最終話

 翌日。ユリアはメアリーが寝ている隙にベッドを抜け出し、メイの家へワープする。メイは彼女が来た瞬間、吸血鬼の気配を察知して飛び起き、枕元に置いていた護身用のナイフを構えた。


「って……ユリアさん!?」


 気配の正体がユリアであることに気付くとメイは思わず警戒を解いた。しかしすぐにハッとし、もう一度ナイフを構える。ユリアはそのナイフを奪い、自身の胸に刺した。傷口は一瞬にして塞がる。


「……見ての通り、私は吸血鬼になったわ」


「……気配で分かります。殺されに来たという解釈で合ってますか?」


「……えぇ。だけど、まだ待って。その前に殺さなきゃいけない吸血鬼が居る」


「お姉さんですね?」


「ええ。飛ぶわよ。準備はいい?」


「……はい。いつでもいけます」


 ユリアはメイを連れて、屋敷の寝室にワープする。ベッドで眠っていたメアリーは神子の気配を察知して飛び起きた。


「!……あの時の神子!ユリア!そいつから離れ——!」


 言い切るより早く、メイは自信の腹にナイフを突き刺した。そしてそれをユリアがすぐに抜き、メアリーに向かって思い切り投げつける。ナイフはメアリーの身体に命中した。


「ユ——」


 有無を言わす隙も与えず、ユリアはメアリーの頭を刀で切り飛ばした。即死だった。

 床に転がる幼い姉の頭を見つめながら、ユリアは小さく「お姉ちゃん。ごめんなさい」と謝った。


「……ユリアさん。良いですか?」


「……」


ユリアは姉の頭を見つめたままで、メイの問いには何も答えない。メイがもう一度同じ問いを投げかけると、ユリアはふっと笑った。


「……メイ。私、死のうと思ったけど、やっぱりやめるわ」


「……止めると言われても、私は貴女を殺さなきゃいけないんですよ。ユリアさんが言ったんですよ。自分が吸血鬼になったら迷わず殺せって」


「ええ。言った。言ったわ。でも待ってほしいの」


「命乞いなんて貴女らしくないですね」


メイは魔法でナイフを作り出し、構える。


「メイ。私はもう、老いることも死ぬことも無い身体を手に入れたの。だから、どうせ死ぬなら復讐を果たしてからにする。それまで待って」


「……復讐って、お姉さんを吸血鬼にした吸血鬼はもう倒しましたよ」


「ええ。そうね。そう。でも、まだよ。まだ私の復讐はまだ終わらない。そう。終わってないわ。だって、世界はまだ吸血鬼で溢れてるもの。私の復讐は、奴らを根絶やしにするまで終わらないわ」


 ユリアは姉の生首を見つめながら淡々と語る。溢れ出る殺気にメイは思わず身震いする。


「ユリア……さん……」


 ユリアは俯き、身体を震わせた。メイが心配して声をかけようとすると、彼女はふふふと笑い出した。そして高笑いする。


「そう。そうよ!私は永遠に吸血鬼共と戦い続けられる身体を手に入れたの!きっと、お姉ちゃんも私のことを想って私に血を分けてくれたのよ!私に戦い続けるための時間をくれたの!」


「ユリアさん……」


「うふふ……まっててお姉ちゃん……お母さん、お父さん……私達家族をバラバラにした吸血鬼は私が殺す。全部殺すわ。一匹残らず殺す。私が、この手で、全部殺す。時間はかかるだろうけど問題はないわ。私に与えられた時間は永遠だもの。何年、何十年、何百年かかろうとも、奴らを根絶やしにするまで私は死なない」


 そう言いながら、ユリアはメアリーの頭に近づき、大切そうに抱きしめた。


「大好きよ……お姉ちゃん……守れなくてごめんね。力をくれてありがとう。私、お姉ちゃんのために頑張るからね」


 この時、ユリアの心にはもはや吸血鬼に対する復讐心以外残っていなかった。壊れてしまったユリアにメイは怯えて何も言えなくなる。そんなメイを見て、ユリアは近づき、抱き寄せた。メイが手に持っていたナイフが床に落ち、消え去る。


「ユリアさん……」


「大丈夫よ。メイ。吸血はね、人間からしなきゃいけないわけじゃないの。吸血鬼からでも良いの。だから、今度一匹生捕にしましょう。それでね、部屋で飼うの。私の餌として。私の復讐が終わるまで」


 ユリアは吸血鬼を憎みつつも、いつだって苦しまないように必要以上にいたぶらずに殺していた。なんて、彼女らしからぬ発言だった。


「あぁ、でもクソみたいな人間共に見つかって使われたら面倒ね。やっぱり殺した方が良いかしら。吸血欲って、輸血パックとかでも満たせるのかしら。今度試して、どうしても無理だったら弱い吸血鬼を生け捕りにしましょう。ね。メイ」


「ユリアさん……」


「あぁ、大丈夫よ。心配しないで。吸血鬼を殲滅したら私もちゃんと死ぬわ。吸血鬼は根絶やしにする。例え自分自身であっても生かしてはおけない。その時まで貴女が生きているかはわからないけれど、もし生きてたら、貴女が私を殺してね。どうせ殺されるから貴女が良い。貴女なら上手に私を殺してくれそうだもの」


 そう言って、ユリアは笑う。クールな彼女とは思えないほど、少女のように無邪気な笑顔。ずっとペアを組んでいたメイでさえ初めて見る顔だった。だけど、その瞳は憎しみに、闇に染まりきっていた。すっかり壊れてしまった彼女を、メイは殺せなかった。吸血鬼を滅ぼすという志は変わらなかったから。

 そしてメイは決意する。生きている間に必ず彼女の復讐を終わらせて、彼女を憎しみから解放すると。


「……分かりました。約束します。ユリアさん。貴女は私が殺します。必ず」


 メイは涙を堪え、そう言ってユリアに小指を差し出した。ユリアは「ありがとう。これからもよろしくね。メイ」と笑って、小指を絡めた。

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