第5話 清掃対象:ココラル・ファインズ

「ココラルお嬢様。失礼いたします」

「また来たのですね! クーリア! 今度こそワタクシの命令通り、邪魔な女を始末する準備はできたのですの!?」


 私は再びココラルお嬢様の部屋へと足を踏み入れた。

 お嬢様は相変わらず、私に<アサシン>としての命令を優先させている。


 ――そして目を凝らして見てみると、お嬢様の足元からは、やはり"汚れ"が染み出している。


「クーリア! さっきからワタクシの足元ばかり見て、何を考えていますの!?」


 思っていた通り、ココラルお嬢様に"汚れ"は見えていない。

 私にこの"汚れ"が見えるのは、<清掃用務員>のスキルを覚醒させたからだ。

 ならば、この"汚れ"を落とせるのは私だけ――




 ――私の力で、ココラルお嬢様をこの"汚れ"から救う。

 それがココラルお嬢様の従者であり、<清掃用務員>である私の務め。




「……ココラルお嬢様。あなたは汚れています。私の<清掃用務員>の力を持って、あなた様をお掃除いたします」

「ワ、ワタクシが汚れているですって!? それに……ワタクシを『お掃除する』ということは――ワタクシを『始末する』ということですの!?」


 私の清掃宣言に対して、ココラルお嬢様は怒りだしてしまった。

 ――いけない。私としたことが、語気が強すぎたのかもしれない。


 清掃業務ミッションの最中には、時として人に避けてもらう必要もある。

 そういう時のコミュニケーションも<清掃用務員>の嗜みなのだが、いささか急ぎ過ぎたようだ。

 私もまだまだ甘い。<清掃用務員>とは、なんとも苦難の道のりだ。


「……仕方ありません。少々手荒になりますが、私は清掃業務ミッションを開始します」


 だが、なってしまったものは仕方ない。

 ココラルお嬢様に大人しくしてもらうのがベストだったが、ここは私の清掃術と清掃魂セイソウルを活かし、速攻でお掃除するしかない。


「急なお掃除を失礼します、ココラルお嬢様」

「な、何をするのですの!?」


 私は収納下衣タンスカートからモップを取り出し、すぐさま床へと立てる。

 用務眼ヨウムアイで分析できるココラルお嬢様から染み出す"汚れ"の成分は――"弱酸性"。

 "汚れ"はココラルお嬢様の足元から広がっている以上、使う洗剤は人体に害のない成分が望ましい。


「ならば……<石鹸水召還シャンプーパット>!」


 私がそう唱えると、石鹸水がモップのラーグに纏われる。

 これはこの世界で言う、いわゆる魔法というものだ。

 <メイド>スキルの一つであり、主に食器洗いや洗濯にも使われる。

 石鹸水しか召喚できないのが難点だが、ここに私の<清掃用務員>のスキルが加われば、圧倒的な清掃力戦闘力へと変化する。

 何より、石鹸水は"弱アルカリ性"。

 "弱酸性"の"汚れ"を落とすのにはもってこいだ。


「ま、まさかそのモップで、ワタクシを嬲り殺すつもりですの!?」

「モップは人を殴る道具ではありません……。お掃除するための道具です!!」


 ココラルお嬢様の発言に少々怒りを覚えてしまったが、私は構わずお嬢様へとモップを滑らせていく。

 目指すはお嬢様の足元に広がる"汚れ"――

 そこ目指して、私はモップを走らせる。



 キュッ! キュッ! キュッ! キュッ!



