第5話

 その日以来、メイは吸血鬼を殺すことに一切躊躇わなくなった。一年も経てば隊員達から「最近ユリアに似てきたな」と苦笑いされるようになっていた。その頃にはもう、メイは吸血鬼の死体を見ても何も感じなくなっていた。

 いつしかメイは密かに隊の中で吸血鬼を殺す機械キラーマシンと呼ばれるようになっていた。ちなみに一号はユリアのことだ。


 そんなある日のこと。

 ユリアがマリアという一人の女吸血鬼にとどめを刺したその直後だった。


「マリアお姉様!」


 一人の少女が吸血鬼の元へ走って出てきた。ユリアはその顔を見て思わず剣を納めようとした手を止める。こちらを睨んだ少女は、ユリアの幼少期に——幼き日の双子の姉に瓜二つだったからだ。


「メア……リー……お姉ちゃん……?」


 ユリアが思わず姉の名前を呟くと、少女は思わず敵意を収めて目を丸くする。


「ユリアさん、その子まさか……」


 ユリアという名前に少女は反応し、まさかという顔でユリアの顔を見上げる。


「ユリ……ア……?ユリア……なの?」


「っ……!お姉ちゃん……!」


 少女は、ユリアの姉のメアリーだった。彼女がマリアと呼んだ吸血鬼はメアリーを攫った張本人で、攫われた少女達は幼い姿を保つために吸血鬼にされていたのだ。しかし、吸血鬼にされた少女達はマリアを慕っていた。正確には、幼い純粋な心を恐怖と快楽で歪まされ、洗脳されていた。


「ユリア……何で神子なんかと——っ!」


 メイがメアリーに向かって自身の血がついたナイフを飛ばす。メアリーは咄嗟にそれを避けた。


「相手が誰であろうと殺す。そうですよね?ユリアさん」


「……ええ。自分で言っておいて情けないわね。ごめんなさい。メイ」


「いえ。すみません。私も一瞬、躊躇いました。人のことは言えません。次は当てます」


 メイは魔法でナイフを作り出し、先ほど塞がったばかりの傷口に躊躇いなく刺した。


「待って。私がやる。あの吸血鬼は私が殺す。じゃないと私、貴女を恨んでしまいそうだわ」


「……はい」


 ユリアはメイの体からナイフを抜き、メアリーに向かってメイの血がついたナイフを飛ばそうとした。しかし、メアリーに「やめて。ユリア」と一言泣きそうな顔で言われれば、躊躇いが生まれる。その一瞬の隙をつき、メアリーはユリアに催眠をかけようとした。しかしユリアは咄嗟に、自身の腹にナイフを突き刺して意識を痛みに逸らす。その隙にメアリーは魔法でナイフ作り出し、狙いをユリアからメイに変えて飛ばした。


「っ!」


 ユリアは咄嗟に、腹にナイフを刺したまま、剣でメアリーのナイフを弾き飛ばす。


「ユリアさん、やっぱり私が殺しますよ」


「……ごめんなさい……メイ……」


「……いえ。大丈夫です。躊躇う気持ちはよく分かります」


「ユリア。邪魔しないで」


 メアリーは再びユリアに催眠をかける。操られたユリアはメアリーを守るように、メイが飛ばしたナイフを剣で弾いた。


(まずい……ユリアさんに邪魔される……)


「ユリア。そいつを殺して」


「は……い……お姉ちゃん……」


 ユリアの攻撃を避けながら、メイはメアリーに攻撃を仕掛ける。しかし、ユリアが全て弾く。吸血鬼に攻撃を仕掛けるためにはまず自分がダメージを負わなければならない。ユリアとメアリー二人分の攻撃を凌ぎながら自身の身体にナイフを刺すのは困難だった。


(一瞬でも隙を作ったら死ぬ……戦い続けても魔力が尽きれば勝ち目はない……くそっ……)


 メイは一瞬の隙をつき、ワープ魔法で戦いから撤退した。やむを得ない判断だった。


「……あーあ。殺せなかった。まぁ良いや」


 メアリーはユリアの顔を見上げる。


「……おばさんになっちゃったね。ユリア」


「……」


「しゃがんで。ユリア」


「はい」


 命令に従いしゃがんたユリアを、メアリーは抱きしめた。


「ごめんね。お姉ちゃん、ユリアも死んじゃったと思ってた。おばさんになっちゃったけど、生きてて良かった」


 メアリーはユリアと共にワープする。ワープした先は広い屋敷。


「……一人になっちゃった」


 メアリーはマリアに攫われてから、マリアが攫った少女達と共にこの屋敷で暮らしていた。しかし、幼い吸血鬼達は全員殺され、マリアもユリアが殺した。今この屋敷に住むのはメアリー一人だ。


「ユリア。ごめんね。みんなを紹介したかったけど、みんな神子に殺されちゃったんだ。でもね。大丈夫だよ」


 メアリーは台所からワイングラスを持ってくると、手首をナイフで切り、流れ出た血をワイングラスに注いだ。


「さぁ、飲んで。ユリア」


「……うん。お姉ちゃん」


 催眠をかけられたユリアはワイングラスを手に取り、中の液体を全て飲み干した。その瞬間、ユリアの手からグラスが滑り落ち、ユリアは苦しみ始める。苦しむユリアを抱きしめて、メアリーは優しく囁いた。


「大丈夫。これでユリアも私と同じになれるよ。これ以上老いることも死ぬこともない。ずっと一緒に居ようね。ユリア」

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