超一流清掃用務員異世界転生譚。元暗殺者兼公爵令嬢側近従者転生後、前世記憶復活、清掃魂覚醒。周辺汚染物徹底清掃開始。異世界清掃黙示録。 ~咆哮、清掃魂~

コーヒー微糖派

Episode of Cleaning Janitor

第1話 前世の記憶が蘇ります。

「こんな寒空の下に座り込んで、何をしているのですわ?」


 あれは今から十年程前の話だろうか。

 冬の空の下で一人膝を抱えてうずくまる私に、あのお方は声をかけてくれた。

 そのお方は高貴な身なりをした、当時五歳の少女だった。


「……放っておいてください。私は卑しい身分の<アサシン>。あなた様のような高貴なお方とは、相容れませぬ」


 その身なりから、少女が身分の高い人間であることは容易に想像できた。

 当時の私は<アサシン>としての仕事に失敗し、路頭に迷い込んでいた。

 己の実力に対する過信と軽率――

 所属していた組織からも追放され、ただ一人路地裏で落ち込んでいた。


「まあ! あなたは<アサシン>なのですわ!? 初めて見たのですわ!」


 ただ、私が突き放したはずの少女は離れるどころか、私に興味を抱き始めた。

 高貴な身分の少女にとって、私のような卑しい身分の女は物珍しかったのだろう。


「どうしたんだ、ココラル。何やら騒がしいが?」


 そんな少女の声を聞いて、父親と思われる男性もやって来た。


「お父様! この人をお屋敷で雇ってほしいですわ!」

「この少女をか? ふむ……。見たところ、行く当てもなさそうだが……」


 少女は父親に、私を雇うように嘆願する。

 私のような女の何が気に入ったのだろうか?

