第3話

「……これで今日のパトロールは終わりね。お疲れ様」


「……お疲れ様です」


 吸血鬼は日の光が苦手なため、対吸血鬼部隊のパトロールは日が落ちてから登るまでとなっている。朝日が登ったことを格認すると二人は基地に戻り、シャワーで返り血を洗い流した。


「お疲れ様。家まで送るわ」


「……ユリアさんは……」


「何?」


「……幼児の姿をした吸血鬼も、殺したことがあるんですか」


 俯き、震える声で問いかけるメイに、ユリアは冷静な声で「あるわよ」と答えた。沈黙が流れる。ユリアはメイを基地の横にある寮の自室へ連れて行き、彼女を座らせた。


「はい。お茶」


「……すみません。ありがとうございます」


「……腹、大丈夫?」


「はい。大丈夫です。自分で治癒術かけましたから」


 メイは震える声でそう言い、ユリアがナイフで刺した場所を指差した。制服の上から刺したため服は破れているが、そこから見える肌は傷跡一つない。


「……情けないですよね。私」


「……そうね。けど、初めての戦いなんてそんなものよ。それが普通の反応」


「……ユリアさんもそうでしたか?」


「そうね。……私はもうすっかり慣れてしまった。けど、流石に六歳くらいの幼い女の子の姿をした吸血鬼と対峙した時は殺すのを躊躇ったわ。失踪した当時の姉に、姿を重ねてしまって」


「……お姉さんが居たんですね」


「ええ。双子のね。……両親が殺された時、姉の遺体はなかったの。……考えたくもないけれど、姉も吸血鬼にされてしまっているかもしれない」


「えっ……どういうことですか?」


「……どうやって人間が吸血鬼にされるか知ってる?」


「……そこまでは知りません」


「……吸血鬼の血を飲むの。それだけで人間は、簡単に吸血鬼になる。そして、吸血鬼の血を飲んだ人間はそこで成長が止まってしまうの。幼い姿の吸血鬼は、幼い頃に攫われて吸血鬼に血を飲まされた子供であることが多いわ。……一生歳を取らないことを利用して、自分の気に入った容姿の人間を攫って無理矢理吸血鬼にしてしまうというとんでもないことを考えるゲス吸血鬼がいるのよ」


「っ……そんな……」


「……昔、殺した吸血鬼が教えてくれたの。そいつは若い女の子が好きで、当時二十歳だった私にこう催眠をかけたの。『吸血鬼になって俺のハーレムに入れ』ってね。危うく操られそうになったけど、当時ペアだった神子が助けてくれたわ」


 吸血鬼は目を合わせることで、人間に催眠をかけることが出来る。しかしその催眠は神子には効かない。


「……あいつが吸血鬼で良かったって、その時だけは思ったわ。ただの人間だったら法律に邪魔されて殺せなかったもの」


 そう語るユリアの声は怒りと恐怖で震えていた。


「……攫われて吸血鬼にされた被害者も、殺さなきゃ駄目ですか?」


「そうね。吸血鬼である以上、善悪は関係ない。慈悲は与えちゃ駄目。皆殺しよ」


 冷たく言い放つユリア。メイは目を合わせないまま、どうしてかと問う。するとユリアは淡々と語った。


「戦意のない優しい吸血鬼は悪人に商売道具として利用にされかねないからよ」


「商売道具……ですか……?」


「さっきも言ったけど、吸血鬼の血を飲むことで吸血鬼になるの。だから、吸血鬼の血を欲しがる人間は少なからず居る。裏社会で高額な偽物が出回るくらいにね。自身の血を売り捌いて大儲けしてる吸血鬼も居たわ」


「……」


「……だから私は思うの。善悪に関わらず、吸血鬼になってしまった人間は殺すべきだって。それが一番早い方法だって。……神子は年々減っている。神子の一族が絶滅したら、私達人間の勝利は無くなってしまう。それに私達は奴らと違って寿命があるし、どうしたって身体は老いていく。永遠に戦い続けることは出来ない。……吸血鬼にでもならない限りはね。吸血鬼を殲滅するために吸血鬼になるなんて、出来ることならそんな皮肉なことはしたく無いけど。だから、人間に戻す研究の完成なんて待ってる暇はないわ」


「……」


「……貴女は隊を抜けた方が良い。この仕事、向いてないわ」


「……自覚はあります。……けど……辞めたくないです。……私は、ユリアさんと一緒に戦い続けたいです。道具としてで構いません。一緒に——「私、さっき言ったわよね。道具としてしか役に立てないならクビだって」


 ユリアはメイの言葉を遮り、静かなトーンでメイを叱った。静かだが、そこには確かな苛立ちがこもっていた。メイはハッとして、ユリアに頭を下げる。


「……戦いたいなら、戦力になれるように努力しなさい。出来ないなら辞める。戦力になれないけど戦いたいなんて甘ったれたこと二度と言わないで」


「……はい」


「……で?どうするの?」


「戦います」


「なら、今まで以上に稽古に励むことね。次甘ったれたこと言ったらリストラだからね」


「はい。……もう言いません」


「……絶対よ」


「はい」


「……ん。よし。なら良い。……今日はこのまま泊まって行きなさい」


「えっ。良いんですか?」


「家まで送るの面倒だし。私も疲れたから。ほら、寝るわよ」


「あ、私は床で……」


「何遠慮してるのよ。身体痛めるからちゃんとベッドで寝なさい。ちゃんと休めないとパトロールに支障が出るわよ」


 そう言ってユリアはベッドの奥に詰めて掛け布団をめくり、とんとんと隣を叩いた。


「おいで。メイ」


「……はい。では、失礼します」


「ん」


 ユリアの隣に入るメイ。


(うわ。近っ)


「電気消すわよ」


「は、はい」


 電気が消えるとすぐに寝息が聞こえてきて、メイは思わず隣を見る。つい数秒前まで話していた彼女はすでに寝付いていた。


「……はやっ……嘘でしょ」


 メイも眠ろうと目を閉じる。すぐに眠りについたが、しばらくすると悪夢にうなされ始めた。ユリアはその声で目を覚まし、何も言わずにメイをそっと抱き寄せた。

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