく言われた通りに退くわけにはいかない。

 まずは最初に、旦那様にお伝えするべきことがある。


 私はココラルお嬢様の時と同じように――いえ、あの時よりも確実な方法で動いた――




「この資料にお目通し願います。実は私は転生した人間なのです。こちらの資料にそのことをまとめました」

「なんだこの分厚い資料の束は!? そもそも、お前は何を言っているのだ!?」


 ――旦那様への"報告"。

 だが、これも失敗に終わってしまった。

 どうやら今回の失敗の原因は、『資料が多すぎた』ことにあるようだ。

 私も簡潔に説明したかったが、ココラルお嬢様に説明した際のメモをそのまま引用したのがマズかった。

 かといって、これ以上削ることも難しい。


 ――改めて私は痛感した。

 この世界には、<清掃用務員>としての常識が通用しないことを――




「クーリア!? 今はそのことは置いておくのですわ!? 先にお父様の"汚れ"を見てほしいのですわ!」

「……申し訳ございません、ココラルお嬢様。私のことと<清掃用務員>のことを、先に知っていただいた方が良いと思ったのですが……」


 ココラルお嬢様からも叱咤されてしまった。

 <清掃用務員>という新たな力を手に入れたとはいえ、この世界ではまだまだその力を振るいきれていない。

 ――"報連相"については、今後もしっかりこの世界に合った方法を取り込んで行こう。


「さて、報告は後にするとしましても、まずは旦那様の容態清潔具合から確認しましょう」

「……は? クーリア、お前はさっきから本当に何を言ってるのだ?」


 顔をしかめ、黒いカイゼル髭をピクピクさせる旦那様に対して、私は<用務眼ヨウムアイ>を発動させる。


 ――見える。

 旦那様もココラルお嬢様と同じように、"汚れ"が染みついているのが見える。


 だが、旦那様の"汚れ"はお嬢様のように、足元には広がっていない。

 ある一ヶ所に集中している。




 ――よくよく考えると、おかしな気はしていたのだ。

 旦那様は頭髪は白髪になってきているのに、"あそこ"の毛だけは黒々としているのだ。

 そもそも、私が前世の記憶を取り戻す前は、"あそこ"の毛も同じく白髪だった。

 私が<清掃用務員>として覚醒したことで、今は黒く見えているだけ。


 そう、旦那様の"汚れ"が集中している場所は――




「その黒いへんてこりんなカイゼル髭……。それこそが、"汚れ"ですね」

「え!? クーリアにはお父様の髭が黒く見えてますの!? 私には白く見えてますのよ!? そもそも、『へんてこりん』などとは言い過ぎなのでしてよ!?」


 ――やはりそうだ。

 ココラルお嬢様は旦那様のカイゼル髭が白く見えているが、私には黒く見えている。

 <用務眼ヨウムアイ>でも確認したが、旦那様の"汚れ"は間違いなく、あのへんてこりんなカイゼル髭だ。


「さ……さっきからワシのことを、馬鹿にするような態度ばかりとりおって……! そこに直れ! クーリア・ジェニスター! ワシがお前を、成敗してくれる!!」


 旦那様は声を荒げて、傍に置いていた剣を抜き取る。

 成程。旦那様もお嬢様と同じく、"汚れ"に心を蝕まれているのだ。

 そのせいでこのように気性が荒くなり、私に刃を向けている――


「ク、クーリア!? 流石にお父様に謝った方がいいですのよ!? お父様は<魔法戦士>のスキルを持つ、王国有数の剣士でもありますのよ!?」


 ココラルお嬢様が私の身を案じて下さっている。

 本当に優しいお方だ。このお方にお仕えできたことを、私は誇りに思う。

 でもだからこそ、私は旦那様の"汚れ"もお掃除しなければいけない。

 ここで旦那様に謝罪して終わらせてしまっては、お嬢様も苦しむだけだ――


 ――だから私はお掃除する戦う

 旦那様とココラルお嬢様のためにも――

 超一流の<清掃用務員>、クーリア・ジェニスターの誇りに賭けても――




「仕方ありません、旦那様。この不肖、クーリア・ジェニスターめが、旦那様のそのへんてこりんなカイゼル髭に染みついた"汚れ"を、お掃除いたします」

「ワシの髭を……侮辱するなぁああ!!」

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