 どうせ父親もすぐに私を突き放すだろうと思っていたが――


「君、本当に行く当てはないのかい? 君さえよければ、ウチで働いてみないか?」


 ――私を迎え入れようとしてきた。


「……私は<アサシン>です。あなた達のような高貴な方々の屋敷に、上がりこむわけにはいきません」

「ほう、<アサシン>だったか。そのような若さで<アサシン>になるからには、何か事情があるのだろう」


 当時の私はまだ十五歳だった。

 少女の父親はそんな私を憐れんだために、私を迎え入れようとしたのだろう。


「娘も君のことを気に入っている。物は試し程度で構わない。よかったら、娘のためにも<メイド>として働いてくれないか?」


 ――それでも、その優しさは嬉しかった。


「……こんな私でよければ、よろしくお願いします」

「良かったのですわ! わたくし、万々歳なのですわ!」

「これ、ココラルよ。そうはしゃぐでない。まだお互いに自己紹介も終わってないしな」


 私を受け入れてくれた親子は、それぞれ名乗り出てくれた。


「わしはアトカル・ファインズ。このウォッシュール王国の公爵だ」

「わたくしはその娘の、ココラル・ファインズですわ!」


 今にして思えば、随分と酔狂な親子だったものだ。

 国の公爵という身分にありながら、私のような人間を迎え入れてくれたのだから。

 私はこの方達の恩に報いる決意を固め、自らの名を名乗り出た。


「私の名前は……クーリア・ジェニスターです」





 その後、私はファインズ公爵家の<メイド>として、一心に働いた。

 アトカル様の奥様――ココラルお嬢様の母上様にも気に入られ、<メイド>として忠誠をつくした。

 ファインズ公爵家の方々は、私を優しく迎え入れてくれた。


 それはそれは幸福な日々だった。

 <アサシン>だった頃の荒んだ日々を忘れ、職務を全うすることができた。

 いつしか私は<メイド>として一流になり、ファインズ公爵邸におけるメイド達のリーダーとなっていた。

 身も心も満たされる毎日を過ごしていた――




 ――だが、そんな日々も唐突に終わりを告げる。


 私が二十五歳になった頃、ココラルお嬢様が十五歳になり学園へ通い始めた頃に、ファインズ公爵家の奥様が流行り病で亡くなられた。

 その日から、ファインズ公爵家の様子は一変した――





「クーリア! ワタクシはシケアル殿下と婚約したいのですわ! なんとかするのですわ!」

「ココラルお嬢様……。なんとかと言われましても……」


 私が仕えていたココラルお嬢様は、突如として猛烈にワガママになった。

 母上様が亡くなられたショックなのだろうか? いや、それにしても心変わりが大きすぎる。

 ウォッシュール王国の皇太子殿下と婚約したいと言い張り、周囲を巻き込んでいる。

 学園内での評判もよろしくなく、派閥を組んで自らの恋路の邪魔になる生徒を虐めてまでいる。


「ワタクシに逆らうのですか!? クーリア! ファインズ公爵家に拾われた恩を忘れたのですか!?」

「いえ……。今でも私はあの日の恩義は忘れていません」


 ココラルお嬢様の態度は日に日に過激になり、私への態度も冷たくなっていった。

 それどころか、私への命令もどんどん過激になっていき――


「……そういえば、あなたは<アサシン>でしたわね。その技量を使い、ワタクシと殿下の婚約を邪魔する女を、始末するのですわ!」


 ――ついに、私に<アサシン>として"殺し"の命令まで下すようになった。


 こんな命令は受けたくない。

 それでも、私に逆らうことは許されない。


「……かしこまりました。アシがつかぬよう、準備をいたします」


 私はお嬢様の部屋を出て、一人お屋敷の用務室で悩んだ。


 今の私にせめてできることがあるならば、それはファインズ公爵家に泥を塗るような真似をしないこと。

 <アサシン>として磨き上げた暗殺スキルを使い、決してココラルお嬢様との繋がりをバレないようにすること。


「……ここにある道具を使えば、簡単な毒ぐらいは作れるはず――」


 そう思いながら、私は用務室にあった溶剤を手に取った。

 塩素系漂白剤と、酸性洗剤――

 この二つを混ぜ合わせれば、毒ガスを発生させることができる。

 こういう普遍的なものから毒ガスを作れば、犯行がバレることはない。




「……? なんで私は、そんなことを知っていて――」


 ――おかしい。何かがおかしい。

 私の<アサシン>としてのスキルにも、<メイド>としてのスキルにも、このような知識はない。

 それなのに私はこの二つを混ぜ合わせることに、言いようのない不安を感じた。

 そもそも、この二つの名称が『塩素系漂白剤』と『酸性洗剤』であることさえ、この世界では知られていないことのはず――




「あ、頭が……!? こ、この二つは――」


 そんな不信感を抱いた時、私の脳内に大量の"記憶"が流れ込む。


 それは本来、私の中には存在しなかったはずの記憶。

 それなのに、私はこの記憶の正体が分かり始めていた。




「――塩素系漂白剤と酸性洗剤は……"混ぜるな、危険"!」




 ――私が発したその言葉と共に、全てを理解することができた。

 私は二つの溶剤を置いて、用務室の中を確認した。


 ――目に付いたのは、"モップ"。

 全てを理解した私にとって、最もなじみ深い一品だ。

 モップを手に取った私は、その手触りを確認する。


「……やっぱり、モップこそ私の嗜み」


 モップを体の横に添えると、私は一度目を閉じる。

 先程私の頭に入り込んできたのは、私の前世の記憶――

 全て思い出した。

 私は一度死に、今はクーリア・ジェニスターという人間として生まれ変わったのだ。

 今でこそ<アサシン>であり、<メイド>である私だが、前世では全く別の職業だった。

 その職業の記憶も蘇ったからこそ、私は塩素系漂白剤と酸性洗剤を見極めることができたのだ。


 記憶の整理が終わった私はゆっくりと目を開き、一人用務室の中で宣言した――




「そうだ……。私は……<清掃用務員>だった!」

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