「な……!? ワタクシに当てずに、足元だけを的確に……それも、こんなに素早く!?」


 私はココラルお嬢様の周りをモップ掛けしていく。

 ココラルお嬢様にモップが当たらないよう、的確な動きをしつつ、素早くモップを掛けていく。

 自分でも驚くほどに素早く動けているが、これは無意識のうちに発動していた<アサシン>スキルの身体能力強化によるものだ。

 そこに私の<清掃用務員>のスキルが加わることで、私の清掃力戦闘力は驚異的なまでに向上している。


 これは思わぬ収穫だ。

 これまで嫌っていた私の<アサシン>スキルが、私を<清掃用務員>として更なる高みへと導いてくれている。


 この力はまさに、<清掃能力強化クイックルハイパワー>と呼ぶにふさわしい、新たなスキルだ。




「ぐう!? さっきからあなたは、何をおかしなことばかりしているのですわ!?」

「お、お嬢様!? 危ないです!」


 ――だが、ココラルお嬢様が暴れ始めたせいで、私もモップ掛けを中断せざるを得なくなる。

 お嬢様の周りの"汚れ"は取れていない。


「なんとも……しつこい"汚れ"ですね」


 久しぶりに全力の清掃魂セイソウルでお掃除してみたが、それでも落ちない"汚れ"とは、何とも手強い。

 ――だが、こういうしつこい"汚れ"こそ、落とさずにはいられない。

 私の体は"武者震い"ならぬ、"清掃用務員震い"していた。


 ――それが、<清掃用務員>という職業だ。


「もっとも、この程度の事態は想定内です」


 私は再度ロングスカートの中に手を入れると、<収納下衣タンスカート>から新たな武器清掃道具を取り出した。




「……クーリア。あなたが取り出したものは何ですの?」

「御覧の通り、霧吹きです」

「さっきから何をふざけているのですの!?」


 私が取り出した霧吹きを見て、ココラルお嬢様は呆れながら怒ってきた。

 成程。お嬢様に理解できなくても仕方ない。

 この霧吹きの性能は、<清掃用務員>だからこそよく理解できるというもの。

 何より今回中に入れている液体は、ナチュラルクリーニングの鉄板とも言える、万能洗剤――




「今度こそ、その"汚れ"を落とします。……<重曹スプレー>!」

「な、何をしますの!?」


 驚くココラルお嬢様にも構わず、私は足元に重曹水を噴射していく。

 重曹は人体に害のない、まさに最強の天然洗剤だ。

 さらに微細な粒子の研磨成分により、汚れを削ぎ落す効果は、まさに清掃力戦闘力の塊。

 もちろんそれでも、ココラルお嬢様に直接かからないよう、巧みに重曹水をスプレーしていく。

 この程度の動き、<清掃用務員>なら造作もない。


「では、改めてモップ掛けを再開します」

「ひいぃ!? 訳が分からなくて怖いですの!?」


 再びモップを構えた私に、ココラルお嬢様が怯えている。

 おそらく、"汚れ"によって心を蝕まれているせいだろう。

 そんなお嬢様を一刻も早くお救いするためにも、私は全身全霊でモップ掛けを続ける。



 キュキュッ! キュキュッ! キュキュッ!



「あ~~~!? な、何かが体から抜けていきそうですの~~~!?」


 重曹水の効果は抜群だ。

 先程の石鹸水だけでは落ちなかった"汚れ"も、その研磨効果でどんどんと落としていく。

 "汚れ"が落ちるたびに、ココラルお嬢様が苦しんでおられる。


 ――間違いない。

 この"汚れ"が、これまでずっとお嬢様を苦しめていたのだ。


「暫しのご辛抱を……ココラルお嬢様!」


 私は心苦しくなりながらも、モップ掛けを続ける。

 ココラルお嬢様は次第に脱力し、ソファーの上へと座り込んでしまった。

 だが、これはチャンスだ――




「ハァアア!!」



 ――キュルリンッ!!



 ――清掃魂セイソウルからくる掛け声と共に、私はお嬢様の足元にあった"汚れ"を完全に拭き取ることに成功した。


「な……なんですの……? なんだか……わたくしの心が洗われているようですの……?」


 ソファーに座り込んだココラルお嬢様は、脱力しながらもどこか解放的でとろけた表情をしている。

 声色にも張り詰めたキツさがなくなり、昔の優しいお嬢様の声に戻った。


 ――これで完了。

 私が前世の記憶を蘇らせていなかったら、ココラルお嬢様はずっと"汚れ"に苦しめられていた。

 そんな気持ちから湧き上がってくる達成感。

 やはり、お掃除は気持ちがいい。

 身も心も綺麗にしてくれる。


 ――この力があれば、私はあらゆる"汚れ"をお掃除できるだろう。

 今後もココラルお嬢様のため、ファインズ公爵家のためにも、私は一人の<清掃用務員>であり続けよう。




「これにて……清掃業務完了ミッションコンクリーニング

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